信徒会館「星嶺」/撮影:小林俊之
震災で確信した「強靭な建築」への意思
安全性を考慮した防災ガラスを多く採用されている高松先生に、その理由と設計思想についてお聞きしたいと思います。
- 高松
- 私は、特にガラスだけにこだわっている訳ではありません。物理的にも、都市における意味的な価値のレベルにおいても、人間の時間的尺度を超えて残り続ける建築をつくりたいと常々考えており、強靱なガラスや過剰なまでに堅固な構造を採用するのはそのためです。一〇年前の阪神淡路大震災の際、自分の手がけた建築が、倒壊した建造物群の中で、しっかりと建ち続けている姿を見た時、そのような考え方が決して間違っていなかったことを確信しました。
と同時に、強靱な建築への意志というものが、災害に遭遇しない限り確証されることはないという事実にも戦慄しました。
震災に関してもうひとつ記憶に残っているのが、当時建設中だった「星嶺」という建築です。能勢妙見山の山頂に建つこの信徒会館は、長さ二十数メートルの御神木十六本で構成された躯体から総ガラス張りの床を吊るという非常に挑戦的な構造であったにもかかわらず、見事震災に耐えました。その事実を目のあたりにして、千年後の姿を想い描きつつ設計したことが決して間違いではなかったという感慨を抱きました。ともあれ、あの大震災を通じて、建築家の職能とその役割をあらためて考えさせられることになりました。決して壊れない建築はあり得ないという事実を深く認識するとともに、それでも様々な災害に耐え抜いて存在し続ける建築を追求することが、建築家に課された重い責務であると考えています。
行政にもイマジネーションが必要
行政の方と建築の安全性に関して議論されることも多いと思いますが、今後、どのような議論が必要だとお感じになっておられますか。
- 高松
- 設計者が法令を遵守しなければならないのは当然です。ただしそれで充分であるとは言えません。
災害は、予想や予測を常に裏切るがゆえに災害なのです。従って、安全性の追求には、設計者にも行政にも、ともに予測し得ない出来事を想像するイマジネーションが求められることになります。ある自治体の防災センターの設計を監修した経験についてお話ししましょう。防災センターは、災害時に緊急対策や復旧復興の文字通りセンター、即ち中央管制施設として機能することが求められます。要するに極論するならば、他の建造物の全てが倒壊するような事態になろうと、当の建築物は倒れてはならないわけです。 にもかかわらず、安全性を巡る議論が現行法の範囲を超えることは決してありませんでした。あくまでも通常の法的な基準を満たせば良いという考えです。人々の「生命を守る」ための基準が当然必要であることは言うまでもありませんが、如何なる場合においてもそれが唯一の基準であるとは言えません。
見守り続けることができる環境のために
高松先生は今、同志社大学付属小学校の設計を担当されておられ、それもガラスを多用した建築だとお聞きしています。
- 高松
- 設計競技で指名されたものです。この建築の場合も、最初からガラスが課題であった訳ではありません。池田小学校などの事件もあり、常々子供の安全が気になっていましたし、そのために建築を通じて何が可能かと考えていた矢先だっただけに、非常に良い機会を頂戴しました。あらためて考えると、子供達の安全を守るには、なにも難攻不落の城塞の如き建築を必要としたり、セキュリティ装置をそこら中に装備することだけが肝要なのではなく、むしろ大人達が、常日頃子供を見守ることのできる環境こそ必要ではないか。そのような観点からすると、今の学校建築にはあまりにも死角が多い。
ということで、究極の無死角建築(笑)、即ち「ワンルーム・スクール」を提案したわけです。落選覚悟の一石でしたが、奇跡的に採択されました。ワンルームの中央に屋外空間、即ち中庭を置きました。中庭に面する開口面を全面ガラスにしたのは、「ワンルーム・スクール」というコンセプトからの論理的な帰結です。透明ガラスで刳り貫かれた屋外と教室という室内のふたつの領域間の応答によって生まれることになる様々なファジーなゾーンにおいて、おそらく子供達は相当カオティックな状況を体験することになるでしょう。その混沌にこそ子供達を育む力が潜んでいるのであり、とりもなおさずそのダイナミズムを見守ることが大人達の責務であると確信しています。
同志社大学附属小学校
(完成予想模型)
同志社大学附属小学校
(内部空間模型)
想像を超えた災害をイメージする能力
使うべきところに防災ガラスを採用していただきたいと私たちは願っています。高松先生が設計されたワコールの本社ビルは、国内で日本人建築家が設計した防災ガラス建築の第一号ですが、ご存知でしたか。
- 高松
-
初めて聞きました(笑)。震災直後に計画が始まったこのプロジェクトの使命は、「優しく、しなやかな建築、かつ絶対に壊れない建築」という故・塚本幸一会長の言葉に応えることでした。「たおやかで、強靱」という二律背反的なテーマは、結果的に透明性に収斂し、当然のことながらガラスという素材が対照となりました。しかるにガラスは壊れる。従って設計の正否が、限りなく割れにくく、かつ万一割れた場合も人を傷つけることのないガラスの存在次第であったと言っても過言ではありません。ということで、この場合も、ある種論理的な帰結として「合わせガラス」を採用することになった訳です。とはいえクライアントはなかなか納得しません。「それでも、壊れそうに見える。」(笑)これには閉口しましたが、最後は「私を信じてください」(笑)。とはいえ土壇場でそう言えるかどうかも建築家の勝負のしどころです。
ワコール本社ビル/撮影:小林俊之
建築は、様々な役割と機能を有しています。建築が都市を創る、とは言わないまでも、人々が、建築を通じて都市を認識していることは確かであり、言うなれば、建築は人生の舞台としての都市の基盤を支えています。従って、その基盤を構築するものとしての建築を設計する建築家の責任は重大であり、計算上耐震性能を有しているとか、数値的基準をクリアしているといったことだけでは、その責務を充分に果しているとは言えません。端的に言うならば、左脳が判断するリスクマネジメントだけではなく、むしろ右脳によるリスクマネジメントこそ重要だということです。テクノロジカルな側面はもとより、イメージの力によって想像を絶する災害に耐え得る建築を構想し続けることこそが、建築家の職能のひとつであると考えています。私はその能力をイメージのリスクマネジメントと呼んでいます。
高松伸
1984年「織陣I」にて日本建築家協会新人賞を受賞。1989年、40才にして日本建築界最高の栄誉であるところの日本建築学会賞を「キリンプラザ大阪」にて受賞。その後、芸術選奨文部大臣賞、国土庁長官賞、建築業協会賞、公共建築賞など数々の賞を受賞。天津博物館(2001年)、ドイツ・ドュースブルグ市駅前再開発(2002年)などの国際設計競技にて最優秀賞を獲得するなど、海外でも活躍。日本を代表する建築家として高く評価を受けている。主な作品に、キリン本社ビル、ワコール本社ビル、東本願寺参拝接待所など。また、独自の建築論を展開し、著述家としても有名。主な著書に、陽のかたち(筑摩書房)、王国(青幻舎)、夢のまにまに夢を見る(TOTO出版)などがある。アメリカ建築家協会名誉会員。ドイツ建築家協会名誉会員。英国王立建築家協会会員。
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