■住まいの話題[17]:衣・食・住の中で、住が取り残されてきたのはなぜか
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着るもの、食べる物、そのほか車や音楽について、人々はそれなりに感受性を高めてきました。それに比べると、住まいについてはかなり無頓着という状況が続いてきています。

なぜこういうことになったのでしょうか。それは、日本人にそうした素養が欠けているということではなく、住まいについて感性を磨く機会が、絶対的に不足しているためだと思います。

衣・食・その他について、私たちは多くの種類のものを試し、体験します。たまには一流のものを体験できる機会もあります。評価の高いものは複製頒布されて、より多くの人に共有されたりします。そうした経験を通して「目が肥えて」きたと言えるでしょう。

一方、住まいはどうでしょうか。多くの種類を体験することは容易ではありません。街にある住宅の多くは、空間の骨格にあまり違いがなく、本質的なバリエーションは少ないと言えます。

こうした住宅を何度か引っ越してもあまり豊かな体験にはなりにくいでしょう。自分の考えで家を建てることは最もよい体験になりますが、これは金額として何度も体験できるものではありません。一回きりの体験では評価を深めるのも困難です。

そこで、真に個性や特徴を持ったよその家を体験することが有効になりますが、そうした家は100軒に1軒あればいい方で、その家の持ち主と知り合いになって中を体験するということはめったにない話になります。また、いかに素晴らしい家があったとしも、当然ながら複製頒布などはありえないため、体験するには必ずそこへ出かけて行かなければならず、その良さを共有できる人は非常に限られてしまいます。

空間的諸相「洞窟的空間」
空間的諸相「中庭的空間」
こういうことで、住については、衣・食のような「見る目」が育ちにくかったと思われます。いい音楽がCD等の形であらゆる人に体験されることと比較すれば、いい建物を体験する機会は本当に希少と言えます。住の世界では、まだまだいいものが圧倒的に知られていない、体験されていないのです。
内覧会参加のすすめ

雑誌やテレビによる建物の紹介は、建物の体験を複製頒布したことには残念ながらなりません。実際の建物には、空間に包まれる感覚、身体の運動に伴う場面の展開、スケール感、素材感、空気の温湿感、総合的な居心地など、メディアに変換できない要素が詰まっています。それはメディアを通して見るよりもはるかに密度の高い、大きく違った体験と言えます。

設計者は職業柄、多数の物件を体験する機会があり、自分の設計したものはもとより、他の建築家によるものや、過去の名建築を見て回ったりするため、ある意味で得難い「目利き」という立場にあります。この点は多くのユーザーに活用して頂きたいところですが、こうした実際の体験そのものを、ユーザーの方々にもして頂きたいと思うのです。

今後、建築家の物件や個性的な物件の内覧会が、よりオープンに開催され、身近に参加できるようになることを願います。また、昨今はインターネットなどで、開催情報が広くアクセスできるようになってきており、これは一つの明るい兆しとなるかもしれません。

実際、面白い物件を見に行くことは、ちょっとしたコンサートに行くようなエンターテイメント性があります。そんな空間体験が一つの娯楽として一般化するようになれば、状況は大きく変わり、「住」に対する感性は大きく高まることでしょう。

住まいの話題[17]執筆者
■小田 宗治(おだ そうじ)/小田宗治建築設計事務所

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