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私の事務所は東京の中でも数少なく戦災を逃れた古い家並みの残る下町にある。通称、「谷根千」と呼ばれるこの一帯は、古い長屋や商店の建ち並ぶ根津千駄木の町と、上野寛永寺・谷中霊園を中心にたくさん寺が集まった谷中の町で構成されている。迷路のように入り組む路地は学生の頃から探索を繰り返しているのに、今でも見知らぬ袋小路を発見する程に複雑である。そうした路地の多くにはいまだに杉板張りの長屋が軒を連ね、玄関先のわずかなスペースには所狭しと鉢植が並び、狭い路上には縁台が出され、簾と風鈴の下で、老人と子供と猫が一緒に線香花火を楽しんでいる。
日本情緒が色濃く残り、生活の楽しさと活気に満ちたこの町を散歩しながら、私は日本的デザイン、コミュニティの作り方、節約の仕方、四季を快適に満喫する工夫など様々な知恵を学び、日々の設計に生かしてきた。例えば玄関廻りについての工夫をここでいくつか紹介しよう。 |
| 両面灯・露地行燈 |
| 古い家には、和式便器の隣に仕切り壁を挟み男子用の小便器が設置してある便所が残っている。そして仕切上部の欠き込みには小さな豆電球が燈り、個々の空間を同時に照らしている。電気容量の制限や節約の為の工夫だけれど、そのささやかな灯には2つの空間を柔らかく繋いでくれる優しさがある。また寺などには茶室の露地などに見られる露地行燈があって、庭の飛び石の滑らかな質感を薄暗い中に艶やかに浮き上がらせている。今風の明るすぎる洋風照明に比べ、そんなささやかで明るすぎない灯は周辺に翳を作り、灯りの暖かさや親密さがより豊かに感じられる気がする。 |
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| 下町の情景 |
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| 腰掛け石・両面灯・洗い出し・古い大谷石 |
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| 石 |
旧屋の建替え時、元の庭に庭石が設えてある事がある。新築は旧屋より大きくする事が多いので、庭は以前より小さくなり石の置場所に困り処分費を払い撤去することもある。もったいない。そこで色々な工夫をする。おむすび型の石は天地を変えて逆三角に土に埋め込み玄関脇の腰掛け石に変身させる。余程スペースが確保出来ない時は思い切り石の大部分を土に埋め少しだけ石の表面を覗かせることで、かえって石の存在感を示す事もできる。
古い塀に使用されていた大谷石なども、その家を住み継いできた家族の記憶の大切な一部だから、庭石同様廃棄などせず、痛んだ部分は穴埋めして、そのままの姿で新しい家の庭や玄関先に敷き詰める。塀に使用していたから厚みも充分あり下地に土間コンクリートを打設する必要もなく、とても経済的である。 |
| 玉砂利洗出し・敷き砂利 |
| 小さな土間などにタイルを敷き詰めようとすると目地がきっちり割れなくて苦労する。そこで長屋の皆さんどうしているかと見てみると、古い家の玄関先にはよく豆砂利洗出しが使われている。手仕事の偶然からできるその自然な表情はどんな変形の土間にも対応できる。小粒でも立派な石だから、打ち水をして客を迎えられる。また別の家の前には豆砂利が敷き詰めてあり、呼鈴がなくても砂利を踏みしめる足音で客の来訪を知らせてくれる。 |
| 気配 |
路地に住む人の気配は庭や道路を介して互いに伝わり合う。まあ、家が狭いのでなにをするにも周囲まで巻き込む環境にあるからだけれど、嫌がるどころか皆がそのことを楽しみながら生活している。親が本物の井戸端で井戸端会議している傍らで子供達が遊ぶ。そこには自然なコミュニケーションが生まれ、いつも笑いが絶えない。我が家・我が町を大事にしながら、多少の不便さは暮らし方の工夫で補っていく。こうした住まい方に私たちも見習う所が多いように思う。
私にとって下町は住まいの辞典です。伝統的に営まれてきた日本人の暮らし方とその暮らしを支える住まいのノウハウや技術が全国的に失われていく中、それらが今もまだ生き生きと残っている東京の一角の下町を、新築を思い立ったら(思い立たなくても)探訪に出掛けませんか! |
住まいの話題[18]執筆者
■幸田 章(こうだ あきら)/一級建築士事務所 幸田章建築設計所 |