秩父路では、束ねた柊に鰯の頭を刺した節分の門口飾り、都会では見ることのできないとても大きな五月の鯉幟、白足袋・半被・鉢巻姿で山車を引く子供たちなど、人々の営みに季節感や土地柄が表現されている。
しかし残念なこともある。とある住宅街に足を踏み入れたときのこと。そこには、秩父の風土や文化を考慮した形跡がまったくない都市型住宅群が形成されていたのである。住宅を構成している材料が工場生産品を多用しているのと、工法が画一化しているために、地域性がまったくと言っていいほど失われているのである。工場生産品を否定するつもりはない。ただ、家づくりにおいては、品質・精度・耐久性・性能・安全性・工期・予算などと共に、地域とどう係わるかを、材料メーカーや作り手やオーナーが考えていくべきである。
建物は工事に着手した時から、良くも悪くも周囲と関わって存在する。独自のデザインを施し、良質の内部空間を連想させ、町並みに違和感なく、凛とした建物に出会うと、嬉しくもあり、思わず足を止めてしまうのは私だけであろうか。
秩父路を大切に歩くことで、小さな祠や庚申塚などが点在しているのを再確認でき、謙虚に無病息災を願い、季節を愛でながら暮らす人々を想像できるのである。この歩く行為を通して改めて、そのような文化をも住宅設計に盛り込み、次の世代に渡したいと思うのである。