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| 仏壇はどこに消えたか |
僕等が子供の頃、家には仏壇があった。それが何時の頃だろう、家の中から消えたのは・・・。そればかりか、都市も、何時しか墓地はおろかお寺も目につかなくなった。何時からだろうか、家の中があんなに明るくなったのは。何時からだろうか、都市があんなに明るくなったのは。
僕の子供の頃は、朝夕の食事時になると必ず仏壇にご飯を供えたものだ。そして、線香の匂いの付いた冷たいご飯をたべるのは、きまって僕の役目だった。その仏壇は座敷の一番奥の薄暗いところにあり、使われることの少なかった座敷は不気味で線香の匂いが漂っていた。おまけに鴨居の上からは、知らないおじさんやおばさんの写真が僕を見ていた。僕は、出来るだけそんな写真を見ないようにして、チーン、チーンと「鈴」を鳴らし、急いでご飯を取り換えたものだ。 |
| 陰と陽の世界 |
日々こんなことに思いを馳せることがある。住宅という器の中には、逃げ出したくなるような非情な現実も、身に余る喜びも、全てがそこにあった。そして、日常的な営みの中であればあるほど、喜怒哀楽の思いはさらに深まっていく。最近の住宅は、あまりにも、生と死を非日常の彼方に追いやってしまったようにみえる。
そればかりか、住宅の中で起こりうる家族の行為を全て明るさの中に包み込んでしまい、明と暗を同等に扱うことを忘れ去ってしまったようだ。闇の中の薄気味悪さは、死への恐怖と生への執着を生み出していたのではなかっただろうか。幹線道路のパチンコ屋のようにやたら明るい家ではなく、せめて、暗(陰)を意識にした明(陽)の住宅を大切に造りたいものである。 |
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| 明暗のある外観例 |
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| 光と影が彩る内観例 |
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| アメリカ文化にあこがれて |
僕の記憶だと1960年代、日米安全保障条約と高度成長期に湧き上がっている時期、アメリカの華やかな眩いほどの光景がTVから流れ、僕らはいつの間にか豊かな大国の生活にあこがれていたものだ。それは、煌々と空までもレーザー光線で照らすルート66のラスベガスの明かりであり、大きなリビングと暖炉とロッキングチェアーのある住宅であった。それと、吹き抜けにぶら下がっているシャンデリア。そんな光景がいかにも豊かで幸せそうな家庭の象徴であるかのようにみえたのは、僕だけだろうか?
それから十数年たった今、墓石が立ち並んでいるような超高層の町と眩いばかりの幸せそうな住宅を、僕らが作ってしまった。そこには、家族の曖昧な感情も、家族であるが故の薄ら恥ずかしさも、全て明るさの中に露呈してしまい、思いやりや奥ゆかしさを包み隠す「陰」など存在しないのである。 |
| 家族の器としての住宅 |
家の中には、明と暗が確実に存在する。そこには食べるという営みがあり、食べるという営みは集うことでもある。家族個々人の営みの中に「集い」を見つけ、「明と暗」の曖昧な境界の中で安らぎと幸福を感じる。窓からさす光の強さと動き、そして景色の変化は、季節感を感じさせる。それが紛れもなく、日常的な行為であれば、住宅が家族の器としてみえてくるのではないだろうか。
花鳥風月全てのものとの関わりの中で、曖昧な境界(空間)を感じていたいものである。 |
住まいの話題[34]執筆者
■荒谷 信治(あらたに のぶはる)/(有)DIG建築計画 |