■住まいの話題[65]:自分と出会う住空間の(もの)陰
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光と風と陰と

住宅の空間を構成する主要な道具立てのうち、私の好きなものの話から始めたい。われわれの子供時代(団塊の世代)は兄弟姉妹が4〜5人いるのが普通でした。狭い住宅にそれぞれの私室を設けるのは不可能で、和室一間か二間に全家族が生活していた。そこで食事をし、勉強し、寝た。一人になりたいときはこっそり押入れにもぐって瞑目するか、物干場に逃げた。ストレスは沢山あったが、毎日の生活に不自由は感じなかった。

当時は殆どの家の屋根の上には3帖くらいの物干場があり、そこには、急な階段で上るか、廊下の窓を乗り越えていくか、とにかく何らかの緊張を強いられ、それゆえに期待感を持たせる行為が必要な場所であった。もちろんそこは洗濯物が干されている訳だが、何か危うい感じのする場所であり、光と風に満ちていた。4、50年前の話である。押入れや物干場が(もの)陰である。住宅にはこのようなもの陰が必要である。

小さな森の家(吉村順三設計:1962年竣工)

軽井沢の森の中にふーと浮かんだように建つこの小さな家には、私の好きなものが全部詰まっている。その絶妙の立姿は名建築の評価を得たが、何よりも私が感動したもののひとつは屋根の上の見晴台である。広い吹抜けの居間から急な階段で屋根裏部屋にのぼり、さらに空に抜けるようにして急な階段が見晴台に通じている。垂直動線の巧みさとその形の色気とに魅入られたのです。

建築家M氏はこの建築を評して<概念が実体化されることはあっても、実体が概念化されることはない>と言ったが、「良く構想されたフィクションは現実以上にリアリテイがある実体空間をつくる」ということであろう。あふれるような自然の中にあって、まわりの自然を上手に取り込んだこの建築にはいくつものフィクションが感じられる。木陰を通して見上げた青さで空を感じたようにここも懐かしい空がある。

光りと風と陰で満ちた空間
屋根裏の空間
屋根裏と床下

子供の頃の話に戻ると、2階の廊下の突当たりとかに、何気ない小作りのドアがあり、そこを開けると「屋根裏=小屋裏」に通じていた。ほんとの屋根の内部で、太い梁を渡り碍子に張られた電線をよけながら妙に生暖かいかび臭い非現実の空間があった。また、さすがに人が入れるほどの床下はなかったが、それでも床板をはぐるといろいろな壷があり、ヒミツめかした小さな空間があった。

これらも住宅空間の(もの)陰であり、建物の表と裏と言うか、建物の厚みと言うことの出来る場所であり、何かあいまいなフィクションの世界を感じさせる。

階段と天窓
垂直指向は何か別の世界を予感させる。まっすぐな廊下は先を見通すことが出来るが、階段は行き着く先を見通すことが出来ない。一歩登れば一歩だけ先が良く見える。それに比べ梯子には過程がなく、始めと終りしかない。登り始めたら登り切るしかないと言う緊張感がある。階段や梯子の行き着く先にあるもの、それを予感させるのが天窓だ。開閉できればなお良い。これらの空間にも懐かしいものが満ちている。
十朱幸代

<知らない自分を探すことが女優の仕事>。私の好きな女優の言葉。彼女は舞台の上の仕事を評してこう言った。

私たちの日常でも町を歩いたり、何かを眺めたりしている時、なんともいえず懐かしいものに出会うことがある。それが<知らない自分>と出会った瞬間だろう。住宅の中でそんな一時が過ごせる空間があったらどんなに良いだろう。

住まいの話題[65]執筆者
■西 一治(にし かずはる)/ アトリエ71

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