| 画像をクリックすると大きなサイズで見ることができます。 |
| 住まいの今昔 |
私の育った家は藁葺きの屋根。屋敷の中には欅の大木や柿ノ木が繁り、集落の廻りは一面のたんぼ。高気密や高断熱などとは全く程遠い家で、暖房設備は炬燵と換気の必要がない石油ストーブ。冷房設備などもなく、扇風機が忙しそうに首を振っていた。冬に寒いのは当り前。夏が暑いのも当り前。それを否応なしに受け入れていた。そして冬は縁側の日溜の暖かさを、夏は木立ちを抜け縁側の風鈴を揺らす風の涼しさを感じることが出来たような気がします。
極めてありきたりですが、単なる懐古主義だと言い切れない現状が目の前にあります。高度経済成長を追うように、建築においても断熱や気密性能の向上と機械設備の装備が進みました。やがてその弊害が現れ、それを克服するために新しい材料や設備が加わってきています。経済主義に翻弄されて、次にどんな弊害が出てくるのか、そしてそれをどう克服するのだろうか。 |
| 設計は迷いの連続 |
快適な住空間を創り出すことは大切です。でもそれは、家のことだけを考えて造るのとは少し違うような気がします。「家は街の中に在り、時の流れの中に在る」という当り前のことを考えながら、ひとつの家に収斂させていきます。つまり、現実に家族がいて街並みがあり、様々な条件と選択肢の中から接点を求めながら具現化していくのです。
どのように建物を街並・風景の中に置くか、どのように施主の生活環境を提案できるかなどを何時も迷いながら仕事を進めています。そして施主との共同作業を繰り返すことで具体的にまとまっていくのが現実です。ですから、私とお付合いする施主は忍耐力が必要です。いよいよ着工となった時には、時間のゆるす限り工事現場に行くようにしています。これは決して施工者を信用していないのではなく、自分の目で確かめたいからです。工事現場が好きなんだと自分でも思います。 |
 |
 |
| 施主と共作のコンクリート壁 |
|
 |
 |
| 今も進行中の造園工事 |
|
| 施主と共に歩む |
工事には施主も参加することがあります。写真の住宅はどちらも設計から施工まで施主が参加した例です。左側の鉄筋コンクリート打ち放し住宅では、施主が私や施工者と一緒になって、コンクリートが隅々まで流れるように型枠を叩きました。また工事費の関係で、コンクリートに水が染み込まないようにするため、外壁の撥水剤を施主と私の二人で塗りました。
右側の木造住宅では、以前、施主が造園関係の仕事を経験したことがあり、今回の造園工事でも施主と一緒に植木を探しに見て廻り配置を考えたりしました。現在も、植栽の配置変えなど手入れが進行中です。 |
| 家造りの楽しさ |
設計の仕事に係わり始めてから四半世紀が過ぎようとしています。この間、手法はいろいろありますが、街並や風景に溶け込むように、また施主に我慢を強いることをたまにしながら、住み易い家造りを目指してきました。その意味でも、施主の努力には感謝しています。施主と一緒に家造りをする楽しさを見つけ出せずにいたら、この仕事は長期間続かなかっただろうと思います。
最後に、私の考える家造りに関係した好きな一文を、『方丈記』の中から記してみたいと思います。
「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。」 |
住まいの話題[66]執筆者
■塚田 豊(つかだ ゆたか)/ 塚田建築設計事務所 |