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| 基礎 |
| 建物というものは、最近の勢いですと、放っておいてもそれなりのものは出来てしまいますが、いざ真面目に関与しようとすると、果てしもない、複雑多岐な課題に満ち溢れていているとも言えます。それは、悪戦苦闘と投げ遣りが錯綜する、何かしら「子育て」の過程に似た感じでもあるのですが、ここでは、「住まい」に関して、外観や素材、構造、設備から、空間、機能、構成原理といった具体的実務以前の、たとえば「個」「家」「社会」といった事柄を考えてみます。 |
| 土台 |
多くの場合、建主側は、極めて個別な思いを抱いて「家づくり」の場に臨みますが、設計側は初めのうち、なかなか、そういった個別の思いに乗りにくいものです。色々な個性につきあっていると感動が薄れてくる、といった不謹慎な面は別にしても、建物は嫌でも並び建ち時を経る、とか、建主側家族各人はもとより、親戚友人隣人、役所、工務店から職人にいたるまで、様々な社会的応対を抜きにして「家」は建たない、と感じているからです。
しかし一方、当然のことながら、創造とか表現という行為の原点は極めて個別的なものです。こうしたい、ああもしたい、ローコストでメンテフリーで、開放的で落ち着いていて・・・・間取りと空間構成がまとまれば、今回は○×様式に△足して2で割って、自然素材風の和風に現代風を加味して…「家づくり」に突入してしまうと、建主側に新生活を夢見る暇なく、設計側にも先々の使われ方を見通す余裕がなくなってきます。出来上がった「家」が住む人からも、社会からも孤立しない、そんな「家づくり」が可能でしょうか? |
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| 個:家づくり初期のスケッチ(K邸) |
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| 社会:思いが花咲く街並(中段右はK邸築5年) |
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| 通し柱 |
拠りどころは、再び、個別的ではあっても強固な両者の思いであり、頼るところは、建物として実現されざるを得ない「家」の社会性です。個別の思いが殻を破って拡がっていけるのかどうか。たとえば、「家」は小さな一つの社会、社会は大きな「家」とか、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下、とは古くからの儒家的な言説ですが、「家づくり」の過程、そして出来上がった「家」の果たす役割にも無関係ではないように思えます。
丁寧に心をこめて造られた建物には、その時、その建物に関与した全ての人達の思いが何かしら顕現して、痕跡を残す。そのように、建物は、時々刻々、集積された人類の文化が、そのつど形を変えて具象化される、試行錯誤、実験結果の一つだとすれば、「家づくり」も、個人の思いであり家族の歴史が、一瞬、社会的な場面へと表面化する過程と言えるかもしれません。そんな諸々を引き受けて「家」は建ち、そして建ち並び続けるのだ、ということは「家づくり」における一つの戒めであり、また励ましでもあると思われます。 |
| 祈上棟 |
もともと豚小屋(屋根の下に多産の豚)でしかなかった「家」は、そうやって何千年にも渡って、つくられ、そして人を育んできたわけです。建築に携わる者として、旧中国の詩聖、杜甫、個孤たる憂愁と創造の只中においてさえ人事の往来を見捨てることのなかった、そんな杜甫の夢に、応えたいとする意思を持ち続けることも肝要と考えられます。
「茅屋為秋風所破歎」 杜甫
・・・・安得廣廈千萬間(どこかに大きな、大きな家がないものか)大庇天下寒士倶歡顔(この世をしのぶ人たちが、よって見かわす嬉しい笑顔)風雨不動安如山(雨にも風にもどっしりと、山のように安らかな)嗚呼何時眼前突兀見此屋(ああ、そんな大きな、大きな家に会えるなら)吾廬獨破受凍死已足(こんなボロ屋は吹き飛んで、こんなわが身の一つや二つ、凍え死んでも構いはしない) |
住まいの話題[91]執筆者
■関 厚生(せき あつお)/ 伽藍堂建築設計工房 |