■住まいの話題[97]:テンジョウ界探検
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魔法のカガミ

祖母の鏡台から私の顔ほどの大きさの手鏡を持ち出す。何度も息を吹きかけては一点の曇りもないように磨き上げる。ぴかぴかになった鏡を上向きに胸の前に捧げ持ち、一呼吸息を整えて鏡の中に目を落とす。探検の始まりである。

時は50年前、私は6才。ここは私が生まれた田舎町の家の「イロリノマ」。

<床>は夕方のように薄暗く、畳が消えて黒ずんだ板張に変わってしまった<床>の上には細い棒が並んでいる。タンスもヒバチも消えてしまった。イロリ(掘炬燵をそう呼んでいた)があったはずの部屋の真ん中には、上向きの電灯の笠が<床>に突き立った棒の上でかすかに揺れている。隅に白い毛玉のように見えるのはヘンバリ(蜘蛛の巣)だろうか。

カラカミもショウジも下に壁が立ち上がり、またぎ越さないと外には出られなくなっている。カラカミの隙間から見える隣の「ブツマ」の一段と暗い<床>の隅からは、逆立ちした鬼の面がこちらを睨んでいる。こっちはごめんだ。

玄関側の「アガリハナ」 へ行くことにする。こっちは少しばかり<床>が高くなっている。 ここも<床>は板張りだが「イロリノマ」のような木目がなくてずっしりと赤黒い。 <床>の上には同じように棒が並んでいるが、間隔が広く太さは柱ほどもある 。赤茶色の電線が二本ずつ組になって張られているのを避けながら前進する。

テンジョウ界地図

「ドマ」へおりる。足元は真っ暗で何も見えない。ようやく目が慣れてくると、真っ黒な太い柱と梁の輪郭が見えてくる。隅の壁際のひっくり返った藁のお椀の下で黄色い嘴がもがいている。ひらりっと、<床>すれすれに親燕が見事な背面飛行で飛び込んで来る。子供達の歓喜の声が上がる。

おっと危ない、<床>にぽっかりと空いた穴に落ちそうになる。はるか穴の底の小さな窓から吹き上げてくるまばゆい光の中に、鎌首をもたげた白い蛇がじっとこちらを睨んでいる・・・と思ったら、滑車と綱だった。ほっとひと息。

「ゲンカン」を抜けて外へ出る。」板張りの坂を上ると、その先は何処までも透きとおった青い水。ジャンプ!

魔法のカミ

こうして私は魔法の鏡を使って家中のテンジョウ界を探検してまわった。実は今もあの異次元空間の感動をしばしば楽しんでいる。魔法の鏡ではなく、魔法の紙を使って。

建築設計図の知識のある方ならもうお分かりのことと思う。「天井伏図」が魔法の紙である。天井を上から透視するという、慣れないうちは何とも不可思議千万な図面だが、まさしくあの魔法の鏡で見た世界そのものなのだ。

祖母の鏡は、私が建築の世界に入る入口だったのかも知れない。住宅の図面はさまざまなことを物語ってくれる。天井伏図もその一つだ。家づくりの際はじっくりと図面を眺める余裕を持ちたいものです。

では、ここらでまた別世界へ散歩に出かけるので、失礼〜♪。

住まいの話題[97]執筆者
■佐久間 槙夫(さくま まきお)/ MAKI設計室

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