■住まいの話題[139]:私の住宅計画小辞苑
画像をクリックすると大きなサイズで見ることができます。
家の記憶

季節の変わり目の風が、私をふと子供の頃に引き戻すことがある。縁側で、眠たい午後を猫と過ごしたり、スイカの種を飛ばしあったり、近所の人が座り込みお茶を啜る風景。雨が降る前の土のにおいや庭の草の蒸れるにおい、座敷の冷たいタタミの感触。樫の樹に囲まれた裏庭にはお化けが大勢待っているようで、通り抜ける時は大きな声で歌いながら駆け抜けたこと・・・・。

現代の家々と違い、「家」には幾つもの明るさの層があり、外でも内でもない場所があった。家は日本の多様な自然を享受し、ゆっくりとした時間の流れ、自然の優しさ、厳しさを五感に残してくれた気がする。時には、敵対する光や雨や風から家を守る術を否応なく教え、いつしか愛おしむ心を育ててくれたように思う。

贅沢な時間

空調機や気密性の高い建具に守られ、平坦な明るさに慣れた現代人には、あの頃の住環境には順応できないかもしれない。でも、規制の多い都市であっても工夫次第で、家は私たちが自然と共に生きている実感を持たせてくれるはずである。だから、道路を隔てた立派なケヤキや、公園や、隣の庭といった自然を取り入れようと敷地の周辺を何度も見渡す。できれば空の雲を追いかけられる所を探す。同じ場所に座っていても違う風景を見続けられたら、とても贅沢な時間を重ねることができるから。家がくれる贅沢さって、そういうことだと思う。

誠実な職人達の仕事に巡り合えた
小金井の家のリビング
造り付けソファに集まる子供たち
家具は住み手の色を鮮やかに引き出す道具

「日本人は美しいものには敏感で醜いものに鈍感ですね」と言った外国の方がいた。一つ一つがきれいな物でも多すぎれば雑然と見えるし、余白がなければ物は活きて見えないこともある。そこで、整理上手に暮らせる仕掛けー家具を造って隠せる所と見せる所を住み分けできるようにしている。収納する家具にしろ、テーブルやソファなどの家具にしろ、最初から設計しておけば、家は住み手の色を鮮やかに引き出す舞台となり、調和の取れたその人らしい空間にしてくれる。

食いしん坊で料理好きの私は、台所の家具の設計にはつい力が入ってしまう。食べることは家族で簡単に楽しめるエンターテイメントだし、家族の健康状態を知ることでもある。毎日繰り返すことだから、パッパとこなしたい家事の一つでもある。そこで他の家事も合理的にこなせる動線計画を組み込んで、家族が参加しやくすれば、会話も生まれる。楽しい食卓は豪勢な料理が並ぶことではなく、会話がご馳走なのだから(もちろん、うまい料理に越したことはないが)。また、家具を設計しないと設計の楽しみを奪われたような気さえするのである。

造り手の顔が見える仕事

机上の設計が済んで施工が始まると、愉しみな現場通いが始まる。建築現場は粋を知っている職人たちに出会える場だ。施主と設計者、現場管理者、職人それぞれの仕事が呼応するのも面白い。図面で考えた以上の質が見えると鳥肌が経つほどだ。違う職種なのに皆が競い合うよう仕事に取り組む喜びや雰囲気が、素人の施主にも伝わっていく。そうして積み上げられた家には揺るぎない質が滲んでくる。(「みんなのいえ」という映画で、最初は反目しあっていた設計者と大工が通じ合っていく様を施主が嫉妬する感じでしょうか。)

住み手の愛情が得られない家は傷む。誰とだってウマが合わなければ永くはつきあっていけないものだ。そんな相棒には飽きのこない手応えが欲しい。現実を見据えた設計と、造り手の顔が見えるしっかりした仕事という魂を受け継いだ家は、滋味を含み、住み手の愛情を得、永く生き続けられると思う。そして私自身、建築という複雑な仕事に、永く付き合える相棒だと思ってもらえるような仕事をしていきたいと考えている。

住まいの話題[139]執筆者
■田野 恵利(たの えり)/ 有限会社 アンドウ・アトリエ

旭硝子株式会社
お役立ちリンク  資料請求  お問い合わせ  サイトマップ  ご利用環境  サイトポリシー  品質への取り組み
(C) copyright 2001-2005 旭硝子株式会社 All right reserved.