イタリアのヴェネツィアを歩くとそこはまるで迷路である。いく重にも曲がりくねる細い路地を行くと、急に目の前が広がりいつの間にか小さな広場に出てしまうことがある。そこにはエネルギッシュな太陽の光が溢れ、シエナイエローとヴェネツィアンレッドの混合したスタッコの淡く神秘なそして陽気な色調の建物の壁面が広がり、今までの迷路を彷徨っていた不安感が明るい光に満たされた安堵感へと変わっていく。それはまるで、迷子がやっと母を見つけ、胸に飛び込んでいく安らぎと似ている。
ヴェネツィアの人々にとって広場とは、密集する建築群の中に空いた明るく光に満ちたいやしの場である。その使われ方は、語らいの場であったり、祭りの場であったり、遊びの場であったり多種多様である。そこに静かに佇むといつの間にか時間は過ぎ、ファサードを色彩豊かに生き生きと映し出していた輝く太陽が、いつの間にか街の全てのモノ(建築)を赤く染め出す。そして今日一日のエネルギーをすべて焼き尽くすがごとく、一瞬、夕日が赤煉瓦色の瓦を真赤に燃やし、街は夜の帳の中へ落ちていく。
建築とは、ヴェネツィアの街のように脈々と続く歴史や時の流れの中にあって、太陽・星・季節、そして時間や光や風のリズムの変化に刻々と表情を変え、見る者に暮らす者に、感動と驚きと魅惑と安らぎを与えるものである。しかし悲しいことではあるが、日本では時代の流れの中で美しい古い建築が壊され、次々と新しい金属パネルやガラスの建築へとその姿を変えている。