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| ウィーン・デザイン |
自分のデザインソースとして、モダンデザイン成立以前のウィーン・ユーゲントシュテルに興味を覚えて30余年になります。特に、J・ホフマンやウィーン工房を中心としたこの時代の住宅設計に研究テーマをおいております。
最初のウィーン行きの折、東京にいたウィーン人の写真家ハンス君が父君をご紹介してくれました。ハンス・パパは経理畑の方でしたが既に年金暮らしで、市内の案内を買って出てくれました。O.ワグナーやG.クリムト、はたまたG.ゼンパーといった建築家や画家について、当然ながら音楽についても解説をしてくれました。勿論こちらは下勉強したつもりでしたが、もっと分かりやすく自慢げ(?)に語る姿勢に大変な刺激を受けたものです。
また、O.ウエルズの映画「第三の男」は戦後のウィーンの混乱期を描いたものですが、舞台は瓦礫の市内をロケしたものです。戦禍を受けた古典的な建築物は、現在はかつて何もなかったかのように再建・補修されており、現在の様はどうしてと、また当時のユーゲントシュテルという前衛すらも環境に溶け込まさせている情景は何なのであろうと、素朴な疑問を持ち帰りました。 |
| 生活美学というエートス |
まず何よりウィーンを愛するコモンセンスに支えられた市民意識(=美学)の存在に気づかされます。その一因としてエートス(ETHOS)の問題があります。広辞苑に寄れば「ある民族や社会集団にゆきわっている道徳的な慣習・雰囲気」とあります。対比としてパトス(PATHOS)が即時的に対処する感情や情感のことを指します。このエートスから生まれた共有するウィーンの<生活美学>の存在です。 |
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| 分離派館の外観 |
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| ベルベデーレ宮殿に近接したレストラン |
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バロック等の様式を成立させながら、貴族や僧侶ら知識階級が持っていた芸術のパトロネージュ(=理解者)の意識が現代でも市民側にあり、その生活美学を連綿と大衆化・蓄積させた形而上的な慣習として、結果、現代においてもウィーンらしい美しい都市景観を維持しているのでしょう。その美学は独特のものであり、他の都市が模倣できるものではありません。これを「文化」というのでしょう。この都市では建築が大きな文化的要素としてあるわけです。ここで考えられるのが、文明と文化の相違です。 |
| 文明と文化 |
「文明」は科学(=テクノロジー)で普遍的に利便性を追求する進歩性を有していて、その地域の固有の「文化」とは基本的に質が違い、比較されるものではありません。本来それらは建築の中で共存すべきものなのに、文明開化以来の建築表現は<近代>が文明と文化の表現を混同するようになっています。生活慣習と普遍的な技術のバランスの中で成立しているからこそ「建築」であり、社会的に意味のある「建築」なのでしょう。
しかしながら室町時代の公家文化が町衆によって大衆化され、床の間飾りや茶室をもつ町屋文化を作ったように、私達の遺伝子は決して悪いものではありません。古往今来、新奇性のみを尊ぶのではなく、不変的な生活慣習の存在(エートス)にも再度目を向ける時期に来ているように思われます。 |
| 「建築家は建築の女神のサーヴァントである。」 |
ウィーン生まれのO.ワグナー(1841〜1918)は「建築家は建築の女神のサーヴァントである。」と言いました。言葉のなかの女神はこのエートスの中にあるのでしょう。建築家が社会的倫理観を前提に仕事をすることは、このエートスの理解が重要であるとウィーンから教えられます。 |
住まいの話題[160]執筆者
■吉村 實(よしむら みのる)/ 設計工房ARS. |