■住まいの話題[209]:住宅の諸々性、あるいは、モノとコトが出遇うトコロ
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諸々の思い、諸々の言葉
人々があえて、建築家に住宅の設計を依頼する時、その思いは様々だろう。欠陥品を掴まされないための見張り番として、あるいは、行く手を阻む幾多の難問を一挙に解決してくれる救世主、はたまた、世界に一つだけの花ならぬ住宅を作ってくれるデザイナーとして・・・、どれか一つというよりも、その全てもしくはその他諸々というのが正確なところだろう。

住宅を語る言葉も色々だ。判り易い例として、広告の中の住宅に冠せられた言葉を年代順に列記してみよう。70年代:文化、近代化、機能性。80年代:洋風、和風、ネオモダン。90年代:耐震、シックハウス対策、自然志向。そして現在:癒しの空間、ペット共存、Eco、省エネ、デザイナーズ、防犯・・・という具合だ。一方、今日の建築家たちの言葉を知りたいのなら、近所の本屋にでも行って、大量にある住宅雑誌の中の一つ二つを手にとってみるといい。その文章やコメントのなんと多彩なことか! 内容はもちろんのこと、語られる水準も、ハードからソフトまでと多岐に亙る。
諸々ということ
住宅を依頼する側、される側、住宅に込められた思いや言葉などをざっと眺めてみただけでも、その多様さには改めて驚かされる。このことから即座に「住宅とは、資本主義を駆動する諸々の欲望を映し出す、空虚な形式に過ぎない云々」と、うっかり口にしてしまったとしたら、それこそ消費社会的身振りというものだ。あまりに客観的で反論の余地のない正論など何も言っていないに等しいからだ。高みの見物と決め込んだ世捨て人ならいざ知らず、こちとら地に足着いた人間様、「その不純さこそに楽しみがあり、可能性があるのだ!」と言い放って憚らないのが、21世紀を生き抜く感性というものだ。
国立の住宅 宮田町の住宅
この他に類を見ない"ゴッタ煮"の中であればこそ、本来異なる水準のもの(人、物、条件、欲望)どうしの思いがけない出遇いが起こりうる。ならば、採るべき途は唯一つ、この"諸々性"の更なる流動化を図ること。そのために、日常の中に「もし、・・・だったら」という眼差しを少しだけ挿入してみること、日常が微かに揺らぐ瞬間を見逃さないこと、そして、日常の"厚み"を少しだけ感じること。
諸々ということの可能性
左の写真は、細長い敷地、坪50万円という制限と、大量のフィギュア(ヒーローもの)の陳列可能性が出遇ったトコロで生まれたモノだ。柱・梁は住宅を、棚は(物)を、ベンチは人を支える。また、壁は空間を、窓枠は壁と窓を、棚は(物)を、日除けルーバーは光を分ける。この二つの水準に跨る棚はそれら全てを束ねる力を持つ。つまり、(物)を支えかつ分けることができる棚という一つのモノで、柱・梁、壁、窓枠、棚、ベンチ、日除けルーバーの担う全てのコトが可能となる。棚材を単一(ツーバイ材、2×12)に設定するコトで、その可能性を現実化すると共に、製作工程の一括化も果たされる。

右の写真は、多角形敷地、外部環境からの独立性、内部空間の伸縮性、将来の二世帯に備えた分棟可能性、この四つが出遇ったトコロで生まれたコトだ。まず、細長い直方体形のモノを措定することで内部の連結性を保ちつつ、次にそれを敷地なりに折り曲げていくコトで各スペースが性格付けされるコトになり、外部からの独立性も自ら獲得するコトとなる。また、手前と奥で分棟するコトも可能になる。前者は、複数のコトを変様(圧縮)させるコトで一つのモノを生みだし、後者は、一つのモノを変形(折曲)させるコトで複数のコトを生みだした、と言えるだろう。諸々の出遇いから生まれたこのモノとコトの織り成す空間が、一転、「開かれた問い」として、日常の硬直化したモノとコトとの関係を編み変えていく。

「ものをつくる」というジャンルの数ある中で、住宅が最も楽しくかつスリリングで有り得るとしたら、ひたすらそれが不透明で、その中に相互に対立する無数の規則や条件が入り込んでいるトコロにあるに違いない。

時に、この不純なる住宅は、なんともユニーク(固有)な価値(場)を生む...。
住まいの話題[209]執筆者
■朝倉 直紀(あさくら なおき)/ K.A.unit一級建築士事務所

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