■住まいの話題[213]:陰謀にはまる住まい造り
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住まいに求めるのは省エネ? 高性能?
「省エネ住宅」「高性能住宅」という言葉の響きは、楽しい住まいを想像する響きではないという気がしますが、いかがですか。この二つの、住宅を説明するのに使う言葉は共通して、経済的に得をするという意味が込められているのではないでしょうか。もちろん、純粋に地球環境への熱い思いがある方もいますし、また「高性能住宅」に住まうことにチャレンジしたいと考えている方もいることでしょう。

しかし、潜在的には、自分という個人が損をしないということが最低の価値基準になっているのです。例えば「省エネ住宅」を建築することは、それなりの予算が必要になってきますが、それに掛かった費用が何年で元が取れるかを試算した時に、収支が合わなければ、それまでの省エネへの意気込みは消えてしまいます。元が取れない省エネに、興味はほとんど注がれないのです。
生活に根付いた省エネを!
このブームとしての「省エネ」に私は批判的ですが、暮らしの知恵の中での省エネは、生活者としても、また設計者としても考えていきたいと思っています。「建築家は専門家で、住まい手は素人だ」というネタは何かにつけて登場しますが、住み手は、住み手としての専門家であることを忘れてはいけません。ふたつの専門家がチームワークを発揮しなければ、住宅は空虚なハコに終わってしまいます。

日本は幸いなことに、最北と最南を除外すれば温帯地方に属していますから、冬の寒さはそんなに敏感になる必要も無いはずです。ただ、高温多湿の夏をしのぐための工夫は、室内の快適性もさることながら、木造建築である住宅の構造耐力の増長に大いに貢献することに留意したいと思います。それを北欧の住宅の手法に倣って高気密化してしまうというのは、風土を無視した強引な手法のように思えませんか? 風通しを良くすることで、夏も冷房の無い生活が可能なはずです。
玄関の上がりかまちの下に通風孔をデザイン・・・
床下の通風は高温多湿の風土には不可欠
住宅の真中に中庭・・・
風通し抜群のうえ、もう一つの部屋としても楽しめる
住まいの装置は生活観のバロメーター
省エネに限ったことではありませんが、装置に頼らない住まいというものをもっと求めていくべきだと思います。それはバリアフリーについても同じです。人間の感性も能力も日常的に鍛えていなければどんどん退化してしまいます。

私の住まいは東京の高層集合住宅ですが、靴を脱ぐ箇所以外はどこもフラットな床でつながっています。それが先日、ボランティアとして新潟の被災者住宅を訪れたおりに、3センチばかりの和室との段差に何度も躓いてしまったのです。住人はもちろん立会いの役所の方、それに別の地方から参加した調査員達は、何度も足を痛める私を小笑いしながら見ていました。

これはどうも、楽な環境下にあると刺激を失って、体の機能が後退してしまうということのようです。手摺をつけて楽になる反面、手摺がないと自由が利かないというようになってしまうのです。オートドアが普通になってしまった現在では、手動のドアの開閉が煩わしく思われてしまうのです。

そうはいっても、本当に体の具合が悪い場合には、日常の生活を取り戻すために装置を導入する必要がでてくるわけで、そこの兼ね合いこそが、住み手がどのような生活観を持っているのか、また人生をどう考えているのかなど、住み手の専門家として示していただかなくてはいけないのです。

自らの体の機能を捨てていくような住まい・・・そんな陰謀への加担は、したくはありませんね!
住まいの話題[213]執筆者
■左 知子(ひだり ともこ)/ 左 知子建築設計室

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