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| インターナショナル・スタイル? |
| 1925年にバウハウスのワルターグロピウスが定義しフィリップ・ジョンソンが提唱したインターナショナルスタイルの浸透、プレファブリケーションの発達、そしてタイムラグ無しに共有出来る様々な情報の提供によって、今や世界中で同じような建物が建てられるようになりました。また、建築材料に関して高い性能が求められているため、材料やデザインに対してもある程度の共通化が避けられない状況にあります。しかし、本当にそれで良いのでしょうか?
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| 父島の場合 |
父島は本土より南へ約1千キロの小笠原諸島最大の島で東洋のガラパゴスと言われ、同じ東京都とは考えられない南国の地です。東京から父島へ行くのに船で25時間、しかも船は3〜4日間父島に停泊するため、往復に1週間ほど掛かります。島にはその環境に根付いた独自の建築スタイルは既に無く、戦後、アメリカ軍が持ち込んだカリフォルニアスタイルの住宅が数多く存在しただけで、その建物も持ち込まれたハウスキットの中に潜んでいたシロアリによって姿を消してしまいました。
そして今、建物のほとんどがシロアリの被害にあっています。日本在来種のヤマトシロアリと違い、建築物に対する加害力が一番高いといわれるイエシロアリで、6月になると、交尾のため羽を付けたシロアリが目も開けらないほど飛び交います。その状景はあたかも南国に雪が降ったようで、しかもシロアリを食べにおびただしい数の蛙が押し寄せてきます。従ってこの時期の夜は窓も開けられず照明も消すという生活となり、それが風物詩ともなっています。このような環境のため、父島のほとんどの建物は2年でシロアリの餌食となり、駆除業者の奮闘もむなしく、朽ち果てる日を待つのみと言われています。
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| 父島の風景 |
父島の家:外観 |
| 父島の家 |
そんな厳しい環境の父島で住宅を手掛ける機会を得ました。お世話になったS旅館のご主人が「この傾いた建物はシロアリの見本だ」と冗談を言っていましたが、この島では"シロアリ、台風、塩害"が設計の重要なキーワードとなります。また、島には建設業者がいないため、建築資材を内地で用意し、施工業者も自分で探して手配する完全な直営方式としなくてはなりません。しかも亜熱帯環境での仕事は体が慣れるまでに時間が掛かるので、内地の仕事のように業種の細分化は難しく、多能職人を選定する必要があります。その上、材料一つ足りなくなると発注から到着までに2週間近くかかるため、資材の綿密なリスト作成と輸送計画が事前の重要な作業となります。
建物はシロアリと台風に耐えるため主体構造を鉄骨造とし、塩害対策として2次部材も含め全て溶融亜鉛メッキを施しました。外壁は塩害にも強い軽いアルミ合金板とし、昼間の熱射を内部まで伝えないよう内壁と外壁の間には通気を設けました。基礎は地盤面より最大1mほど上げた高床式で、床下は蟻が侵入しないようコンクリートとポリエチレンシートで湿気を遮断してあります。また、床・壁・天井には木・合板・スタイロフォーム(断熱材)などシロアリが好む素材を避け、鉄骨下地の両面を鉱物質繊維+火山性ガラス質材料でサンドイッチ。内部空間は、土間を家の中心とし、その上部全てを吹き抜けにして、土間で冷えた空気が家全体に行き渡るよう考慮しました。
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| ネオ・バナキュラー |
このように、完成した住宅は父島のスタンダードな建築となるよう、材料や工法を慎重に選定しかつこの地の環境に配慮して設計してあるため、セルフメンテナンス性にも優れています。従って、この住宅は地域固有の環境特性を重視した「ネオ・バナキュラー」建築と言えます。
現在、人間の生活・生産活動と自然環境との絶妙なバランスが崩れつつあります。かつて私達を魅了した自然と人と建物が調和した環境はどこへ消えたのでしょうか。それを取り戻す試みも始まっています。その意味で、今後、地域環境やその土地の特性を重視した「ネオ・バナキュラー」が、建築デザインのキーワードの一つになるのではないでしょうか。
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住まいの話題[214]執筆者
■小林 將夫(こばやし まさお)/ ネクサス建築研究所 |