■住まいの話題[243]:さよなら“ケケ”(いなくなったケケとその理由)
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住宅における「個性と技術の生きる体制/生きない体制」
私は、住宅においては構造的な部分に関わる仕事をしています。一般的なイメージでは、住宅は住み手の個性が大きく反映されるものだと考えますし、その一方で構造は堅物な印象が残っているのだと思います。これは、構造には技術に関わる部分があり、それが個性やスタイルといった人間的なものとかけはなれた印象を与えるからだと思います。そのような状況のなかで私自身は、「個性と技術が生きる体制/生きない体制」に興味があり、そのことを考える体制の事例として、F1におけるドライバー:ケケ・ロズベスクとエンジニアの関係を思い出します。
「個性と技術の生きる体制/生きない体制」の失敗例
フィンランド人のもとF1ドライバーで、1982年ワールドチャンピオンであるケケは、私の好きなドライバーの1人ですが、ガソリンの積まれたピットで煙草を平気でふかすような昔気質の男でした。彼の重要な特徴は、他人が普通は運転しにくくなるようなセッティングに車を仕上げること。そのマシンを振り回しタイムをたたき出す特殊なドライビングが魅力でした。

一方、テレメトリーシステムは今でこそ標準となりましたが、1980年台初頭にホンダが初めてF1に導入したシステムで、走行中の車の速度やエンジン回転数やギヤ比などの情報を瞬時にピットや、国境を越えてマシン製作工場に伝えるものです。このことで今までドライバーの感覚のみで調整していたマシンの情報が、客観的かつ定量的に扱うことが可能となり、タイムを上げるためにエンジニア各人に何ができるかを共有し、思考できる体制を生み出しました。

ところが、ここで面白い現象が起きます。多くのエンジニアが十分に機能しよりよい未来を想像するためには、正当系の進化でないと対話がしにくくなります。つまり、データの相対関係にルール的なものを導けない状態でよいタイムをたたき出すという、特殊なドライビングスタイルをもつケケはそれに適応せず、またそうすることも好まず、そのシステムの到来から数年で引退していきました。

そのようなドライバーでは、チームとして強い車をつくりあげることができなかったからです。その後、細かなデータを構築する素養があったプロストやセナといったドライバーが、よりエンジニアの気質と技術を引出す体制をつくり、F1界の中央にあがっていきました。
ケケのいる体制 ケケなき体制
住宅における体制(”ケケ”であること)
住宅ではどうでしょうか。ここ数年、小住宅においてその可能性をもとめるべく、私のような構造設計士が参加する事例が増えています。そこでは通常、御施主さん、依頼された建築家、その下請けとしての構造部門や他の部門等が附随する関係にあります。この流れではおのずから上から下に意見が伝わるため、より末端にいる立場の意見はどうしても弱くなり受け入れにくい状況となります。が、ここで先のドライバーのケケの事例を思い返すと、テレメトリーシステムの存在がありますが、エンジニアの意見を反映できるドライバーでなければ、よりよいマシンをつくり出す末端の思いや技術を引出す体制とはなり得ません。

御施主さんと建築家が、私達(構造側)にとってドライバーであると仮定した場合、もしそれらの素性がケケであった時はどうでしょうか。確かに、住宅は単なるF1マシンとは異なり、機械的な要因のみで決まるものではありません。しかし、そのような要素も高い重要度で含まれており、それらがうまく機能しないと建物全体のパフォーマンスも低くなり、当然それは御施主さんにとっても好ましいものにはならないと考えられます。逆に、私達(構造側) の意見も、単に構造的な面のみからであれば、御施主さんをはじめ参加する他分野の人達に対して、今度は自分達が「ケケになってしまうな」と注意したりします。

とにかく、私が重要だと思うのは、その全体が生かされる体制づくりです。そして、その時“ケケ”の存在の危険性が、住宅つくり体制の中にもあるのではないかと思うのです。

あなたは“ケケ”ではないですよね!
住まいの話題[243]執筆者
■名和 研二(なわ けんじ)/ なわけんジム

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