■住まいの話題[247]:依頼者と設計者の関係
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用語は通じる?
住宅に限らず依頼者との会話を進めるにあたり、いつも直面する問題がある。何が問題か? 「用語」である。

設計の立場にどっぷり浸かっていると、会話の中に知らず知らず専門的な用語や現場用語を用いてしまう。寸法 一つにしても“メートル”や“センチメートル”が依頼者にとって一般的であるにも関わらず、どうしても“ミリメートル”で情報を共有しようとしてしまう。他にも“m2→平米”“m3→立米”とか、“納まり”“取合い”“面”“逃げ”“見切り”“ちり”などなど・・・。そう、設計者にとってあまりにも当たり前すぎるこれらの用語は、依頼者にとっては現実的ではなく、別世界の用語なのである。
「先生」って?
このような「用語」を用いて(あるいは、駆使して)会話を進めていると、時間の経過とともに依頼者側の領域と設計者側の領域が明らかになり、ある時点でそれが「境界線」として明確に分けられる瞬間がくる。

それはある意味で自然な流れなのかも知れない。設計者は、意匠や機能や材料などに関する総合的な知識を豊富に持っているからである。依頼者もその点に期待し、自分の夢を実現してくれると思っているからこそ、設計を委ねているはずでもある。しかし、境界線が一定の位置に保たれていればなんら問題はないが、設計上のやり取りの中で、境界線がいつしか設計者側に有利な位置へと変化してくると(意識的にそうする面もあるのかもしれないが・・・)、両者間には違和感が生じてくる。

分かりやすい例は、依頼者が設計者を「先生」と呼ぶことである。もちろん尊敬の念があるのかも知れないが、依頼者が境界線を強く意識した瞬間に、そう呼ぶのだと私は思っている。
国立の家:カラマツ材加工状況 国立の家:依頼者が買い付けたカラマツ材
境界線の本来の姿とは?
もっと具体的な例を挙げてみよう。写真に示した住宅(国立の家)は、依頼者の要望により一部既存住居を残し増築するとともに、敷地内の樹木を出来るだけ移設することなく建物を配置する計画であった。そのため、全体構成・平面・建物形状は必然的に決まってしまう。しかも仕上材は依頼者自身が調達し購入するので、私の立場は意匠面でどう処理するかではなく、構造や機能面での処理と工事監理(工事管理)であった。

こうなると、境界線が本来の姿ではなくなり、境界線そのものがあいまいになり、依頼者と設計者の立場も入れ替わるという不思議な状況で工事を進めなければならない。当然、私自身もいわゆる「先生」ではなく、また工事全体を一番把握している設計者でもない。工事に関わる「一人」としての存在になる。

そもそも、この住宅の依頼者にとって境界線などはどうでもいいことであって、最終的に依頼者自身が納得し満足することが、何よりも重要だったのである。
誰の視点と立場か?
私自身、境界線は仕事を進める上で完全になくなることはないだろうと感じている。むしろ境界線があるからこそ、いい家をつくることができると思っている。

ただ、境界線を意識的に引き直すことは危険なことであろうと。あくまで、境界線は一定に保たれ、時として、設計者が依頼者側の領域に入ったり、逆に依頼者が設計者側の領域に踏み込むことがあっても構わないだろう。つまり、誰の視点・誰の立場といったものを消し去ることで家づくりに関われば、すべてに納得し満足のいくかたちでつくり上げることができるだろう。私はそう考えながら、日々の仕事を続けている。
住まいの話題[247]執筆者
■八木沼 修(やぎぬま おさむ)/ GOAT WORK'S 建築事務所

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