■住まいの話題[272]:家族の肖像
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古い家
「カンバセーション・ピース/保坂和志」と言う小説がある。子供の頃に居候していた東京・世田谷に建つ築五十年の古い一軒家に、大人になって結婚をした主人公が妻とミケ、ポコ、ジョジョの3匹の猫と共に、再び住むようになる。そこに友達が三人でやっている会社が同居し、更に妻の姪も住むようになる。特別な事件が起きるわけではないのだが、六人の会話の断片と3匹の猫たちの日常が淡々と語られていく。帯には小津安二郎を彷彿させる云々とコピーが付いていた。保坂がベイスターズファンであると知り、本当は、98年にペナントレースで優勝したベイスターズのローズへのオマージュではないのかと思うのだけれど・・・。

主人公は、この家にあらためて住むようになってから、「家」のことをしょっちゅう考えるようになる。描写も家の間取りや家具の配置のことが多くを占めている。以前住んでいた主人公の従姉妹が風呂場で見たという、幽霊なのか何なのか分からない「ナオコネエの見た影」をめぐって、「家にはかつてそこに住んだ人たちの気配がいつまでも残るのではないか」と考えをめぐらせる。「ナオコネエの見た影」は、住人と家という建物を媒介させるための擬人化された何かだったのではないかと。
新しい家
新しい住宅の設計を主にしている私がこの様なことを書くのはおかしいように思えるが、家には、ある時間の堆積があって、幽霊とは言わないまでも、住み手の個人史の影とでも言うべきものが、その時間の堆積と一体になっているように思えてならない。

誰にでも、幼い頃に身体が記憶している空間の原風景のようなものがあり、ふとした瞬間に懐かしく思い出したり、「ナオコネエの見た影」のように見えたような気がするのではないだろうか。原風景は人により違っているのであろうが、土間とか上框のように懐かしさを共感出来る空間(単なる段差である場合もあるが)を取り入れることで、新築の住宅にも、時間の堆積のようなものを潜ませることが出来ればいいなあと考えている。
「静岡・I house」の内観 「青葉台・as house」の外観
写真に示した「静岡・I house」では、通り土間と呼ばれるような空間を、素材にタイルを使用して現代の生活に馴染むように設けている。理想は三和土で床を造りたいが、施工者や予算の問題で実現出来ないのが現状。

もう一つの「青葉台・as house」は、見晴らしの良い角地に、縁側をL字に廻して中間領域を設けた住宅。縁側に面する開口は木製建具で、大きく開放することが出来る。
家族団欒
「カンバセーション・ピース」の意味は、十八世紀英国貴族の間でさかんに描かれた「家族の肖像画」のことなのだそうだ。ヴィスコンティの映画に「家族の肖像」があるが、原題は「カンバセーション・ピース」である。映画は孤独を愛しているように見える老教授の家族団欒への憧憬が描かれている。血縁でないもの同士が典型的な「家族の肖像」の様に食事をすることで、家族を演じるのである。

昔の日本の農家には、それぞれにヨコザ、カカザというポジションがあった。父親の座っていた場所、母親の座っていた場所である。それは空間的秩序であり、空間の様式であった。実は家族を家族たらしめているのは、血の繋がりなどでなく、空間様式のほうにあるのかもしれない。

保坂の「カンバセーション・ピース」に登場する、言ってみれば他人同士が、古い一軒屋を媒介とし家族となっていくのであろうか。
住まいの話題[272]執筆者
■横山 敦士(よこやま あつし)/ ヨコヤマデザイン事務所

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