■住まいの話題[276]:古くて美しいもの
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下町での暮らし
いわゆる下町に暮らし始めて10年になる。初めは驚くことの多かった“下町感覚”が根付きつつある。

引っ越して間もないころ、部屋にエアコンを取付けようと近所の電気店へ出掛けた。電気店のおばさんにその旨を告げると、「じゃあ、後で付けに行くから」。「えっ、どんなのを?」。「どんなのって、普通の四角いやつよ」。四角って・・・。メーカーも、値段も、機能も全ておまかせ。この下町システムに度胆を抜かれ、その日は逃げ帰るはめに。

クリーニング屋さんでは、洗濯物を手渡したそのおじさんが実際に洗濯してくれる。壁に料金表が貼ってあったり、何曜日は何%オフとか、朝出して夕方仕上がりなんてサービスもない。1週間はかかる。言われるのは合計金額のみ(もう、驚かない)。もちろん、決して高くない。しかし、某メーカーのエクセレントコースでも落ちなかったシミも見事に落としてくれる。まさに、職人技。下町は職人の町でもある。
職人の仕事
いつもの通り道に風呂店がある。壁には桶や腰掛け等の小物が並び、その傍らでは、職人さんがカンナをかけている。七輪で鉄くぎを手作りしている。店の前で立ち止まっては、ひのきの香りに浸るという怪しい行動をくり返していたが、ある日チャンスが訪れた。お施主さんが「ひのき風呂がいいな」とおっしゃったのだ。

口実を手にちょっと高かった敷居を跨ぐと、気さくな御主人が迎えてくれた。完成品の写真や実際の材料を見せながら、丁寧に説明して下さる。“儲かる仕事をしては、世間が認めてくれない”とのポリシーで驚く程安い。御主人の叱咤激励を受けて店を後にした私は、ひのき風呂が実現しそうなのと、こんな職人さんに出会えたことで、すっかり嬉しくなってしまった。
ひのき無垢板の床 ひのきのお風呂
愛着を持つ
下町の路地を訪れて、古くて汚いというより、懐かしい、情緒があると思うのには理由がある。コミュニティの確立した下町では、玄関先の鉢植えは道行く人の目を楽しませ、室外機にかかった簾は風が人に直接あたるのを防ぐ。人への思いやり、物への愛着が “手入れ”を促しているように思う。

数十年の時を経て、そこに住む人の人柄さえもにじみ出ているような、素敵な住宅を目にすることがある。よく育った庭木に、掃き清められた玄関先に、そして木部に塗り重ねられたペンキに、家主の建物への愛着を感じることができる。自分の設計した家もそんな風に年を重ねてくれたらと思う。

建物に愛着を持ってもらうためには、仕掛けが必要かも知れない。例えば、材料に経年変化を楽しめるものを使う。床に貼られた無垢板は、傷がついたらやすりで削ればいい。シミだらけになったら塗装してもいい。日焼けし、みんなの足の脂で色の変わった床板は世界に一つのオリジナルである。

誰がどうやってつくっているのかを知って頂くのもひとつ。私は、風呂店へお施主さんをお連れした。この職人さんが、こんなところで、こんな思いでつくったお風呂。それが分かれば愛着も倍増する。

最近「LOHAS」(Lifestyles of Health and Sustainability)という言葉をテレビや雑誌で目にする。“健康を重視し、持続可能な社会生活を心がける生活スタイル”ということで、大量生産、大量消費による環境汚染や地球温暖化からその逆をいこうというのだ。具体的には、高くても有機野菜を買ったり、車を使わず自転車に乗ったり、ペットボトルを減らすため水筒を持ち歩いたりする人を“LOHASな人”というらしい。

建築物に占める産業廃棄物の割合は高い。コンクリートを打つ時の型枠を何度も使ったり、リノベーションして古い建物を解体せずに使い続けるというのも浸透してきた。リサイクル、リノベーション、LOHAS。次々に出てくるキーワードを本当に根付かせるために必要なのは、人や物への愛着、古いものを美しいと思える心を一人一人が持ち続けることだと思う。
住まいの話題[276]執筆者
■多田 千秋(ただ ちあき)/ タダチアキ建築設計事務所

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