■住まいの話題[425]:東京下町長屋住まい
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場所は葛飾区高砂。昔は柴又帝釈天への参道だった巾4mに満たない前面道路に面している。ここに、友人と一緒に2軒長屋を建てて住み始めて2年余り経つ。この長屋、実に住みよい。東京下町に住むならお勧めしたい長屋づくり体験記である。
事のはじまり
アトリエを構えて2年ほど経った頃、こどもたちも大きくなってきたので、別のマンションへ引っ越すか、どこか家を借りようということになった。ところが、建築の設計を生業としている者として、当然のように自邸を自分の手で創ってみたいという気持ちがだんだんと強くなってきた。そんな時、以前からこどもたちが保育園の同級であった友人夫妻から住宅の設計依頼が舞い込んだのである。
先ずは土地探しから
以前お世話になっていた香山先生のアトリエでは、劇場・図書館・大学の講堂・教会等、種々のタイプの建築物の設計をやらせていただいたのだが、実は住宅の設計は未経験だったのである。そこに、友人からの設計依頼。自邸も含めて一度に2件。独立間もない仕事の少ない建築家には夢のような話である。土地探しからのスタートである。地元の不動産屋に紹介してもらっては仕事の合間に現地調査とボリュームチェック(法規制等からくる与条件をもとにどれくらいの規模の建物が建てられるかをチェックすること)。一日3ヶ所ボリュームチェックしたこともあった。ところが、なかなか納得のいく土地がみつからない。住んでいる場所から離れて探すとなると皆仕事のことや家族の都合から難しくこれもムリ。

しばらく経ったある日、2軒分の土地が見つかったと友人から連絡があった。古い木造住宅が3軒たっており、それらを解体して、建築条件付きで2軒建てられるというのである。土地は気に入ったが、自分たちの納得のいく家を建てるには建築条件付をはずす必要があった。不動産屋との約1ヶ月の交渉の末、やっとのことで土地を取得したのである。
高砂の町家外観 アトリエから中庭をみる
戸建てにする?それとも長屋にする?
2軒の敷地、一つは小さいが前面道路に面している。もう一つはいわゆる旗地である。私の方は自邸兼アトリエを考えていたので前面道路側が希望。友人は少しでも静かな方がよいと旗地を希望した。ところが、一般に旗地の方は方位にもよるのだが採光や風通しの確保が難しい。まして、住宅の設計が初めての私に友人は建築家として信頼して設計を任せてくれるのだ。いい加減なものを創るわけにはいかない。それぞれの住宅の設計がはじまった。戸建て住宅である。ところが思うように計画が進まない。家族構成や住まい方を考慮し、さらに採光と風通し、プライバシーへの配慮、そして庭の確保。小さくてもよいから友人は庭を希望していたのだ。

個々の戸建て住宅のプランで幾度となく打合せを重ねたが、建ぺい率や容積率、斜線制限の問題をクリアしようとすると当初抱いていたお互いの家族の住まい像にかけ離れるだけでなく、プログラムすら満たせない。そこで、戸建てではなく長屋にしてはどうかと提案したところ、妻も友人もこころよく了解してくれた。法律上の戸建て住宅・長屋・共同住宅(マンション等)はそれぞれ規制がかなり違うのである。長屋にすることで、それぞれの敷地の余白はお互いの住戸の中央に中庭として形を表し、斜線制限をクリアすることで、設計は大きく前進することになった。
「高砂の町家」完成
それぞれの住戸は構造を別々にし、敷地の形状を生かした雁行する外壁の隙間や互いの住戸の床レベルをずらすことで、北側の奥の部屋まで光が入り、風も各住戸に設けられた吹き抜けを介して家中通るよう設計することができた。そして、この3年がかりのプロジェクトもようやく終止符が打たれる時が来た。引っ越しして半年後の冬、旧知の造園家のところにお願いして、友人と一緒に探したカキの木が植えられた。友人家族と私の家族とアトリエのスタッフそして造園家、皆で植えた。2年経った今、ようやくカキの木も元気になった。友人は庭木いじりが上手で、私はいつもそのカキの木のある中庭を1階のアトリエから眺めながら仕事に励んでいる。下町に完成した「高砂の町家」は実に住みよい。
住まいの話題[425]執筆者
■河野 泰治(かわの たいじ)/ 河野泰治アトリエ

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