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| 「イケ」「マテ」「ヒケ」 |
建築雑誌を眺めていると、「イケイケの建築」を目にすることがよくある。最近は、一見アクロバットとも思えるような、構造的な面白さを含んでいることも多い。コンセプトが明確に空間に反映されていて、見ていて清々しさを感じる。とはいえ、「イケイケの建築」を造ることが目標になってはならないと思う。結果として「イケイケ」になることはあると思うが、「イケイケ」自体が最初からの目的にはなり得ない。特に、住宅ではそれが顕著であると思う。
住宅の設計は建築家と施主の共同作業である。当然、建築家が指南していくのだが、施主とダイレクトに向かい合うことで、当初とは違う方向へ向かうこともあるし、更に先に進んで行くこともある。どう転んだとしても案の可能性が広がる楽しい瞬間だ。コンセプトとは姿を規定するものではなく、考え方の提示であり、コンセプトと姿は”一対一”ではなく”一対無限”の対応となるのがよいと思う。
最終的に立ち現れる姿は、与条件や施主と建築家との密なコミュニケーションの結果、「イケイケ」になるかもしれないし、「マテマテ(待て待て)」や「ヒケヒケ(引け引け)」になるかもしれない。どの着地点であっても、コンセプトの香りは感じられるし、その香りが建築に質をもたらすものだと思う。 |
| コンセプトとヨモギの葉 |
| コンセプトとはヨモギ餅におけるヨモギのようなものかもしれない。ヨモギ餅には、ヨモギの葉は直接見えなくても、色や香りといったヨモギの質が宿っている。葉の原型が判るくらい粗くつぶされるか、葉の面影がないくらいしっかりとすりつぶされるかは、与条件としての餅との相性であり、食べる人の好みでもある。餅職人は只只、どちらであっても美味しいように、餅と相性の良いヨモギを探し出すだけである。 |
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| イケヒケな住宅:外観 |
イケヒケな住宅:内観 |
| ルーズさ |
| 住宅は大らかであってほしいと思う。綿密な考えで積み上げられた場所もよいが、多少のルーズさも必要だと思う。ルーズさがホッと一息つく場所を生むかもしれない。そのようなルーズさを許容できるコンセプトであれば、建築の質を保ちつつ、着地点の幅が広がっていく。「イケイケ」と「ヒケヒケ」の間にも様々なバリエーションが生まれる。当然施主とのキャッチボールの幅も広がり、結果満足度の高い住宅が出来上がると思う。ルーズさを許容できる芯のあるコンセプトが大切だ。 |
| 「イケヒケ」な住宅 |
写真は古い住宅地に建つ、兄妹の為の2世帯住宅である。この住宅は、外部に対しては「イケ」、内部に対しては「ヒケ」の「イケヒケ」な住宅である。兄世帯は兄夫婦+子供2人、妹世帯は妹+お母様で暮らしている。
家族構成から導きだされる、兄世帯の3階建てのボリュームと、妹世帯の平屋のボリュームを90度ずらして配し、3階建てのボリュームを半階埋めている。この配置が、ひとつの庭を共有する二つの世帯の関係性を作り出している。90度ずれた角度で向かい、更に高さが半階ずれることで、共有の庭に対する二つの世帯の視線がずれ合い、直接的に干渉することがなくなる。ひとつの庭が各世帯の家の中からはプライベートガーデンのように感じられる。
また、この配置は、街の環境形成にも寄与している。計画地はある程度敷地に余裕のある住宅地で、計画地の並びは南側に道路があり、ほとんどの家が南側に広い庭、北側に2階建ての家が配置されている。それらの連続する南庭が街の心地よい環境を形成している。そのような庭のつながりを遮断することなく、2世帯住宅という大きなボリュームを配置する為、3層のボリュームを北側に、平屋のボリュームを可能な限り高さを低くして南側に張り出させている。
建物にとっては、室内と同じくらい配置等の室外も大切である。住宅は建ち上がった以上、街に対して否応無しに開かれる。室内外どちらにおいても、建ち現れた住宅が街をプラスの方向へ導く役割を果たしてほしいと常に思っている。 |
住まいの話題[473]執筆者
■清正 崇(せいしょう たかし)/ 清正崇建築設計スタジオ |