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| とんでもない代物 |
| 先日、とある場所である方がこう話しているのを耳にしました。「私の友人がデザイナーズマンションなるものに引越しをしたのですが、デザインはよいのかもしれないけれど、あれはとんでもない代物ですね。僕は普通の家が一番だと思います。」と。別に自分が責められているわけでもないのに、これはどうしたものかと言葉に詰まってしまいました。一口にデザイナーズマンションといっても、素晴らしい、または良い意味でチャレンジングなものも沢山ありますが、しかしそうでないものもあります。きっと、そのご友人は、「悪い」デザイナーズマンションを選んでしまったのだろうと、その時はそう思いました。 |
| 服選び |
では、家選びではなく、より身近な服選びではどうでしょうか。人間を包むシェルターとして、一番肌に近いものが服、その次が建築だとよく言われます。服はデザイナーによるオートクチュール(一点ものの高級服)と、大量生産の服、そしてその中間のプレタポルテ(高級既製服)が存在します。家も建築家に設計してもらう一点ものと、デザイナーズマンションのように既成だけれどデザインされた家、また、より一般的な大量生産の家があり、その点でも似ています。
では家選びと服選び、何が違うのでしょうか。決定的に違う点の一つに買い手の経験値があると思います。服はもちろん家より価格はお手ごろだし、どんな人でも日常的に服を買います。買った後にもTPOに合わせて着ていく服を日々選びます。そして、友人や恋人に褒められたり批判されたり、時には性格まで判断され、自分の服の選択について考えさせられることも多いでしょう。さらに、服を選ぶときは自分の体を良く知らないといけません。人よりも手が長いとか、明るい色が似合うナドナド。また社会的な立場や職業によっても選ぶ服は違います。
そして買った服が似合わない、着づらい、デザインが気にくわない、手入れが大変などの失敗を経て、そこから学び、考え、そしてまた自分の服を選び続けていくのです。服選びの経験値はその頻度だけではなく、服と自分との関係を考える機会の多さと服選びを通して、自分をよく知るという自分選びを無意識のうちに行っていると言えるのではないでしょうか。では家選びはどうでしょうか。 |
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| K-Houseのスタディ模型。どれがいいかな・・・。 |
| 家選び |
服選びに比べて家選びの私たちの経験値はなんと低いのだろうと思います。もちろん個人差はありますが、自分の家を持つまでに住む家の数は2から4軒程度、多い人でも5から6軒ぐらいではないでしょうか。それも、大抵のひとが自分の家選びの前に複数のオーダーメイドの家に住んだ経験は少ないと思います。やはり、建築家が建てる家は、何かに特化した家が多いと思います。それは物理的な要素、たとえば光や素材、使いやすさ、部屋の構成かもしれないし、時には、生き方そのものにまで関わってくるようなものかもしれません。
家選びは、服選びよりも色々な複雑な要素が絡み合い簡単ではないこともわかっています。しかし、その際に住み手に必要なのは、服選びと同様に、やはり自分についてよく知ることなのではないでしょうか。自分が家で過ごす時間について、一番よくすること、したいこと、重要なこと、生活の仕方について、そして、どう在りたいのか。ひいてはどう生きたいのかについて考えることも必要なのかもしれません。それが少しでも見つけられれば、自分の希望とかけ離れた家に住むことはないのではないでしょうか。 |
| 普通の家を見つける |
| その「とんでもない」デザイナーズマンションにお住まいの方は今何を思っているのでしょうか。思うに、それはデザイナーズマンションだから悪かったのではなく、たまたまその人の生活や価値観と合っていなかったからではないかと。そう、「僕は普通の家が一番だと思います。」と言ったあなたは正しい。問題はあなたにとって何が「普通」なのかということです。その「普通」を見つけるのが自分を知ることの、そして家選びの第一歩だと思います。 |
住まいの話題[475]執筆者
■藤井 由理(ふじい ゆり)/ 藤井建築研究室 |