新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

おおらかな土地で、おおらかな建築を目指す

第8話

おおらかな土地で、おおらかな建築を目指す

佐々木翔 株式会社INTERMEDIA

2019.02.01

長崎を拠点に活動する佐々木翔さん。地方における設計活動の鍵は「どれだけプロジェクトに呼応したコミットができるか、その中でいかにある種の普遍性をもった作品を残せるか」だという。

佐々木さんは長崎県島原市を拠点に設計活動をされています。私は2013年に『半径1時間以内のまち作事』というタイトルの本を出版しました。満足のいく仕事をするためには活動拠点から半径1時間以内で対応できるエリアを対象の中心にした方がいいことを伝えるためです。東京で半径1時間というとかなり広いエリアになりますが、地方は車の移動になるでしょうから、30~40キロ圏というところでしょうか?

佐々木翔(以下、佐々木):僕らの感覚だと60キロくらいかもしれません。一度事務所を中心に円を描いたことがあるのですが、手がけた建築のほとんどが、1時間半くらいのエリア内にありました。長崎、熊本、佐賀にも仕事はありますが、ほぼそのエリアに入っていて、僕らの守備範囲が見えた気がしました。プロポーザルなどを別にすれば、どうも町医者のように関われる距離感というか、その中でいかに付き合いながらいいものをつくるか、人間として、生き方として大事な視点かなと思いました。だからこそ信頼が大切であり、それがビジネスにつながるということです。

【写真】湧水と土間床の家 長崎県島原市 2018年

湧水と土間床の家 長崎県島原市 2018年
写真:中村絵

最新作を紹介してください。

佐々木:地元の島原で設計した住宅(湧水と土間床の家)があります。ご存知のように島原は雲仙・普賢岳が真ん中にあり、裾野が有明海まで広がっており、その特性として湧き水が町中のあちこちに噴出していて、住民が好きなところで汲んで生活用水として利用してきたというコミュニティ文化があります。依頼された住宅の敷地内にも湧き水があり、これを最大限現代化したようなプロジェクトにできないかなと考えました。具体的には、建物奥の角から水が湧いていて、その水がずっとオープン側溝を流れていくような仕組みになっています。そこにせき板を外したりつけたり、溜めたり、流したりして、島原に昔からあったディテールをこの住宅の設計に生かしています。

佐々木:現在進行中のプロジェクトとしては「長崎のカステラ工場」があります。長崎では老舗のカステラ屋さんです。街中ではなく山間の農村風景が広がるまちで、南下すれば漁港もある、静かでのんびりとした場所があり、そこをうまく活用したいという相談がありました。外からは用事がなければほとんど人が来ないような場所なのですが、施主の想いは、わざわざここに来たいと思ってもらえるような場にしたい、それによって、会社のブランド価値を高めたいということでした。そこで、建築設計の話だけでなくブランディングやマーケティング、あるいは収支計画といった事業計画のレベルから一緒になって取り組みました。実は学生時代、デザインストラテジー専攻(修士課程)でブランディングやマーケティングは多少心得ているので、そういう視点から整理して、だからこういう建築をつくりましょうという提案をして、現在計画が進行しているところです。

どのような計画ですか。

佐々木:敷地は三角形で周囲は戸建てや集合住宅、消防署などがあって、農村地域の中でも意外と人為的な要素が点在しており、唯一東側だけに田園風景が広がっている。その中でネガティブな要素が、西側の道路向かいに葬祭場があることで、喪服を着た方が行き交ったりする。そことうまく世界観を断ち切るように、道路に沿って工房棟を配置し、一旦遮断する形でボリュームを設け、門をくぐるような造形にすることで閾とし、その先にカステラ屋さんの世界観が広がるような関係にしています。
また、中央に大きな広場を設けて、周辺の住民の方々にも、自分たちの庭として、そこで四季を感じてもらい、あるいはここでイベントをするなど、まちとのつながり、関係を築く仕掛けを考えています。また、工場(工房棟)の門にあたる部分に焼成室をもってきて、手焼きでカステラをつくっているところをそのまま見せるという演出も提案しています。このカステラ屋さんの人気の秘密は、手焼きにこだわり続けているところで、勤続50年の職人さんもいたりして、実直につくり続けている。それをストレートに伝える空間構成にすることが、結果として会社のブランド価値を高めることにつながるのではないかと考えたわけです。カフェは、東端に離れのように配置して、のどかな田園風景を眺めながら、静かにコーヒーとカステラを楽しめるようにしています。

【写真】長崎のカステラ工場

長崎のカステラ工場
写真:INTERMEDIA

建築によく使用する素材はありますか?

佐々木:あまり決めていないというか、どちらかというと構造から決まってくると思います。例えば先ほどの湧水の住宅の場合、鉄骨やRCにする必然性があまりなく、木造二階建ての4号建物というのが経済性の観点からも合理的でした。また、周りが木造の外壁や内装が多く残っている地域で、そうした環境を生かした素材を使いたいということもあり、外壁もそれにふさわしい杉板を使っています。カステラ工場の広場も、何十年もカステラ屋さんの顔になるものをつくるのであれば、周囲の樹木の成長とともに経年変化していくようなものがいいのではないかと、現在は木材の積層のような素材を提案しています。それぞれの場所性や方向性、構造の中で、どの素材がベストかを考えています。

素材の中でガラスはどう捉えていますか?

佐々木:透過性が必要とされる場所には最適な素材ですよね。プロポーザルで選ばれて2018年に竣工した長崎大学医学部ゲストハウスを例にすると、敷地はキャンパス正門のすぐ横で、周りには図書館、記念講堂、管理棟などがあって、要するにゲスト以外の多くの人が行き来する場所です。プライバシー性の高い建物をなぜこんなところにと思ったのですが、与件に留学生のためのゲストハウスであると同時に、ラウンジを設けて、通りがかった人がちょっと休憩でき、また少人数のゼミの授業ができるようにしたいという与件がありました。そこで、ラウンジを最大限開放して、公共性をもった場所がつくれないかという提案をしました。その時にどうしても透過性の高い場所にするべきだと思い、開口部をコの字型に大きく開くような形にして、重層させることで奥は見えにくい構成にしました。そうした内部から外部までの一連の流れを見せようと思うと、素材としてガラスが必然的に決まったわけです。ガラスは性能が上がってきていて、Low-Eなど熱も遮断できるし、最近では3層や5層の複層ガラスもあると聞いています。ひょっとすると壁じゃなくても、ガラスでいいじゃないかという可能性も出てくる。そういう意味でもガラスの役割は重要だと思っています。

【写真】長崎大学医学部ゲストハウス 長崎県長崎市 2018年

長崎大学医学部ゲストハウス 長崎県長崎市 2018年
写真:中村絵

地方で活動すると、おおらかな設計活動ができるような印象があるのですが、いかがですか?

佐々木:打ち合わせや会議などは東京同様ありますが、アイデアを考えたり、設計したりという活動は、僕はどちらかというと静かな環境で自分に向き合い、どっぷり集中できる環境が欲しいと思っていました。そう考えたとき、地元の環境がぴったりだった。現在、武家屋敷の古民家を借りて設計活動しているのですが、庭があって湧き水が流れ、水の音がずっと流れている。そういう環境の中で没頭できるというのが、自分の設計活動としてはとても大きいと思っています。今やネットも物流も進化していて、創作活動するうえでは都市と地方の落差がなくなっています。

今後、人口がさらに減少し、地域の建築設計の仕事も減っていく可能性があります。地方の建築家が別の地域の仕事をする場合、どういう価値を相手に伝えられるかが問われると思いますが、その点をどう捉えていますか?

佐々木:僕も東京で5年活動して、現在は過疎化する地方にいますので、それは十分意識していますが、ロケーションや敷地の条件、仕事の内容がかなり違います。先ほどのカステラ工場も、都内にあれほどのおおらかな場所はなかなかない。この場所だからこそという解答を導くことができる。そうした作品を増やしていければ、別の地方でも同様の状況、条件があったときに、この建築家に相談してみようかと、むしろチャンスなのではないかと思っています。ですから、どれだけプロジェクトに呼応したコミットができるか、ある種の普遍性をもった作品を残せるかが大事になると思っています。東京の有名建築家が設計したから人を呼べるというものもありますが、地方で実績を積んだ建築家の方が信頼できるという位置付けも絶対にあると思いますし、そうした活動をし続けたいと思っています。

長崎はかつて日本の貿易の唯一の拠点でした。海外は意識していますか?

【写真】佐々木翔氏 佐々木:そうですね。つい先日、済州島で開催された建築の展覧会に呼ばれて行ってきたのですが、済州島は長崎に似ているところがあって、首都ソウルから遠く離れた地方の島で、済州島の人たちは、ソウルよりもどちらかというと世界を見ている。また、離れているからこそ、冷静に韓国の建築について本質的なことを考えている。そこが、長崎、九州ととても似ていて、シンパシーを感じるとともに、日本というフレームから解放されたフリーな存在として、海外の設計競技への参加等の活動を意識し始めているところです。九州は台湾、中国などアジアに近いので、ビジネスチャンスはそちら側にも十分あるかなと思っています。

現在はお父様が代表の事務所に所属されています。ゆくゆくは事務所を継ぐお考えですか?

佐々木:以前は、父がかつてそうであったように自分もいずれは独立しようと思っていました。ただ、長崎にいると業種は様々ですが、既存企業がたくさんあって、2代目、3代目というのは当たり前。地方では子供が継いでいくことで維持しているところが多いことを実感しています。今、地元のある建設会社の社屋建て替えの設計(基壇地形の改修)をしているのですが、そこも2代目で、8年前くらいに30代の社長に代わった。その相談があったときに自分と境遇は同じだなと思ったことがあります。その意味で2世をちゃんと享受する、ポジティブにとらえて継承する、そして継承しながら新しい建築、新しい事業のあり方を追求するのは、自然なことなのかなと思うようになりました。一方で、INTERMEDIAが10年前、20年前に手がけた物件にトラブルがあったりすれば、それも誠実に引き受けないといけないと思っています。

【写真】基壇地形の改修 長崎県諫早市 2019年春竣工予定

基壇地形の改修 長崎県諫早市 2019年春竣工予定
写真:INTERMEDIA

【写真】佐々木 翔氏
佐々木 翔 ささき しょう / 株式会社INTERMEDIA
1984年長崎県生まれ。2007年九州芸術工科大学(現九州大学)卒業。2010年九州大学大学院 芸術工学府修了。2009〜14年末光弘和+末光陽子/SUEP.。2015年〜株式会社INTERMEDIA 取締役。2016年〜九州大学非常勤講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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