新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

明るさ、開放感、包み込むような心地よさがつくるおおらかな建築

第12話

明るさ、開放感、包み込むような心地よさがつくるおおらかな建築

工藤浩平|工藤浩平建築設計事務所

2019.05.23

「空間の気持ち良さやそこに生まれる関係性については明快に解くことができる」という工藤浩平さん。建築家の仕事は「ビジョンを絵にして、施主とのコミュニケーションを建築化すること」だという。

           

まず自己紹介していただけますか?

           

工藤浩平(以下、工藤) :秋田県の出身で、国立秋田工業高等専門学校で学んだのですが、そこは7割が土木で3割が建築。ですから、測量士補の資格ももっています。ただ、途中から建築に興味をもち、当時高専にいらした先生に相談したところ、その先生がたまたま東京電機大学のご出身で、勧められて電機大に編入し、その後、東京藝術大学大学院を修了しました。西沢立衛さんが審査員をされたコンペに応募して入選、もっと挑戦してみたいと考えてポートフォリオを送ったところSANAAに入所することに、というのが独立するまでの簡単な経緯です。

           

コンペというのは「生きるための家」ですか?

           

工藤:そうです。その作品を含めて送ったポートフォリオを妹島さん、西沢さんに目に留めていただいて、縁あって入所となったのですが、それが2011年の東日本大震災が起きた後のことで、僕が東北出身ということもあってか、宮戸島の復興まちづくり計画を入所早々に担当させてもらいました。東日本大震災は、妹島さんにとっても大きな変換期だったと思います。当時、自治体と連携したアーキエイドといった取り組みもありましたが、SANAAは単独で乗り込んでいきました。通常のプロジェクトであれば、建築家はある程度リスペクトされますが、被災地は真逆というか「別に頼んでないし」みたいな雰囲気の中で、行政と住民の方と話し合いながら復興支援するという特殊な活動でした。そういった状況に対して建築ができることとは何かということを真剣に学び、経験をさせてもらった。宮戸島にある「みんなの家」と「松島自然の家」(SANAAで進行中)は、そういったやりとりを諦めずに繰り返してでできたものだと感じています。住民の方々も、ワークショップを通してどういったまちづくりをしようかと一緒にビジョンを描き、それを僕たちが絵にして見せると、みんなそれに向かって頑張ろうという風に変わっていきました。実現したものも実現しなかったものもありますが、そういったビジョンを絵にしてリードしていくことが僕たちの仕事かなと感じました。

【写真】東松山の家 埼玉県東松山市 2018年

東松山の家 埼玉県東松山市 2018年
写真:中村絵

 
           

作品を拝見して「おおらかな建築」と感じた「東松山の家」についてお話しいただけますか?

           

工藤:300年以上前から暮らし続けてきた広い敷地に、施主の祖父が分家、独立して建てた築100年くらいの母屋があり、そのすぐ隣に35年前、施主が建てた離れがあります。一時は3世代で暮らしていらっしゃいましたが、娘さん2人が結婚され、ご両親も亡くなったりして、大きな敷地のなか2人で生活されていた。かつては、リビング、ダイニングが母屋に、寝室が離れにあって、2階に設けたブリッジで2棟を行き来しながら生活していたそうです。娘さんやお孫さんの訪問を楽しみにされていますが、段差があったり、薄暗い感じがあって、なかなか帰省を楽しみにしてもらえる場所ではありませんでした。娘たちが遊びに行きたいと思える場所にしたいという思いと、この先、家をどう引き継いていくかという悩みも持たれていました。一方で、新しい生活も望んでいたため、実は最初、施主も僕自身もすべて取り壊して新しい家をつくることも考えました。しかし、自分たちが建てた家には愛着があるということから、増築と改築によるプランになりました。

           

そのプランというは。

           

工藤:戸外との関係については、かなり積極的なお施主さんで、ガーデニングや農作業もするのでそのためのスペースが欲しいなど、嗜好や要望を聴きながらいろいろなスタディを提案しました。最終的には母屋を取り壊して旧離れを改修するとともに、その両サイドに増築して、施主夫妻の生活をすべて1階に下ろしました。離れは1階を夫妻の寝室、2階をゲストルームに、増築部の片側はリビング、キッチンをワンルームにして、もう片方はいわば「アウトドアリビング」という構成にして、両方に大きな屋根を雁行させるように乗せ、3棟が繋がって一つに見えるようにしました。アウトドアリビング側の向こうには本家とそれを取り囲む豊かな緑があって、視界は広げながら視線を切るように屋根を傾斜させています。既存のコンテクストと環境を読み解いて、日々暮らしながら自然を感じられるような2つの大きな屋根を、一個はインテリアに、もう一個はアウトドアにかけたわけです。このアウトドアリビングでは、娘さんやお孫さんたちが訪れた時、バーベキューをしたり、そういう場所になれば、彼らにとっては別荘のような場所になる。そういう空間の優しさ、柔らかさみたいなものをつくれれば、娘さんやお孫さんたちがこの場所を愛おしく思って引き継いで使ってもらえるんじゃないかと。

           

なるほど

           

工藤:もう一つ考えたのは、コストを抑えること。たとえば屋根はサンドイッチパネルで、一旦、下で組んだものをいくつかのパネルにして積み上げて乗せることでコストをかなり抑えることができました。これは、構造家やシェルターさんに協力いただいて実現したもので、プレカットしたものを組んであげるだけ。人工(にんく)も少なくなるし、工期も短くなる。また、柱はスチールならもっと細くできますし、木でもいいのですが、鉄骨工事、木工工事は工数が多くなります。そこで、市販のボイド管、いわゆる紙管を現場でセットしてコンクリートを流し込み、基礎工事の延長で柱までつくるということもしています。

           

アウトドアリビングがいいですね。

           

工藤:そうですね。施主に説明するときも、バーベキューをする、採ってきた野菜を広げる等々、模型を見せながら、具体的な使い方をひとつひとつあげてイメージしてもらいました。完成後は実際にいろいろな使い方をされているようです。建築がもつそういった柔らかさ、心地よさ、「気持ちいいので使いたい」という空間ができたのかなと思っています。

内覧会が注目されたようですね。

           

工藤:僕も驚いたのですが、あれだけ不便なところに100人近く来てくれました。しかも、業界関係者にまじって一般人もいらした。おそらく今、マンションの改修やリノベーションなど、ストックをいかに活用するかが注目されているという背景もあると思いますが、必要な分だけを残して壊し、その余白をざっくりとした空間に変え、あとは住み手に任せる、それくらいのおおらかさがつくる風景や、広い敷地がある郊外の魅力のようなものが垣間見えたからなのかなと思います。ゆるい空間をつくることで、生活スタイルの幅を少し押し広げてあげる、この「ゆるさ」に心地よさを感じてもらったのかなと。僕はロジカルに建築を語るのは苦手なのですが、空間の気持ち良さだったり、そこにある関係性については明快に解くことができると思っています。別の言い方をすると空間を信用している。また、施主とのコミュニケーションを建築化する、そのあたりはSANAAでの経験があったからだと思っています。

【写真】東松山の家 埼玉県東松山市 2018年

東松山の家 埼玉県東松山市 2018年
写真:中村絵

 
           

AGCの協力で進めていらっしゃるプロジェクトがあると聞いています。

           

工藤:秋田で今進行中のプロジェクト(楢山の別宅)です。施主が今住んでいる家の近所にある、背後に市立公園が広がる一画を買いとり、今ある住宅は息子さんに譲り渡し、施主はその近くの自然豊かな場所で余生を過ごしたいという、いわばセカンドハウスのような住宅です。施主が抱いていた「身近に自然を感じながらまちを見下ろせる家」というイメージと、雪国だが雪は苦手ということなどから、ピロティにして少し浮かせることで、いかに施主の要望に応えるかと、いろいろなスタディを考えました。そこでヒントをもらったのが桂離宮です。桂離宮は、雁行させながらプランニングされていて、かつ庭との関係で場所によって高さが異なる。古書院は1400mm上がっていますが、月見台は800〜1000mm程度。後者はほぼミースのファンズワース邸の高さです。それは結局ランドスケープとの関係から生まれた寸法だと思い、高さによって見えてくる場所が変わってくるというのが面白いなと考えました。それが一気に回廊で雁行しながらつながっていったら、より豊かな離宮というか別宅ができるのではないかと。それから、景色を楽しみたいのでガラス張りの空間が欲しいという要望があったので、せっかくなのできれいなものをつくりたいと、シングルの上下二辺支持で、ガラス工事だけでいかに収まるか、またどこまで曲げガラスにできるか、厚さも含めて今AGC硝子建材さんと一緒に検討しているところです。

           

ガラスという素材について、どのようなご意見をお持ちですか?

           

工藤:ガラスは素材自体がサステイナブルなものなのだと思っています。ただ、机上の計算でハードスペックな使い方が多いように思っていて、どこまで薄くできるかなど、もっとガラスを自由にしてあげたいという思いもあります。

【写真】楢山の別宅 秋田県秋田市 2018年~(計画中)

楢山の別宅 秋田県秋田市 2018年~(計画中)

 
           

私はラウンジデザイン研究会というのを主宰していますが、進行中の「みんなのたまり場」は、まさにラウンジなんだろうなと思いました。

           

工藤:これは、介護老人保健施設と小児科医院とその地域のための処方箋薬局をつくるというプロジェクトです。新しく小児科医院が開設されるに伴い、病院側が薬局の募集を行い、選ばれた薬局経営者が事業主となった。その事業主に依頼を受けて、建築の中のプログラムを組み立てています。クライアントは薬局の人たちなのですが、病院側の先生方々にも意見をいただくなど、建築もそうですが、この付近の将来のまちを考えていくようなおもしろい体制で進めています。その中で薬局の方から「処方されたので訪れる」のではなく「処方されなくても行きたい場所」にしたいという話がありました。そこで、病院や薬局に用事がなくても行ける場所ってどういうところだろうと考え始めました。周辺には中学校、学童センター、こども園などがあって、どこからでも入れるような敷地になっているので、まちのホールのように、子供たちのためのスペースやライブラリースペースを設け、それを薬の相談をするスペースと隣り合わせにして、まちの表情をつくり出す。そうすれば、お母さんたちがここでおばあちゃんのための漢方の本を読みながら、学童から帰ってくる子供たちを待つとか、あるいは隣に介護老人保健施設があって、そこから子供たちが遊ぶ様子を見て元気になれるとか、そういった関係がつくれる。また、構造的には、あちこちから光が入るようにして、限りなく外と同じような明るい空間にすることで、まちと人々の関係も表現できるかなと考えました。そうやってクライアントと話し合ううちに「みんなのたまり場」になるような場所しようと、今ではそれがプロジェクト名になっています。

           

ある特定の人がいいと思うのではなく、いろいろな人が来て居心地いいねと感じてもらうには、やはりおおらかさが必要だと思います。

           

工藤:それを実現するのは、さわやかさ、明るさではないかと思います。そう考えるようになったきっかけは、SANAA設計のJホール(Junko Fukutake Hall)です。岡山大学の中にあるホールなのですが、ある音楽家が演奏していてとても気持ちいいとおっしゃるのを伝え聞いたことがあります。普通ホールと呼ばれる建築は閉じられていて、あれだけガラスに囲まれた清々しいホールというのはまずない。この空間がもつ明るさと開放感、包み込むような心地よさこそ建築のおおらかさなのだと感じさせられました。

みんなのたまり場 群馬県高崎市 2018年~(計画中)

みんなのたまり場 群馬県高崎市 2018年~(計画中)

 
工藤浩平 くどう こうへい
1984年秋田県生まれ。2005年国立秋田高専環境都市工学科卒業。2008年東京電機大学工学部建築学科卒業。2011年東京藝術大学大学院 美術研究科修了。2012〜17年SANAA(妹島和世+西沢立衛)。2017年工藤浩平建築設計事務所設立。2018年〜国立秋田高専非常勤講師。2019年〜東京デザイナー学院非常勤講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまちつく事』などがある。

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