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アーキテクトルーム

■住まいの話題[381]:家はだれのもの?
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一生に一度のワガママ
家を建てること。それは、一生に一度の最も大きな買いモノと言われます。“一生に一度”の高価なイベントなのですから、夢もいっぱい。不安もいっぱい。一生に一度だし、お金もいっぱい払うのだから、自分の好きなように思いっきりワガママで建てよう! 誰もが、きっと、そんな意気込みのハズ。ヨーロッパのお城のような家がイイ。バリのリゾートホテルのような家がイイ。ハイジのようなログハウスがイイ。いやいや宇宙船のようなカッコいいのがイイ。この情報過多な時代、趣味や趣向も千差万別。また、そんなワガママな要望を叶えてくれるハウスメーカーや工務店も増えています。実際、日本の街並みは、まるでテーマパークのように様々な“○○風”で溢れています。確かに解りやすい。この家の人は、こういう趣味の人なのね、と。

でも、ちょっと待って欲しいのです。確かに家も、それが建つ土地も、その人のモノです。この国では、法律の許す限り自由に使って良いのではありますが、本当にそれで良いのでしょうか?
なぜ、そこに住むのか?
通勤に便利だから? 買い物に便利だから? 子供を育てるのに良い環境だから? その土地を選んだ何らかの理由があるハズ。その“理由=自分にとっての利点”を提供しているのは何でしょう? それは、その土地に繋がり拡がっている街ではないでしょうか。街=地域(社会)と言っても良いです。あなたが選んだ時の、その土地の様々な条件。決して悪くなることは望んでいないと思います。自分が家を建てて住むことによって、もっと魅力ある街にしたいと思いませんか?

家を建てるとき、一度その街を見つめ直し、考えて欲しいのです。その土地に、どんな家を建てるのかではなく、その土地が在る街に、どんな家を建てる“べき”なのか。周囲や環境に対して、少し配慮して欲しいのです。
築50年の家のリフォーム:1階の天井を剥がすと
丸太の梁が出現! 一部吹抜けにして梁を見せる。
同じ家の別室:こちらも予想を裏切る程、
きれいな野地板が出現! そのまま使用。
戦後の復興から高度成長期の間に“心”を忘れてガムシャラに頑張り、復興を果たした惰性とバブルで欲望のまま栄華を堪能し、バブル崩壊後の絶望の中で、再び“心”の豊かさを取り戻そうとしているのが現在だと思います。人にやさしい。環境にやさしい。心にやさしい。そんなキーワードが巷に溢れています。家の建設においても“街にやさしい”と言って欲しいなぁと思っています。何百年もそこに在り続けたお寺や神社の隣りに、現代的なビルや洋風の住宅が建っていたら、違和感を感じませんか? それは、街にやさしいとは言えず、人にやさしいとも思えません。
家は誰のものか?
紛れもなく、あなたのものです。でも、その家も、あなたも、あなたの家が建つ街・地域・社会に支えられ生かされていることを忘れないで欲しいと思っています。もっとも、建築家にこそ、その社会的責任があるはずなのですけどね・・・。
新しく建てない
最近、某テレビ番組の影響もあり、リフォームやリノベーションという言葉をよく目にし耳にします。今まで使われてきた愛着あるモノを生かし、この先も使い続けること、長い時間を超えてきたものに価値を見いだすことが普通になってきたのは素晴らしく、とても嬉しく思っています。中には、その価値も消し去ってしまうような再生もありますが、その気運自体は大歓迎です。

家を建てるということは、今までは無かった大きなモノを、街の中にポンと突然置いてしまうのですから、それは周辺の環境にとって大変なことをしてしまう訳です。しかし、昔からある家の内部を改装するのであれば、その街に対する影響力は最小限に抑えられます。きっと地球環境にも良いハズ。勿論、街から消えてしまうには惜しいと思われる建物に限られる話ではありますが、“街並み”ということを考えれば、そういう選択肢もあります。土地を探すのではなく、古いけれど味わいのある家を探すということも、検討して欲しい。世界遺産は無理でも、自分の街のランドマークを守ることは出来るかもしれません。
住まいの話題[381]執筆者
■斉藤 亨(さいとう とおる)/ 沖意匠研究室


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