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アーキテクトルーム

■住まいの話題[438]:窓は人生を豊かにする
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軽んじられる窓
ごくあたり前のことですが、窓は住宅にとって非常に重要です。窓は建物の外観、表情を大きく左右しますし、その家に暮らす人々、とりわけ主婦や学校に上がる前の子供、仕事をリタイアした人たちにとって、窓から見える景色は人生の少なからぬ部分を占めています。

しかし世の中では経済性ゆえか、規格サイズのアルミサッシがポンと無造作に置かれているだけの建物が少なくありません。また、窓のすぐ正面が隣家の室外機やトイレであったり、火災の延焼防止という日本に特有な建前上の理由で、ガラスの中に無粋な網が入っていたりすることも頻々です。網入りガラス・・・。ヨーロッパなどではお目にかかることがないのですが、あれはいったい何なのでしょうか? 換気や省エネのため窓が開け放たれていたら、全く意味がない規制でしょう。

このように現代日本で窓が軽んじられているのは、人間が窓から外の世界を「見る」ことの意義が軽んじられているからでしょう。我々が、いつもいる場所から外の世界を「見る」ことは、たんなる暇つぶしか酔狂、あるいはオタク的な趣味に過ぎないのでしょうか?
見るために生まれ

私はゲーテのファウストが好きです。ファウスト劇が佳境に入るとき「見るために生まれ」という有名な詩がうたわれます。塔の守番であるリュンコイスが、見ることを生業としたその半生を回想し、甘美な思いに耽る詩です。塔の周りに広がる世界の見張り番をするだけでも、自分の人生は充実し、じつに美しかったと彼は大いに満足するのです。

防犯ペアガラス入り木製建具でつくられた家 防犯ガラス入り木製建具の玄関
我々現代人の価値基準は「なにを成し遂げたか」ということに偏りがちですが、塔守リュンコイスのように、周りに広がる小さな世界をじっと見つめているだけでも、人生は実り多く、意義深いものになり得るのだということを、この詩は教えてくれているような気がします。

外で忙しく動き廻るばかりが能ではないのです。動き廻れば大切なものを見過ごしてしまうリスクは増えるでしょうし、犠牲をともなうことだってあるのです。実際ファウストも、その後大事業を成し遂げますが、けっして幸福にはなれず、寂寥と憂愁のうちにこの世を去りました。
窓にこだわることのすすめ
リュンコイスのように「見る」ことは実に素晴らしいことです。自分をとりまく世界を静かに眺め、人生をより味わい深いものにするため、住宅でも、いや住宅だからこそ、窓を特別にしつらえてはいかがでしょうか?

住宅に庭があるならば、ガラスの製作寸法を最大限に利用し、高さは天井まで、幅もできるだけ広い大きな窓をつくるのも良いでしょう。都会の密集地ならば、屋根に窓を穿つことをお勧めします。晴れた日は、さえぎられることのない美しい青空が、どこまでも高く眼に沁み入ることでしょうし、雨の日ならば、美しい水滴がガラスの上でリズミカルに跳ねる様子が楽しめます。

現代のガラスは実に多種多様です。断熱性能に極めて優れるトリプルガラス、防火地域でも網が不要の耐熱強化ガラス、万一ヒビが入っても破片が飛散しない合わせガラスなどといったものもあります。そうした様々なガラスたちと出会った後、木やスチール、ステンレスなどで彼らを特別に縁どれば、人生の景色は必ず豊かになるはずです。
(リュンコイスの詩は、岩波文庫「ドイツ名詩選」にある檜山哲彦氏の巧みな訳を参照させていただきました)

住まいの話題[438]執筆者
■鈴木 隆之(すずき たかゆき)/ (有)鈴木隆之建築設計事務所


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