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アーキテクトルーム

■住まいの話題[498]:建築と時間
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ヒトの寿命/建築の寿命

建築するという行為は時間のかかる作業だといわれます。多額の資金を投入し、法規や構造耐力をクリアしつつ、長年そこで生活を営むことを想定した計画ですから当たり前かもしれません。ミュージシャンのように1年間に20作以上の新曲を発表するようにはいきません。ここでは時間軸のスパンを少し長めにとらえて考えていきたいと思います。

住宅に関する一般的な時間軸は、ヒトの寿命>建築の寿命>ライフスタイルの変化、という関係であるといえます。良い維持をしないと建築はヒトの一生を見守ることができません。一方で、家族構成や年齢相応の必要空間といったライフスタイルは刻々と変化していきます。狭間に立たされた建築がこのギャップをどう埋めるかがカギとなります。図らずも私共が設計・監理を行った「哲学堂の家」や「是政ハウス」も将来を見越した計画であることが命題でした。

哲学堂の家
大人4人と猫1匹が住む家です。近い将来、家族構成が変わることが予測されます。メンバーが増えても対応できるように通常よりも多目のプライベートスペースを設けると共に、2世帯になっても過不足なく使えるようコモン(共有)スペースを2ヶ所に分けて配置しています。設備的にも空配管を施しておくなどの工夫がされています。

敷地の与条件に応じて3つの庭を配置しました。それは各スペースの快適性を充足すると同時にプライベートスペースの個性化を図っています。また、それらの庭は街並みを豊かにする空隙としての役割も担います。変わりゆくライフスタイルや家族構成を許容する自由度を持ち続ける住宅を目指したものです。
哲学堂の家:中庭から見る。 哲学堂の家:2階のコモンスペース。
是政ハウス

この住宅の特徴的な例として、およそ10年後にクライアントは他の場所に移り住み、家を人に貸す予定であることが挙げられます。敷地は多摩川のほとりに位置し、周辺の緑地や公園などに面しています。そこで、限られた敷地内で完結した庭を形成することよりもむしろ、今後長い時間を経過しても“失われない”であろう周辺の豊かな外部空間を積極的に「借景」することとしました。また、ほぼ中央に階段を配置することによって緩やかに空間を分節し、フレキシブルなスペースの使い方に配慮しました。素直に周辺環境を受け入れ、住み手が変わっても建築の寿命を迎えるまでのサスティナビリティを約束する、「持続型狭小住宅」として提案したものです。

短期的な価値/長期的な価値
おそらく、建築には「短期的な価値」と「長期的な価値」が存在すると思います。「短期的な価値」は短い期間に成果が表れることだからわかりやすい。要望があますところなくプランに反映される、コストが予算の範囲に納まる、工事が想定の期間内で終了する、といったところでしょうか。その多くは設計や工事の完了前にある程度は予測できることかも知れません。

一方、「長期的な価値」はある程度期間を過ぎないと実感しづらい。多くの場合、それは空間の中にあります。時間の経過と共に美しく古びていく、肌触り、陰影の深さ、音、匂いといったもの。そうした五感に訴える空間の質に価値の重点が置かれた場合、そこに表現されたもの、建築家が精魂込めて託したもの、それは竣工時においては極めてわかりにくいものとなります。その空間に身を置き、時を過ごし、体験しなければわからない。写真に撮れるものでもないから伝わりにくい・・・。
呼吸しつづける建築
どちらの「価値」も大切なことです。ただ、建築に時代を超えていく本質的な生命力のようなものが存在するとしたなら、後者の「価値」にその解が見出せるのではないかと思いませんか? 「長期的な価値」は建築家の手腕だけで培われるものではありません。住まい手と建築家の目指すベクトルがコミュニケートされ、健全かつ無理のないハウスキープによってもたらせられるもの。そう、建築の「価値」の過半は使い出して初めてその真価が問われるのかもしれません。
住まいの話題[498]執筆者
■上原 和(うえはら かず)/ 上原和建築研究所