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アーキテクトルーム

■住まいの話題[535]:幸せな家
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住まいを慈しむ
横浜市戸塚区の分譲地にあるその家は今から30年前(1979年)、ご夫婦と二人の子供(竣工当時は一人)が住むための家として、木村俊介建築設計事務所の木村俊介氏によって設計されました。そして当時在籍していた私が担当者として「この家と」関わるようになりました。

木造2階建て一部地下車庫があるこの住宅は、半円形に張り出した茶の間と名付けられた空間が家の中心で、そこにある直径2mの大きな円形テーブルとベンチによって食事はもちろん、語らい、勉強、家事等々、生活の大きな部分を過ごすように設計されました。

建物の仕上は現在ほど防火規制が厳しくなく、外壁は杉板の南京下見板貼、窓は当然のように大工さんと建具職人によって造られたラワン材の木製窓、床は無垢のフローリング、壁はプラスター塗の左官仕上、天井は板貼等、当時としては極めて一般的でローコストな仕上で、今日で云うところの、シックハウスとは無縁の自然素材の仕様でした。

それぞれの仕事を持つご夫妻は、家事を分担しあい愛情を持ってこの家を使いこなし、家からも刺激をもらって生活をされていました。
生活の変化に合わせて更新
今から23年前(1986年)、当時独立して間もない私の事務所にご夫妻から子供部屋を二つに分けることの相談がありました。もともと将来は2部屋に分けることを前提に設計されていましたが女の子同士ということもあり、壁で仕切らず洋服ダンス、机、ベッド等の置き家具のような造り付け家具を設け、ゆるやかに空間を分けて二人で使えるような部屋の提案をしました。
茶の間:繭型テーブルは天板が回転し、
凹んだ部分はベンチに座る時のサポートにもなる。
ウッドデッキテラス:出窓の下に雨水貯留用
タンク、その先にキッチンガーデンがある。
それから18年後(2004年)、奥様が退職されるのを期に古くなった部分のリニューアルとバリアフリー化の相談を受けました。久しぶりに訪れた建物は傷んだ部分もありましたが、むしろ竣工当時当たり前のように使用していた無垢素材が時間の経過によって味わいが加わり、生活が刻んできた風格のある空間に育っていました。造り付け家具によるキッチンセットの全面的な造り替え、将来に備えての浴室、和室の段差解消、玄関の段差処理を行い、2mの円形テーブルも円の一部を凹ました繭型のテーブルに造り替えました。

その1年後(2005年)、お子さまが二人とも独立され、空いていた子供部屋を奥様の裁縫の作業室に造り替えることになりました。家具で間仕切られた部屋は、家具の配置を変え新しい家具も加え再びワンルームの部屋に戻りました。

そして3年後(2008年)、ご主人も定年を迎え、庭の一部をキッチンガーデンにする計画を持ち、雨水利用の相談を受けました。そこで私は建物と庭をもっと積極的に関係づけるような、ちょっと広めのウッドデッキテラスを合わせて提案しました。

今までは小さめの濡れ縁だけだったのを、耐候性の高いセランガンバツ材を使ったアウトドアリビングのようなデッキテラスに造り替えました。雨水利用は降った雨の貯留用タンクとポンプで散水程度まで出来る設備を窓下の目立たない位置に設置しました。テラスが出来上がってみると、予想以上に建物と庭とその中間領域が気持ちよく、そこでお茶をいただいていると、築後30年近くたったこの家が、また新たに成長したように思えました。
家族の生き方を刻む
この30年の間、家としてのトラブルはいくつもありました。しかしそれらを暖かく受け入れ、生活の変化に合わせて手を加え使い込み、家族の生き方を家に刻んでゆく、この贅沢さ。これは住宅を設計する立場の私にとって何よりも大事にしていきたいものだと知らされました。同時に長い年月、時間に耐え得る住まいの設計の大切さと責任の重さを教えられました。これからもこの「幸せな家」がどのように成長していくか楽しみです。
住まいの話題[535]執筆者
■山畑 了介(やまはた りょうすけ)/ 山畑了介建築設計室


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