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アーキテクトルーム

■住まいの話題[576]:身のまわりのつくりかた
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建築をするということ
自身のブログに<ケンチクヲスルトユウコト>というタイトルを付けています。

「建築」という言葉は、建造物自体を意味していると同時に、建造物を構築する行為も意味しています。しかし、実際に建築や住宅を作る上で、構築という行為自体は、建築という言葉が本来持っている意味のほんの一部にしか過ぎず、それ以前の周囲の環境や場といった具象ではないけれど常に近傍に存在するもの、つまりは「身のまわり」について考える事も含めて建築と捉えるべきだと思います。そんな辞書の意味よりも少し大きく捉えた「建築」行為を<ケンチクヲスル>と表し、ブログのタイトルに使いました。
身のまわり
「身のまわり」とは、非常に柔軟で幅の広い意味を持つ言葉ですが、住宅を作る上で、その作り方が最も大切な事の一つと考えています。「身のまわり」は、都市や環境とのかかわり方や人の心の変化によって敏感に伸縮します。

例えば、街中を独りで歩いている時の「身のまわり」は非常に範囲が狭く、それを包んでいるのは衣服でしかありません。自分は外部から衣服でしか守られていないので、外部に対して大きな緊張感が生まれます。次に、カフェに入ってコーヒーを飲んでいるとします。「身のまわり」は自分が座っているテーブルの周り位の大きさに広がります。隣の席との間隔が空いていればもう少し広がるかもしれません。この時私達は、「身のまわり」が広がったことで、少しの安堵感を覚えます。その時、私達は大きな緊張感から解放されて、少しだけリラックスすることが出来るのです。それに加えて、自分のお気に入りの洋服を着ることや、自分の好みのテーブルや椅子が置いてあるカフェに入ってみることで、同じ広さの「身のまわり」でも、それまでよりずいぶんと居心地が良くなると感じることが出来ると思います。
廊下のミニギャラリー。
家族の個々の表現の場。
寝室をカーテンで緩やかに仕切る。
互いの声や灯りがにじみ出る。
このように、「身のまわり」は、環境や心理状態により伸縮することで、緊張感の度合いを変化させ、さらにその中にある物やその状態で、居心地を変化させるのです。

そのような「身のまわり」が、最大範囲になるもっともリラックス出来る場所が家といえます。しかし、最大範囲になったとはいえ、家というのは、自分ひとりが住む場合もあれば、家族4人で住む場合、おじいさんおばあさんと一緒に住む場合もあり、単に大きな一つの範囲とは言えないことがしばしばあります。そのいくつもの「身のまわり」をどのように構成し、どのような物を置くかで居心地の良い家になるかどうかが決まるのです。
身のまわりが繋がる家

家の形式にnLDKという考え方があります。いわゆる3LDKとか4LDKとかいう間取りのことです。戦後の住宅の救世主とも言われるnLDKですが、そこに「身のまわり」は存在していません。寝食分離から生まれたnLDKを決定付けているのは食べる、寝るといった人の行為そのものに他なりません。

何人もの家族が一緒に住む以上、各人の関わり合いを無くすことはできません。そのため、nLDK形式の様に家を行為で分節してしまうと、「身のまわり」の繋がりがぎこちなくなってしまうのです。家は、個々の「身のまわり」がグラデーションを作るように繋がり、気配が流れていることが良いように思います。

お父さんが飲むコーヒーの香ばしい匂い、息子が一生懸命に勉強しているスタンドの明かり、おじいさんが悩んで指す将棋の音、娘が楽しそうに話す長電話の声、お母さんの香水のやさしい香り。そんな気配が混ざり合いながら流れるように繋がる家。

家族個々のお気に入りを纏った「身のまわり」が緩やかに繋がって、一つの大きな「身の回り」を作ることが居心地の良い家を作る一つの方法なのではないでしょうか。

住まいの話題[576]執筆者
■川村 竜一(かわむら りゅういち)/ 川村竜一建築設計室



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