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アーキテクトルーム

■住まいの話題[602]:何をつくる? 何を残す?
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表題の様な問いを、学生の頃から長く考えていました。最初は時代に対する発作の様なものだったと思います。私が学生だったバブルと呼ばれる時代(終焉でしたが)は、設計するという事よりも建てる事が重要視されていた様に感じます。投資の為には使う必要がなくても建て、そして壊していました。

時代は不景気になり、リフォーム(再生)物件が多いと言われます。私の事務所でも何件か設計していますが、その時の思考方法は新築計画と変わらないと感じています。諸条件を整理して何かを抽出し、飛躍して提案する。何かを残す事が主目的にならない様に留意しています。
新陳代謝
1960年代のメタボリズムという建築活動に興味を持った時がありました。メタボリズムとは新陳代謝を意味していて、生物の様に必要な機能は残し古いものだけを取り替える、という考え方です。その計画の中には未来的なメガストラクチャーからカプセル的な最小限単位まで、様々な解釈・形状が展開されました。

しかし、調べて行くうちに少数の成功例を除くと、何か不自然な建築が多いと感じました。人間は3カ月で全ての細胞が入れ替わると言われています。しかし私達の肉体にその変化を意味する形はありません。新陳代謝とは知らないうちに入れ替わっている、という状況だけが重要なのだと思います。将来まで必要な機能、不要になる機能を予測する事は、多数の人間が使う建築では不可能かつ不自然だったのかも知れません。

片方で、私達は何かが変わる事に慣れていて、変化する事を無意識に求めています。これは日本の様々に変化する気候が作用していると思います。
キアズマ珈琲:2009
80年前と現在が向かい合う。
鬼子母神参道の並木:江戸時代~
キアズマ珈琲の環境。
気候・地理
人間の思考方法は、気候・地理・物質に決定的に規定されていると思います。しかし、その規定は現在希薄になってきているのではないでしょうか。産業革命以降、建築界も含めて、世界は物質社会になっていきました。これから先、もしも革命があるとすれば、気候・地理という束縛を解き放つ時でしょう。物質(3次元情報)が電送される様な社会。

現在、私達はその様な社会の転換期にあるのだと思います。だから、正確な情報を得にくい時だと感じます。情報が氾濫してはいますが、実際には見ていない、手で触る事の出来ない事まで知った気分になってしまいます。しかし、現在の建築設計行為が気候・地理・物質に規定されている以上、その情報を咀嚼しなければなりません。設計行為とはこの規定されている条件に、真摯に向き合う事なのだと思っています。
設計行為
古くて良いものに遭遇した時、得体の知れない感動に出会う事があります。多くの時間、価値観を生き抜いてきた力に感動するのかも知れません。設計行為は何をつくるべきか、何を残すべきか、また何を壊すべきかを考え続ける行為だと思っています。その設計行為が何かを壊すだけの力があるのか、問われ続けるのだと思います。このテーマを考え始めたきっかけには、「もったいない」「流れが早すぎる」という感覚があったと思います。それは情報の消化不良というべき状況でした。

時代の流れがゆっくりとなり、再生という事が言われる様になった背景には経済状況の変化があります。当たり前の事ですが、バブルの時代も現在も経済の影響を大きく受けています。しかし改めて思う事は、設計行為の根本は時代によって変わる事はない、という事です。

限られた時間で限られた情報を整理して飛躍して提案する。この飛躍が設計行為の中でも重要な項目の一つだと考えています。何かを変化させるだけの力に出会った時に、人は感動するのでしょう。
住まいの話題[602]執筆者
■清 孝英(せい たかひで)/ アトリエエスタス建築設計事務所



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