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アーキテクトルーム

■住まいの話題[605]:対話から生まれる建築
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設計図書という建築物を建てるための図面はミリ(mm)を基準として描かれている。このミリという単位で建築家は建築を考えているのであるが、小規模住宅の現場においてはこのミリという単位は主役ではない場合がある。代わりに現場で飛び交うのはシャク(尺)という単位であったり、ブ(分)という単位である。建築家はミリで描かれた図面を見ながらミリで指示をするのであるが、実はこの“ブ”という単位を現場で使い始めると、大工さんとの対話が格段にスムースになる。“9mmの合板”と言うところを、“3分の合板”と言うだけで、効果絶大なのである。
対話の重要性
建築家の仕事には図面を描く“設計”と、図面のとおりに出来上がっているかを確認する“監理”という2つの仕事がある。設計においては施主との対話によって建築が作られ、監理においては施工者との対話によって建築が作られると言えるかもしれない。この2つの仕事に共通する対話を軸に、ある住宅の話を進めていこうと思う。
対話によって一体感を得たプロジェクト
一昨年前のこと、十年来の友人から久しぶりの連絡があり、千葉の我孫子に住宅を設計することになった。敷地は友人のご両親が住む母屋の南側に位置する200坪ほどの庭で、雑木林と形容出来るほどの緑があった。友人と共に敷地を探検しながら、あれこれと可能性を探る対話を繰り返した結果、“雑木林を部分的に伐採する”という内容で計画を進めることになった。万事順調でこのまま進むと思われた計画は、母屋に住むご両親との対話の中でちょっとした問題が発生した。“雑木林と思っていた木々”は、実はご両親が旅行などの際に持ち帰った“思い出の木々”であったのだ。
住宅内部に迫り出した椿の枝 外壁に開けられた窓
恵まれた敷地の中で急に出てきた新事実に、実を言うと僕は胸が躍った。土地が持っていた歴史を垣間見たというのもあるが、むしろ施主との深い対話をする機会を得たことに・・・である。窓から見えるサルスベリの木が単なる樹木なのか、何処からか誰かが持ってきたサルスベリかで、その風景の意味は違ってくる。友人のまだ小さな2人の子供たちが窓越しの風景を見ながら成長し、祖父母たちの思い出に更に新しい生活の記憶を刻み込まれることを思い描きながら、僕は窓の位置を細かく調整していった。

思い出の木々を極力切らない様に建物配置を再検討した結果、少し角度を振ることですっぽりと庭の木々の間に住宅を滑り込ませることに成功した。あまりに樹木と住宅が近接したギリギリな配置計画は、建設作業の段階において施工業者がより頭を悩ませる原因となる。対話から導かれた出来たばかりの住宅プランを持って施工業者との新たな対話が始まったが、家族にとっての木々の意味を伝えると、あっさりと僕たちの思いを汲み取ってくれた。普通の工事現場は建物となるエリアの周りをぐるりと足場や通路で埋め尽くされるのが常だが、木々を中心としてスタートしたこの現場においては、緑の中に唐突に建物が立ち上がる不思議な空間となっていた。

こうなると、現場を進める施工者も是が非でも木を守ることに力が入ってくる。緑に埋もれる基礎の上に建物の骨格となる柱や梁といった構造部材が組み立てられている現場の中で、椿の木が建物の中に入っている箇所を見つけて、僕は施主の思いが施工業者の職人さんにまで届いていることを嬉しく思った。外壁を張る段で最小限の剪定をして、今は建物の横で緑濃やかに葉を繁らしている 椿を見ると、元の環境に遠慮しながら建つ住宅は、すっかり思い出の木々の中に溶けこんでいるように思えた。
新たなる風景の獲得
木々に溶け込んだ住宅の外壁には、各々の場所から見える“木々の間隔”から導かれた窓を配置している。木々によって細かく視界を分断される部分は細い窓、大きく開けた部分は大きな窓を選んだ。こうすることで内部から見たときの風景は外部の木々の風景と合わさって、まるで思い出の木々の中に自分がいる様な感覚を生み出してくれる。こうして対話から生まれたちょっとした問題は、心地よい室内空間を生みだし、またこの場所での新しい歴史を紡いでいくことになるだろう。
住まいの話題[605]執筆者
■宮澤 一彦(みやざわ かずひこ)/ 宮澤一彦建築設計事務所



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