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アーキテクトルーム

■住まいの話題[608]:アートから建築へ
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絵画ではなく、建築の道を選んだ理由
私は、学生時代 本気で画家を目指し、絵画の勉強をしていました。なのに、今は建築の世界にいます。建築への興味のきっかけは、西洋建築史という授業でした。ローマ時代に驚くほど巨大な建築が作られ、それらが今も現存することを知った衝撃。とても信じられずに「よし、この目で確かめよう!」と思い立ち、往復のチケットだけを入手し、無謀にも真冬のイタリアに出掛けてしまいました(放浪1ヶ月)。

それ以降ますます、建築に興味を持つようになりました。アートは、自分の内に沸き上がるイメージを、絵画や彫刻、インスタレーションなどによって伝えます(誰かに頼まれるわけではなく)。卒業間近に私は、何を表現していいのか迷い、先のことを考え、漠然とした不安に襲われました。これが道を変える最大の理由だったのかもしれません。

私が、真のアーティストだと思う人に、クリスト&ジャンヌ=クロードがいます。壮大なプロジェクトを実現してきた夫婦で、最近奥さんのジャンヌが亡くなりニュースになりました。彼らのすごいのは、スポンサーをつけず、寄付は一銭も受け取らない。100%自己資金で実現させるのです。表現したいという強い意志と、実行力がなければ成せる技ではありません。国会議事堂を丸ご梱包するぐらい大きなプロジェクトなのですから。なぜ、寄付を受け取らないのかという問に、彼は「自分で100%コントロールしたいから。誰の指図も受けたくない」と答えます。誰にも望まれていないことを、自分の信念だけで、何十年もやり続けているのです。ここが、建築と大きく違うところかもしれません。

建築とアートで似ているところといえば、自分一人では作れないような、大きなスケールのものが出来ることでしょうか。数年前、集合住宅を担当した時に初めて感じました。完成間近に覆いが外され、全体を目にした時、「そうか、人の力を借りればこんな大きなものでも、デザインし作れるのか」と。
学生時代に夢中で描いた絵「colori」:
1800×1800mm、アクリル絵の具、ラッカー
アーキエア在籍中に担当した集合住宅
建築とアート、両方の世界で表現している人っているだろうか?
版画家の池田満寿夫は晩年、「版画、彫刻、陶芸、コンピュータグラフィックスとあらゆることをやってきたが、建築だけはできなかった」と残念そうに語ったという。最近のこと、私は有名な写真家が設計した美術館を観に行きましたが、その人の写真を見た時の様な感動は覚えませんでした。きっと、両方できる人なんて、ミケランジェロくらいではないかしら。

ここで言う、出来る、出来ないというのは、物理的に出来上がるだけではありません。オーストラリアの建築家グレン・マーカットが言っています。「学生は図面を描くことから始め、それが建物をつくることだと思っています。それはある種の建物になっても、必ずしも建築になっていない」。なるほど、また先が見えなくなりそうです。
さて、どんな建築を作ろうか?
私は、大きな公共の建築物よりも、全体を把握できる、住宅の設計を続けてゆきたいと思っています。100%自分のイメージ通り設計できる機会と言ったら、私に惚れ込んだパトロンが現れるか、自分の家を設計するか、のどちらかでしょうか。前者はまず現れる可能性が低いでしょうから、自分の家を設計する時。そんなチャンスが巡ってきたら、どんな家を建てるんだろう。まったく想像がつかない。

やはり、私には制約があり、様々なお施主さんの要望を汲み取り、その中で自分のやりたいことを表現する。こっちの方が性に合っているのだと思います。

設計という仕事を通して、住む人や町並みに貢献できたら、そして画家という選択肢を前に先が見えなくなった時とは違って、今は設計業務を積み重ねながら、少しずつでも自分の表現したいことを見つけていけたらと思っています。
住まいの話題[608]執筆者
■澤崎 麻子(さわざき あさこ)/ アトリエ・アルコ



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