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アーキテクトルーム

■住まいの話題[609]:風景−scene−を創る
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きえてゆく建築
できるだけそこにあることが分からないように家を建てたいと思っています。その場と時間にあまりにも馴染みすぎて存在が消えてしまうような家です。家を設計するときには、いつもそこで行われる生活風景−scene−を思い浮かべています。例えば、寝起きのパウダールーム。身支度を調えるだけの光が部屋の隅から差し、窓を覗くと朝日に照らされた葉々が見える・・・。

家はあくまでも生活の器だと思っています。まちなみもそうです。家々の連なりがまちなみをつくります。街路樹が季節のうつろいを感じさせ、人々が思い思いに行き交う・・・。家もまちも、人によって生きられるべきものです。

ところが、現実のまちはどうでしょう。商店街やオフィス街ならまだしも、住宅街でさえも乱暴な看板と自己主張の強い建築物が、街路を居心地の悪いものにしてはいないでしょうか。隣り合う建物は、こちらは南欧風、あちらはモダン、と互いに無関心です。

一方、家の中はというと、ここでも種々様々な装飾が施されています。シートの柄ひとつでスタイルを変幻自在に変えられる建具や様式不明のモールディング、木目調のビニールクロスもあります。家はこうしたたくさんの部品からできていて、部品メーカーは、“見栄えよく、でも安く”というニーズに応じて様々な商品を開発、提供してきました。サイディングと呼ばれる住宅用の外壁材のカタログは電話帳の様に厚く、何を選んだらいいか分からないほどです。

確かに、低価格で品質が保証され、いとも簡単に雰囲気づくりができるのは便利で重要なことですが、少しでも素材を見聞きした人が見れば実に奇妙なこれらの組み合わせで、果たして、住まい手にあった風景−scene−を創れるのかには常々疑問を感じています。
富山町の家:正面夜景 南小岩の家:寝室
家づくり
質が問われるこの時代にあっては、住まい手も素材を見きわめる眼力を磨き、意識を変えていかなければなりません。もちろん、商品の作り手の責任も大きいと思います(個人的には、サイディングの外壁とコロニアル屋根を制すれば住宅街の風景は一変すると思います)。

これから家づくりを始めようとする人がいれば、あまり高望みしないことをお奨めします。夢がないように聞こえるかもしれませんが、かけた費用以上の効果を期待しすぎることこそ、ちぐはぐの始まりだからです。量から質へ、そして質に応じた予算のバランスを整えることが大切です。家は生活の器であり、主役は自分自身であることに立ち戻ることができれば、家づくりはうまくいくように思います。

建築設計に携わって十数年、住まい手とのお話しの中で「何でもいいからとにかく安く建てたい」と言われることもありますが、これには辟易を感じざるを得ません。予算が限られているのは当たり前で、それを承知の上で断片的でもいいから住まい手の理想像を探り、実現するための試行錯誤を繰り返すのが、設計者の役割だと思うからです。

イメージがあってこそ、間取りを提案し、材料を選び、つくり方を考え、その組み合わせによって最適な像−scene−を結ぶことができるのだと思います。

引渡が済んだあとの家を訪ね、狙い通りの風景-scene-が見られると大変うれしく思います。そして、それ以上にこちらの想像をはるかに超えた住まい方を垣間見たときには、より大きな喜びを感じます。家づくりには住まい手の想像力が試されてもいるのです。
住まいの話題[609]執筆者
■郷田 修身(ごうた おさみ)/ ジーテック一級建築士事務所



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