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アーキテクトルーム

■住まいの話題[639]:なんとなく気持ちのいい空間
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ニューヨークで数年間暮らした後日本に戻ってきて思うのは、日本ではある特定の分野において変化のスピードがとても速く、またその変化が独特だということです。携帯電話ひとつとってみても「ガラケー」つまりガラパゴス携帯という言葉が表わすように、日本独自の規格で日本のユーザーに合わせて独自の進化を遂げています。家電製品も同様に、野菜を入れるとビタミンが増える冷蔵庫や、人の居場所をキャッチするエアコンなど、日本にいるとなんだか当たり前のように「便利な機能が増えたな」くらいにしか思いませんが、日本からすこし引いて眺めてみると、日本人ユーザー向けのかなり特異な「高機能」に思えます。

住宅設備の高機能化
住宅に関しても、それは例外ではありません。オール電化住宅や高機能なトイレ、バスルームも保温性の高いものやカビの生えないもの、どんどん新しい機能が付加されていっています。ともすれば、そうした機能面ばかりがクローズアップされて、住宅を機能で選ぶことが当然のように思えてきます。テレビのCMや雑誌の広告、インターネットの情報等々、もちろんそうしたことも大事なのですが、住宅に関しては、機能だけでは計れないものがあると思います。
住宅の質(クオリティ)
「その家に入るとなんとなく気持ちがいい」、私は家作りにおいて、そうした写真や機能面からは計りきれないクオリティを大切にしたいと考えています。人間の五感は鋭く複雑で、数字では測れないものを感じとります。光や風の入り方、窓からの眺望、音、匂い、建物にまつわる記憶、素材の質感、スケール感等々、そうした多様な関係性の中で、「なんとなく気持ちが良い空間」が生まれると考えます。
「野田の家」ホール:
床/ナラ無垢板フローリング(蜜蠟ワックス塗り)
「野田の家」ダイニング・キッチン:
キッチンキャビネット/タモ化粧合板貼り
例えば、「匂い」や「香り」は写真には写りませんし、機能にも関係ありません。それでも、人の感覚に訴える力はとても強いものです。一昔前までは新築のにおいといえば、木の香りや真新しい畳の香りなど気持ちのいい香りだったはずが、いまや壁紙や合板の接着剤の臭いなど、ちょっと鼻にツーンとくるような匂いだったりします。多くの人が木の香りや畳の香りを気持ちがいいと感じるはずです。それでも、無垢の木は合板や新建材に木目を印刷したものなどに取って代わられています。手入れのしやすさと大量生産のしやすさ、ユーザーと生産者の利害が一致して、いまや住宅に欠かせないものになっています。
「野田の家」
「野田の家」は大阪の築80年の町屋の改修です。改修後2年近く経っていますが、家に入るとほんのりと木のいい香りがします。既存の古い畳敷きの部屋をフローリングに張り替え、既存の梁や柱になじむようにナラの無垢板のフローリング材を使用しました。木は湿気を吸い込んで膨張し、乾燥して収縮します。汚れもすぐに取らなければ染み込んでしまい、手入れには少しの手間がかかります。しかし、無垢板のフローリングに蜜蝋のワックスを塗ると時間が経つごとに木があめ色に変化して独特の風合いが生まれていきます。香りだけではなく、その肌ざわりや木のぬくもりはとても気持ちのいいものです。

だからといって、すべてに無垢の木を使っているわけではありません。その場その場に合わせて材料を使い分けています。キッチンの面材や建具には無垢の木の板では重すぎますし、くるいが大きく扱いが難しいため、タモの化粧合板を使用しています。居間や寝室の壁には珪藻土を使用していますが、水周りにはキッチンボードや壁紙を使用しています。

すべてを「本物」でそろえることができればそれに越したことはありませんが、あまりに高価になり過ぎ、手入れも大変になります。機能に優れた設備や新建材を使うなということではなく、機能性も重視しつつ、それだけではないクオリティを大切にしたいのです。そこをうまく使い分けて、なお「何となく気持ちのいい空間」を作り上げていきたいと思っています。
住まいの話題[639]執筆者
■渡谷 博美(わたたに ひろみ)/ 渡谷博美建築設計事務所



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