望月悦子氏(千葉工業大学 教授)に聞く 光環境から考える空間設計とは

はじめに
ミライヲテラスでは、ガラスが深く関係する空間影響力について、様々な角度で評価を進めております。
空間影響力の中でも、空間の温熱環境(断熱性・遮熱性)・光環境などの機能的な空間価値に加え、居心地の良さ・気持ちがポジティブになるといった感性的な価値(情緒的価値)についてフォーカスしています。
このようなガラスが関係する空間影響力について、有識者、学識経験者、設計・空間デザイナーなどをお招きし、その魅力や空間設計のポイントなどについて語っていただく企画を準備しました。
さて今回は、建築空間の光環境やその光環境が人間の心理に与える影響などを研究されている、建築光環境の専門家である千葉工業大学の望月先生をお招きし、空間設計におけるガラスについてお話をお伺いしました。
建築空間設計における光環境について
ミライヲテラス編集部/
建築物の空間設計における光環境について、お伺いさせてください。
望月先生/
建築物の空間設計では、まず空間の高さや幅・奥行きなどの寸法を決める、つまり箱を形作っていくことが基本にあるわけですが、箱の外郭が決まっても箱の中身が決まらないと、空間としては完成しません。
箱の中の内装や設置する什器を決めていく必要があるわけですが、箱の中に設置するものが決まっても、箱の中を照らす光の強さや量、さらに光の方向や色などが異なると、同じ箱でも全く印象が変わってきます。光が決まらないと空間、箱は完成しません。逆に言えば、同じ箱であっても、全然違う空間に生まれ変わらせることができる、その可能性を持っているのが光環境だと考えます。
ミライヲテラス編集部/
光がないと空間に存在する物が映らないですし、空間を感じることもできません。また、季節や時間によって光が変動すれば空間の見え方・捉え方が変わってきます。それが光の特質ですし、これをいかに建築物の空間に反映させるかが空間デザインであり、それが空間の心地良さになればウェルビーイングにつながる、と捉えればよろしいでしょうか。
望月先生/
人間は五感を使ってさまざまな環境情報を取得していますが、眼から入る情報が全体の約7割を占めていると言われています。空間の視覚情報を人間に如何に与えるかが設計の重要なポイントで、光環境が空間全体の快適性にも大きく関係してきます。
光環境が健康に与える影響についても最近の研究で明らかになってきています。環境が健康にもたらす影響に関して、これまで光環境は温熱環境ほど重視されていなかったかもしれませんが、これからの建築空間では、健康への影響も考慮した光環境のデザインがとても重要だと考えています。

照明による光環境と、窓からの採光による光環境の違い
ミライヲテラス編集部/
光環境は、照明によって人工的に作られるものもあれば、窓からの採光によって自然に作られるものもあります。窓によって与えられる光環境や、建築空間における窓の役割についてどうお考えですか?
望月先生/
窓は、外壁、床、屋根、天井などの建築物の外皮に存在するものですが、唯一透明で外側が見える、建築物の外皮の中でも特別な位置付けにあります。
建築空間には、電気エネルギーを使って光を供給することもできますが、窓から自然の光を採り入れることが基本です。窓からの自然の光は、電気を使った照明と異なり、予測不能でコントロールし難いものです。最近では、機械的にある程度光をコントロールできるようになってきていますが、太古の昔からの人間が付き合ってきたのは自然の光です。人間の生物としての起源を考えれば、自然の光を活用するのは極めて自然なことです。自然の光は予測し難く、コントロールし難いものですが、だからこそ魅力的なのだと思います。
ミライヲテラス編集部/
自然光というのは季節や一日の中でも時間によって光の量や強さが変わりますが、それによって時間(トキ)の流れを感じることができると言われたりしますね。
望月先生/
窓を設けることができない環境で、照明を人工的にコントロールし、一日の自然光を模擬した変化を与えた場合に、作業効率や眠気等にどのような効果があるのか実験を行ったことがあります。一日変化がない環境よりは変化を与えた方が、確かに作業効率の低下や眠気の防止にはなるのですが、やはり、実際の窓から採り入れた自然光には叶わないという結果でした。
実際の自然光では雲の出入りなどによる微妙な変化が絶えず起こっていますが、このような微妙な変化がもたらす効果を人工的に作り出すのはなかなか難しいと感じました。
ミライヲテラス編集部/
自然光のその微妙な変化は「空間の揺らぎ」となり心地よさを感じたり、「不均質な美」の自然とつながることに情緒を感じたりするということなのかもしれませんね。
望月先生/
窓から自然の光を享受できる環境であれば、無理やり電気のエネルギーを使って機械的に作ろうとしなくても、積極的に外からの変動を取り入れることで、「空間の揺らぎ」は実現できます。窓から自然光を採り入れることは、空間の光環境デザインの重要な要素の一つなのです。
窓からの眺望は自然とつながりたいという本能的欲求を満たす

ミライヲテラス編集部/
窓でつくる光環境は、外の自然の変動を空間内部に取り込むことができるということですね。窓はシースルーで外側がしっかり見えるという点で、建築物の外皮の中でも特殊な位置付けにありますと、先生は仰っています。これも外の自然を空間内部につなげる効果とも言えると思いますが、窓からの景色や眺望というのは人間や空間にどのような影響を与えるのでしょうか?
望月先生/
現在、オフィスの環境がオフィスワーカーの業務に与える効⽤について研究を進めています。近年、都⼼のオフィスビルでは空室率が上昇する傾向が⾒られる⼀⽅で、⼤規模再開発も進められています。選ばれるテナントオフィスの価値はどこにあるのか、オフィスにおける様々な環境要素の不動産としての価値について調査を進めています。
実際に働いているオフィスワーカーを調査すると、窓からの眺望に対して満足している人は、自分の働いているオフィス環境は自身の仕事の効率に良い影響を与えていると感じる傾向にあります。壁に覆われた閉鎖的な空間より、眺望性が良い空間では、外や自然と繋がることができ、視線を窓の外に飛ばせば目の疲労も軽減され、開放感を得ると共にリラックスできるわけです。定量的に効果を示すことは容易ではありませんが、眺望にはこのような効果が確実にあると思います。
ミライヲテラス編集部/
眺望性の点で遠くを見た方がリラックスできるという話ですが、窓から見える情報量の多さというのは影響するのでしょうか? 同じようなビルの壁しか見えない眺望ではなく、様々な建築物が建っている中に森や公園などの自然があり、そこには四季もある、雑多な視覚的情報量が多い眺望の方が人間にとって自然だと感じるのではと思いますが、いかがでしょうか?
望月先生/
例えば、窓から向かいのビルの壁しか見えないと、窓の中のどこを見ても同じになってしまいます。眺望性にはレイヤーが大事だと言われています。緑がありビルがあり空がある、その空には雲があって雲にもむらがある。そうなると、どこを見ても一様ではなく、視線を動かせば動かすだけいろんな情報が入ってくる。眺望にレイヤーがあると、気分転換につながるのではないでしょうか。
遠景で見るスカイラインがある程度ガタガタしているというのもよいですよね。高さ制限などで同じ高さに一律に揃えられてしまうと、眺望としては面白みに欠けてしまうかもしれません。
ミライヲテラス編集部/
「不均質な美」こそが自然であり、その自然と繋がりたいと感じる。バイオフィリア※と言われる「人間には自然とつながりたいという本能的欲求があり、自然と触れ合うことで健康や幸せを得られる」という概念がありますが、まさに窓からの眺望は、その本能的な要求を満たすものかもしれませんね。
※バイオフィリア(Biophilia)は、「バイオ(bio:生物・自然・生命)+フィリア(philia:愛着)」の造語。
望月先生/
今いる新丸の内ビルディングのオフィスからの眺望は素晴らしいですね。もし緑や向こうの山が見えなくて、ビルしか見えないとしたら、自然との繋がりを求める眺望としては不完全かもしれませんね。緑や山などの自然が都心の風景の味付けになっている気がします。
建築空間という人工環境の中で自然の恩恵を受けられるか否かは、外部の緑と自然光を窓を介してどのように採り入れるかにかかっています。
ミライヲテラス編集部/
自然と繋がりたいバイオフィリアは、波紋が広がる噴水や水辺に人が集まるであったり、とあるオフィス環境での人流解析データにおいても、窓辺に人が集まる傾向があるといったことなどからも、本能的な欲求の表れかもしれませんね。
光環境は空間デザインの幅を広げる
ミライヲテラス編集部/
オフィスビル、住宅といった用途別に、どういった光環境が望ましいか、お話をお伺いさせてください。
望月先生/
オフィスは住宅と比べて、一つの窓の面積が比較的大きいので、眺望を確保しやすいです。一方で、窓が大きい分、まぶしさを感じやすくなったり、窓からの光が画面に反射して見づらくなったりする、そのせいでブラインドなどの遮蔽物で一日中窓が閉じられてしまうことがあります。
住宅でも、周辺の密集度にもよりますが、開口部をしっかり設けていても隣接住戸とのプライバシーの関係からカーテンで閉めきられてしまうことがあります。せっかく窓があっても、これでは結局閉ざされた空間と一緒になってしまいます。
コロナ禍以降、在宅勤務というスタイルが広まり、一日中、家の中で、しかも同じ部屋で過ごす機会も増えたのではないでしょうか。日中、外に働きに出ていれば、自宅の窓を意識することはあまりなかったかもしれません。けれども、日中に外に出られない状況で、狭い空間に閉じこもって、窓もない、となると息が詰まるような感覚を覚えた方も多かったのではないでしょうか。
最近の住宅では、寝る、食事をする、くつろぐといった生活行為以外に、仕事をする、家の中に居るけれども外部とつながる、というように、中で繰り広げられる生活シーンが多彩になってきています。
それぞれの生活シーンに合わせて、いくつもの部屋を設けることができればよいのですが、ほとんどの場合は難しいと思います。別々に部屋を設けることができなくても、窓からの採光や照明の調光で、それぞれの生活シーンにふさわしい光環境を作ることは可能です。一日中、同じ部屋で過ごさざるを得ない場合でも、それぞれの生活シーンに合った快適な空間を光環境によって構築したいところです。
ミライヲテラス編集部/
光環境の変化は、その空間の空気自体が入れ替わるような感覚がありますね。
望月先生/
熱は伝わるのに時間がかかりますが、光は瞬時に伝わります。光環境は空間の用途によって、暗い側にも、明るい側にも快適な環境があります。ダイナミックな光の変化は、ときには気分転換を図るための刺激としても活用できると思います。

光環境における人間の感覚や心理を評価していく
ミライヲテラス編集部/
光環境は奥深く、追求すればするほど面白いですね。
最後に今後の光環境の課題や取り組みについてお聞かせください。
望月先生/
光環境の評価では、人間の感覚や心理との結び付きを外すことはできません。しかし、それをどう定量化するかは非常に難しい課題です。
例えば、窓からの光によるまぶしさについて聞くと、与えられた選択肢やスケールで何かしら評価はしてもらえますが、与えられた条件の中での比較になりがちです。実際の環境では、窓がまぶしければ、ブラインドを閉めて光の入ってくる量を調整するといった行動として現れます。それが一番の真実、実態の表れなのではないかと思います。
実験だとある程度条件がコントロールされてしまいますが、実際の空間には音もあり熱もあり、様々な外来要因があります。自由に居場所を選べる空間で、窓に近い場所が選ばれたとしたら、その人の行動履歴やそのときに周辺にいる人との関係なども含めて、なぜそのような行動をとったのか、時間的・空間的な情報を結び付けて、評価できるようにしていきたいと考えています。
ミライヲテラス編集部/
AGCでも光環境が人間や空間に与える影響を研究課題として取り組み、感性評価と定量評価を組み合わせながら将来的に商品開発に結び付けていきたいと考えています。
本日は光環境に対する貴重なお考えをお聞かせいただき、ありがとうございました。

話者:望月悦子 Etsuko Mochizuki (千葉工業大学創造工学部建築学科 教授/博士(工学))
建築光環境に関する研究に従事。最近は,多様化するオフィスにおける変動照明・色光制御の可能性,光環境の共通認識に向けた描写・表現方法,窓・開口部に基づく不動産価値などについて研究。令和3年の光害対策ガイドライン改訂にかかわる。

インタビュアー:ミライヲテラス編集部
AGC建築ガラス アジアカンパニーでマーケティングのお仕事をしているチーム。
窓ガラスなど光をコントロールする建築ガラス製品が、人間のココロやカラダに大きく関連し、人の活動や行動にも影響を与えることを知り、調査を開始。
知れば知るほど、この情報を建築に関わる、建築に興味がある全ての人に伝えたい思いが強くなり、「ミライヲテラス」を開設。