幸せホルモンの神秘に迫る!セロトニン合成と光の関連性

はじめに
私たちの身体の中では様々なホルモンが作られています。その中でも「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンは心身の調子を整えるうえで非常に大事な働きを担っています。
今回の記事では、このセロトニンが作られるメカニズムについて詳しく掘り下げてみたいと思います。
脳におけるセロトニン合成
セロトニンの合成は脳や腸で行われますが、いずれもその原料となるのはトリプトファンです。ちなみに、トリプトファンは、自分の体では合成できないので、食事から取る必要があります。脳の中では主に脳幹にあるセロトニン神経でセロトニンが合成されています。ここで作られたセロトニンは脳の様々な領域に運ばれて、感情や認知機能、睡眠に大きな影響を及ぼします。
トリプトファンからセロトニンへの変換はいくつかの段階を踏んで行われますが、以下はその概要的なプロセスになります。
- トリプトファンが脳に運ばれます。
- トリプトファン水酸化酵素によって5-ヒドロキシトリプトファンに変換されます。この段階がセロトニン合成のボトルネック(全体の合成速度を決定づけるプロセス)になります。
- 5-ヒドロキシトリプトファンはL-アミノ酸脱炭酸酵素によってセロトニンへ変換されます。
- セロトニンの一部は、松果体でメラトニンへと変換されます。この過程は光によって調節されており、暗闇でメラトニン合成が促進され、光によって抑制されます。
日光はセロトニン生成プロセスに深く関わっています。
日光はセロトニン合成に関わる酵素にも影響を与え、その働きを調整しています。
セロトニン合成の要になる酵素にトリプトファン水酸化酵素があります。視交叉上核は、網膜への光刺激を受けて、日中の時間帯にトリプトファン水酸化酵素の働きを活性化します。その結果、脳内のセロトニンレベルが日中の時間帯に高まることになります(Malek & Labban, 2021)。
さらに日光は、これら一連の変換リズムのコントロールに影響を与えます。
セロトニンの合成は一日中一定ではなく、日中はセロトニンレベルが高く、夜はメラトニンレベルが高くなるように視交叉上核によって調整されます。この視交叉上核が規則正しく働くためには日光が重要です。
日光が網膜に入ると、その情報は視交叉上核を経由して松果体に伝えられます。松果体はこの情報を受け取ると、セロトニンからメラトニンへの合成を抑制します(Turner & Mainster, 2008)。その結果、メラトニンに変換されるセロトニンは減り、脳内のセロトニンレベルは上昇することになります。

また、セロトニンレベルの調整には皮膚への日光刺激も関わっています。紫外線が皮膚に当たることでビタミンDが生成されますが、このビタミンDもトリプトファン水酸化酵素の働きを活性化します。このように、日光はいくつかの仕組みを通じて、脳の中でのセロトニン合成をコントロールしているのです。
腸におけるセロトニン合成と腸脳相関
セロトニンは腸でも活発に合成されています。そして、その合成を担っているのは、腸クロム親和性細胞と呼ばれる細胞です。腸クロム親和性細胞は、下図のように腸粘膜上皮に存在する腸内分泌細胞の一種です。


腸クロム親和性細胞は体内のセロトニンの95%を合成しますが、直接脳に影響を与えることはありません。というのも、脳には脳血流関門と呼ばれる場所があり、腸で作られたセロトニンが脳の中に入ることが出来ないからです。
しかし、腸で作られたセロトニンは間接的に脳に影響を与えています。脳は自律神経系や免疫系によって調整されていますが、腸のセロトニンはこれらの仕組みを介して脳に影響を与えています。このような働きは近年「腸脳相関」として注目され、研究が進められています(Sansone & Sansone, 2013)。
セロトニン合成を促進する生活習慣
セロトニンは腸や脳で生成されますが、このプロセスを活性化する方法にはどのようなものがあるのでしょうか。
日常生活でできることとして、睡眠、運動、食事、日光浴が挙げられます。
まず、睡眠についてですが、規則正しい睡眠習慣と十分な睡眠時間を確保することが重要です。セロトニン合成に深く関わる視交叉上核は睡眠の影響を強く受けます。そのため、健康的な睡眠習慣がセロトニンの合成リズムを整えるのに役立ちます。
さらに、有酸素運動やヨガ、瞑想などもセロトニンの合成を促進すると報告されています(Young, 2007)。有酸素運動は、無理のない強度で継続的に行うことが大切です。
食事に関しては、セロトニンの前駆物質であるトリプトファンの摂取と、腸の健康を維持する食品の摂取が重要です。トリプトファンを多く含む食品には、乳製品や大豆製品があります。また、腸の健康をサポートする食品としては、繊維質を含む食品や乳酸菌を含む発酵食品があります。セロトニンへの変換には炭水化物も必要なので、バランスの取れた食事が望ましいです。
さらに、日光を浴びることもセロトニン合成に非常に重要です。日光は皮膚や網膜を通じてセロトニンの合成に大きな影響を与えます。日常生活の中で日光を浴びる機会を持つことが、メリハリのあるセロトニンリズムを作るのに役立ちます。
まとめ
このように、セロトニンはトリプトファンを原料として脳や腸で生成され、睡眠、食事、運動、日光浴といった生活習慣がセロトニンの合成に大きく影響します。特に日光は、メリハリのあるセロトニンリズムを作る上で非常に重要な役割を果たします。健康のために、日々の生活習慣を見直してみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
Malek, Z. S., & Labban, L. M. (2021). Photoperiod regulates the daily profiles of tryptophan hydroxylase-2 gene expression the raphe nuclei of rats. The International journal of neuroscience, 131(12), 1155–1161. https://doi.org/10.1080/00207454.2020.1782903
Mead, M. N. (2008). Benefits of Sunlight: A Bright Spot for Human Health. Environmental Health Perspectives, 116(4), A160-A167. https://doi.org/10.1289/ehp.116-a160
Sansone, R. A., & Sansone, L. A. (2013). Sunshine, Serotonin, and Skin: A Partial Explanation for Seasonal Patterns in Psychopathology? Innovations in Clinical Neuroscience, 10(7-8), 20-24.
Slominski, A., Wortsman, J., & Tobin, D. J. (2005). The cutaneous serotoninergic/melatoninergic system: securing a place under the sun. The FASEB Journal, 19(2), 176-194. https://doi.org/10.1096/fj.04-2079rev
Turner, P. L., & Mainster, M. A. (2008). Circadian photoreception: ageing and the eye’s important role in systemic health. British Journal of Ophthalmology, 92(11), 1439-1444.
Young, S. N. (2007). How to increase serotonin in the human brain without drugs. Journal of Psychiatry & Neuroscience, 32(6), 394-399.

著者:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)
博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、大学院へ進学、コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から上場企業を対象に学術支援業務を行う。研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。