Case 7:

春日大社宝物殿増改築プロジェクト

設計:弥田俊男設計建築事務所
文:中崎隆司(建築ジャーナリスト)




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谷口吉郎設計の春日大社宝物殿。20年に一度の式年造替に合わせて実施される増改築プロジェクトは、文化財の展示に若い感性を取り入れる先例となる。

 訪日外国人旅行客数が年間1300万人を超え、政府は観光立国を掲げている。それを実現するには観光の魅力をもっと増やしていかなければならない。そのひとつは既存の文化財を活かしていくことだ。つまり観光立国は観光政策と文化政策を融合することによって達成できる。

建築家の弥田俊男氏が手掛けているのは奈良市にある世界遺産・春日大社の宝物殿の増改築プロジェクトだ。
春日大社は768年、平城京の守護と国民の繁栄を祈願するために創建された神社であり、藤原氏の氏神を祀っている。境内は30万坪におよぶ。
春日大社は2015年と2016年に式年造替を行う。式年造替は社殿の修築大事業であり、20年に1回行われ、今回は60回目にあたる。宝物殿の増改築は、この式年造替に合わせて実施される。
宝物殿は平安の正倉院とも言われ、国宝など多くの指定文化財を収蔵している。現在の宝物殿は1973年に谷口吉郎氏の設計で建てられた。切妻屋根の2階建てRC造の2棟が雁行したH型に配置されている。1階はピロティになっており、その奥にエントランスがある。2階は展示室と収蔵庫だ。築40年以上経ち老朽化と構造強度に課題を抱えている。
弥田氏は現宝物殿の表情を継承しつつ、春日大社の由来が感じられる新たな展示空間をつくりたいと考えた。平安の宝物を入れる箱からその内容が境内に滲み出るとともに展示空間に周辺環境が入ってくるというイメージだ。

増改築で目指したのは「残すべき価値のある建物を活かしながら、新しい意味を持たせる」こと。ファサードの表情と内部展示空間の再構築を試みる。

既存のファサードは四角い閉じた壁の上層部とPCaの縦格子の下層部で構成されている。今回の増改築では切妻の屋根の2棟をつなぐ棟の屋根を延長し、既存のファサードの表情に連続させて縦のスチールの格子を正面に並べる。縦にするのは南からの光をコントロールでき、適度に開くことで内部が見え、内部から外の風景が見えるという境界面にすることができるからだ。

その内部空間を、エントランスホールを兼ねた展示空間にするにあたり、まずピロティの高さが2.5mしかないことから床を掘り下げて高さを確保する。さらにH型に配置された切妻の屋根のひさしの下に4本の長さ18m弱の門型の構造体フレームを差し込み、エクスパンションをとって建物の際まで並べる。フレームは100ミリ×400ミリのフラットバー柱とそのサイズのボックス型の梁の組み合わせであり、正面は完全に構造体のない状態をつくる。そこに2階に上がっていく新しい階段をつくり、 立体的な動線を加える。
この展示空間には鼉太鼓(だだいこ)という高さ6.5m、幅3.2mの2基1対の太鼓を展示する。既存の2階の展示室は7m強の天井高があり、その天井をのびやかに見えるように変え、展示レイアウトも組み替える。さらに展示ケースや照明で展示空間をつくり込む。
弥田氏は次のように語る。「残すべき価値がある建物を活かしながらバージョンアップさせていく。新しい意味を持たせることができれば楽しい」。
展示に新しい感性を取り入れれば文化財はもっと魅力的になり、多くの鑑賞者や観光客を惹き付ける。観光立国を掲げる政府にはそのような支援の文化政策を期待したい。

春日大社宝物殿
所在地: 奈良県奈良市春日野町
発注主: 春日大社
用途: 美術館
設計: 弥田俊男設計建築事務所 +
城田建築設計事務所
構造設計: オーノJAPAN
設備設計: 森村設計
施工: 大林組
建築面積: 367.09㎡
延床面積: 1,210.28㎡
階数: 地上2階
構造: 既存部RC造 + 増築部S造
工事期間: 2015年7月~2016年6月
弥田 俊男

弥田 俊男 (やだ としお)
1974年 愛知県生まれ
1996年 京都大学工学部建築学科卒業
1998年 京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了
1998年~2011年 隈研吾建築都市設計事務所
2011年~ 弥田俊男設計建築事務所、岡山理科大学工学部建築学科准教授