社会は今、多様性や寛容性を求めています。 その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。 作品を通して探ります。
第1話
出会う力、開く力
高濱史子 高濱史子建築設計事務所
2018.07.01
海外の設計事務所での活動経験から「出会う力」を身につけ、新しいリーダーシップ像として「開く力」を目指しているという高濱史子さんにお話をうかがった。
『海外で建築を仕事にする』に、17名の建築家の1人として執筆されています。そのタイトルが「普通でいつづけること、普通からはずれてみること」でした。
高濱史子(以下、高濱) :スイスから帰国後、独立して間もないころに書かせてもらったものです。海外へ出ていくきっかけから、留学して、そのまま設計事務所で働き、さらに帰国して独立するまでの経験について書いています。きっかけは、それまで王道と思い描いていたイメージ、つまり大学から大学院へ、それから有名アトリエに入ってという道について、本当にそれでいいのかという戸惑いがあり、そこから一回はずれてみるのはどうかと思ったわけです。結果的には非常に大きな転機になったと思います。一度はずれたことによって、次の道が自ずと開けてきたという感覚がありますし、もし迷っている人がいたとしたら、「はずれてみる体験」を是非してもらいたいなという思いもありました。
もう一つの「普通でいつづけること」というのは?
高濱 :「はずれること」と違う文脈です。建築の専門性にフォーカスしていくと、窮屈さというか、日本で考えられている新しい、新しくないという評価に重きが置かれがちです。そうではない普通の目線も忘れたくないという意味です。つまり、普通でいつづけること、はずれてみること、その両方をもっていたいなということです。
最大の強みは出会う力とおっしゃっていますが、出会うためには、様々な縁をつくらないといけません。そういう縁をつくっていく能力があると?
高濱:そういう考え方自体が、海外へ行くことによって生まれたと思っています。海外へ出れば必ず自分はマイノリティになる。そうなることで不便、不利なこともたくさんありますが、同時に「特別な存在」にもなれる。そうすると、普段出会えない人たちと出会え、次から次へと自分が想像していなかったつながりが自然とできてきた。一回はずれてもがいているうちに、そういう出会える力を身につけることができたのかなと思います。
現時点での代表作というとクリスチャンダダのシンガポールのブティックということになりますか?
高濱:そうですね。まだ発表されていませんが、最近台北にも店舗ができました。シンガポール店は、海外初店舗ということで、より日本色を出したいということから「枯山水」がテーマとなりました。台北店は、よりブランドのコンセプト「ダダイズム」を強く出したいということで「RUIN(廃墟、破壊)」がテーマとなり、遺跡や破壊され建物といったものを抽象化したイメージを提案しました。
クリスチャンダダ台北(完成後入居前) Courtesy of Christian Dada
クリスチャンダダ台北 Photo: Rex Chu
クリスチャンダダの森川マサノリさんとはどのようなやりとりをしていますか?
高濱:私と森川さんの関係はある意味ドライです。私は空間のプロとして提案をなげかけ、彼は彼で私が提案したものに対して、ファッションのプロの視点からのフィードバックをする。その指摘はとても鋭いのですが、とにかく2人で何もかも話しあうというより、互いを尊重しプロフェッショナルなところを最大化できるよう、ある程度距離を保った関係です。最初は細かいところまで承認をもらって進めるという感じでしたが、とてもお忙しい方ですし、台北のプロジェクトではかなり裁量を与えていただいたように思います。
前橋貸店舗コンセプトダイアフラム ©+ft+/Fumiko Takahama Architects
他にどのようなプロジェクトを手掛けていますか?
高濱:今年中にはいくつか竣工するものもあります。1つは前橋市の貸店舗の建物です。更地に計画した平屋建ての建物で、正面をぐっと抑え、ずらりと開口部が並び、それとほぼ同じプロポーションでトップライトがあります。この地域にとってスパイスとなるような建物をということで、トップライトから光を取り込み空間全体に溜まった光が正面の連窓からアクティビティと共に通りへ漏れだす空間を提案しています。内部にいると、横に抜けているのと斜め上に抜けているところが、ほぼ同じような感覚なので、錯覚というほどでもないのですが少し不思議な空間になっています。
前橋貸店舗コンセプト模型 ©+ft+/Fumiko Takahama Architects
2015年のU35 Glass Architecture Competitionで薄さ0.55ミリの化学強化ガラスを使用した作品で最優秀賞を受賞されています。
高濱:「'hana're」という作品ですが、コンペのテーマが「多様な光のあるガラス建築」でした。自分に期待されていること、その機会でしかできないことを考えた時に、まだ建築に使われたことのないガラスを使ってみたいと思いました。枠がないところにガラスがあって、自由な曲率で内外を仕切るというアイデアは、何か未来を感じさせるテーマではないかと挑戦しました。今までにないものをスタディしながら展示に間に合うよう実寸大でカタチにしていくというのは、とてもスリルのある貴重な体験をさせていただいたと思っています。そういうチャレンジは、ずっと続けていきたいなと、その機会を通じてさらに強く思いました。
AGC studio「多様な光のあるガラス建築展」(2016年) における原寸大展示
AGCガラスコンペ(原寸大ガラス曲率図) ©+ft+/Fumiko Takahama Architects
AGCガラスコンペ(U35 Glass Architecture Competition, 2015)応募パネル ©+ft+/Fumiko Takahama Architects
最終的にすべての責任を負うが、コントロールしすぎることなく、チームのメンバーひとりひとりに責任を与え信頼を示して、スタッフのやる気を上手に引き出すというリーダー像が理想と書かれています。それはスタッフのフォロアーシップ力を引き出す新しいリーダー像だと思います。ご自身もそういうリーダーを目指していらっしゃいますか?
高濱:そうですね。難しさも感じつつ、トップダウンではないあり方というのは、今後も目指していきたい姿です。スタッフに対しても、自分としてはフラットな関係を意識していて、おのおのが考えて意見を交換できる関係であって欲しいし、自分も聞く耳を持ち続けたいと思っていて、それはスイスで自分が体感したことです。理由は分からなくていいから、とにかくボスのやり方を覚えろという、いわゆる師弟関係よりは、それぞれ得意なことを皆が持ち寄って、ひとりだけではできないものをつくる、そういうスタイルを目指したい。見えている景色はそれぞれ違いますから。それがうまく引き出せるオープンな環境にしたい、それはつまり開く力をもつことだと思っています。
インタビュアー
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