新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

所有の境界を消して、異質なものを許容する

第7話

所有の境界を消して、異質なものを許容する

黒川智之 黒川智之建築設計事務所

2019.01.07

現在多くの集合住宅プロジェクトを手掛ける黒川智之さん。建築を開いていく仕組みを考え、所有の境界をできるだけ消していきたいという氏が「建築の寛容性」を語る。

経歴を拝見すると、大手ゼネコン、海外の有名アトリエ、日本の有名アトリエと、3つの異なるタイプの事務所に勤められていますね。

黒川智之(以下、黒川): 学生の頃から独立の意志は固かったのですが、独立前に実務に関する知識を体系的に身に付けたいということで竹中工務店に入りました。その後ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron、以下HdM)、隈研吾建築都市設計事務所(以下、隈事務所)に入所したのは、素材に対する考え方を深めたいという想いからでした。

それぞれで、どういったことを学びましたか?

黒川:竹中工務店での経験は、仕事の進め方から納まりや性能に関する知識に至るまで、現在の自分の実務に関する考えの基礎をつくってくれています。HdMでは、テート・モダンの増築プロジェクトで、およそ20人からなるプロジェクトチームの一員として関わらせてもらいました。僕は天井とコアのデザインを担当していましたが、チームは外装担当、階段デザインの担当など、エレメント別に持ち場が振り分けられ、全体を同時にディベロップしていくという進め方を採用していました。コミュニケーションが非常に重要となりますが、互いに自分の担当エレメントの在り方を主張しながらも、対話を通して様々なエレメントが相補的に展開していくというプロセスが踏まれることで、密度の高い建築がつくり出されていく状況に、非常に心踊らされました。この時の体験は、今の自分の設計の考え方に大きく影響を与えているように思います。
スイスから帰国して隈事務所に入所したのは、同じく素材に対する興味からでしたが、HdMでは素材の問題が他の問題と並列で相補的であったのに対して、隈事務所では、素材の優位性のようなものがありました。入所してすぐに中国の美術館のプロジェクトを担当することになりましたが、プロジェクトが始まったとき、かなり初期の段階でどういった素材をどのように使うかという議論があり、そこから徐々に空間が規定されていくといった経験をしました。そうした経験と隈さんとの会話を通して、素材を建築をつくるという行為における媒体のようなものとして捉える感覚を養うことができた気がします。

黒川さん独自の素材の考え方というのはありますか?

【写真】黒川智之氏

黒川:素材に関して考えていることはいろいろとありますが、独自の考えと問われると、まだそこまでは至っていないというのが正直なところです。実は大学で受けてきた教育の中では、建築を美学の問題として捉えるということはなかったので、表現に直結する素材に関しては、むしろネガティブな印象をもっていました。一方で、学生当時に雑誌でHdMのシグナルボックスを見た時、こんな建築があるのかと衝撃を受け、自分のもっていた価値観とは異なるアプローチがあることを知り、素材に対する興味へと傾いたわけですが、今現在、HdM、隈事務所での経験を通して、素材の一面的な理解から抜け出せたことで、大学で培った価値観を以前より相対化できるようになってきたと思います。素材に対するアプローチは、流通や調達の問題などにも可能性を感じていますし、試行錯誤を重ねながら、これからも自分なりに考えを深めていきたいと思っています。

そういう考え方の中で、ガラスという素材はどのように見ていらっしゃいますか?

黒川:ガラスは長い歴史がある一方で、とても現代的なマテリアルであるという意味で面白い素材だと思っています。ここ渋谷のまちを事務所から見渡すと、ものすごい量のガラスが使われていることを改めて実感します。携帯電話ではありませんが、ガラスを都市鉱山的な資源のようにも感じていて、その活用方法に興味があります。再生には不純物の混入の問題が関わってきますが、活用という視点で考えると、回収率を高める納まりの可能性、あるいは問題を反転させて多少不純物が入っていてもいいじゃないかという価値観でつくれるような建材の可能性にも繋がっていきます。

北千束の集合住宅に興味があるのですが、ご説明いただけますか?

黒川:北千束の集合住宅のオーナーはITベンチャーの代表を務める方で、5、6階のメゾネットがオーナー住戸、1階はオーナーのオフィス、2階が学生向けのシェアハウスで、3、4階は一般賃貸となっています。このオーナーの方がとてもユニークな方で、敷地近くの東京工業大学が母校の方なのですが、彼はここで、シリコンバレーというと大げさですが、企業と大学と地域が理想的な循環サイクルで発展していくようなモデルをつくりたいという想いをもっています。例えば学生たちが校外ラボのような感じで集まったり、レクチャーする場所として利用したり、あるいは住んだりすることによって、自分のビジネスとの間に相互的にいい影響を生みだして欲しいと望んでいて、またそういった関係を地域との間でも同様につくっていきたいという考えをもっています。そうした考えを形にしたのがこの集合住宅ですが、それは、住民同士の関係を断ち切るようなタイプの集合住宅とは大分異なるものです。賃貸住戸の入居者は、基本的にはこのオーナーの考え方に共感してくれる人たちやスタッフで、2階のシェア住戸にもオーナーの営む企業に興味をもつ学生が住んでいます。住民同士がこうしたある種のつながりをもつ中で、例えばバルコニー等は互いのバルコニーが実際行き来できるわけではありませんが、空間的には一つの場所として共有されているようなつくり方をしています。また、シェア住戸ではリビングが共用廊下に対して開かれ、事務所のスタッフが学生のシェアハウスに出入りしやすい環境をつくっていて、実際に日夜ディスカッションが行われていたりします。共用部分の関係のつくり方が、通常の集合住宅とは異なるように思いますが、1階のエントランスホールも、学生や地域の人が集う場所としての設えがされていて、地域の人にとっても学生にとっても、この集合住宅がサードプレイス的な位置づけになっていくことを目指して設計しました。

【写真】北千束の集合住宅 東京都大田区 2015年

北千束の集合住宅 東京都大田区 2015年
写真:Takumi Ota

【写真】北千束の集合住宅 東京都大田区 2015年

北千束の集合住宅 東京都大田区 2015年
写真:Takumi Ota

最新のプロジェクトについて教えてください。

黒川:3つの集合住宅のプロジェクトが進行中です。いずれも、事業目的の賃貸集合住宅で、北千束のプロジェクトとは少し趣旨が異なります。1つは敷地が大岡山で、先の北千束の集合住宅のすぐ近くの場所で工事が進んでいます。間口が約6mと非常に狭く奥行きが長いという、都内によくあるタイプの敷地形状なのですが、こうした奥行きが長く間口の狭い敷地においては、さらにそれを分割するような建ち方が一般的です。非常に窮屈そうな印象を生みますが、東京都の安全条例上、道路に対する優位性が高いため、そうした傾向が強くならざるを得ません。ここでは、裏の区有地を避難経路として認めてもらうよう区と協議を行うことで、優位性のバランスを改善し、間口の広い住戸ボリュームが南北にずれながら線状に連なる構成を実現させています。2つの住戸が共用廊下を挟んで土間を介して繋がるような計画としていますが、このセットを2つ、コの字でかみ合わせ、敷地に2本の通り土間が貫通するような計画としています。通り土間によって、通風・採光が確保され、敷地の奥行が感じられるつくりとなっています。

【写真】大岡山の集合住宅(進行中)

大岡山の集合住宅
(進行中)

先ほどの集合住宅もそうですが、中間領域を活かす設計ということでしょうか?

黒川:そういうことに近いと思います。設計するときに、ここからここまでがあなたの領域ですよという、制度的な所有の境界みたいなものをできるだけ消していきたいという思いがあります。自分の所属とは違うものが同時に存在する状況をつくっていきたいと考えていて、この集合住宅ではそれを通り土間を介して実現しています。ここは北千束のプロジェクトと違って入居者がどういう人であるかは特定できませんが、自分以外の存在に関わりを持つ場所を求める人は意外と多いのではないかと思っています。そうした価値観を持つ人に対して、建築を開いていく仕組み、枠組みを用意しておきたいと考えました。集まって住む意味というか、そこで起こりうること、可能性をつぶさないでおくというのが大事なのではないかと思っています。先ほどの所有の境界を消していくということや、自分とは異なるもの、異質なものを許容する、あるいは関与するということを是としているので、そういう意味では建築に寛容性が必要であるという価値観をベースにしているような気がします。

【写真】東玉川の集合住宅(進行中)

東玉川の集合住宅
(進行中)

他の現在進行中の集合住宅はどのようなプロジェクトですか?

黒川:最近始まったばかりのものが1つと、もう1つは東玉川の方でもうすぐ着工をむかえるプロジェクトとなります。東玉川の集合住宅では、大岡山プロジェクトの通り土間的なアイデアをもう少し違った形で実現しています。共同住宅は、やはり共用部と住戸部の分節がとても強い。ドアを開けたら完全にプライベートで、その先に付属するバルコニーがある。そういった関係図式を壊したいなと。東玉川のプロジェクトでは、住戸内にセミパブリックというか、共用部に対して開かれる場所を設けていて、そのセミパブリックな場所を介して、共用廊下とバルコニーがつながっています。こうすることで生活の場に階調性のようなものが生まれます。住戸内のセミパブリック以外の部分は、図としてフロアに点在するようになるので、各フロアで立体的な抜けが生まれ、いろいろな場所でいろいろな状況が起こることが認識される、都市的な様相がつくられるようになるのではと考えています。

設計活動以外の取り組みはありますか?

黒川:スイスから帰国して以来、スイスつながりの交流、ネットワークが広がりつつあるのですが、数年前から日本とスイスの建築文化の交流を促進する協会をつくってはどうかという話があり、有志が集って昨年ようやく協会を発足するに至りました(一般社団法人 日瑞建築文化協会)。協会初の活動ということで、2019年の春にスイスの建築家 Christ & Gantenbeinを招待して展覧会を行う予定です。日本とスイスの建築の相互理解を深めていくためのプラットフォームとして、これからも継続的に活動をしていきたいと考えています。

【写真】黒川智之氏
黒川智之 くろかわ ともゆき / 黒川智之建築設計事務所
1977年神奈川県生まれ。2001年東京工業大学工学部建築学科卒業。2003年東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。同年竹中工務店入社。2008~09年Herzog & de Meuron (文化庁派遣芸術家在外研修員として在籍)。2010〜12年隈研吾建築都市設計事務所。2012年黒川智之建築設計事務所設立。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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