新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

エンジニアリングとは省略の技だ

第13話

エンジニアリングとは省略の技だ

佐藤 淳|佐藤淳構造設計事務所

2019.07.04

構造家の仕事は「省略する技をもってこの構築物はつくっても大丈夫と言うこと」だという佐藤淳さん。その省略の技に通底するのは、おおらかさ、寛容性なのだという。

来年が事務所開設20周年とのことですが、振り返ってみていただけますか?

佐藤淳(以下、佐藤):独立するまで木村俊彦構造設計事務所で活動していたのですが、退所する頃には個人的に仕事の依頼がくるようになり、実際にプロジェクトをいくつか手がけたりしました。独立後は先輩の仕事を手伝ったり、紹介で徐々に仕事が増えていきました。仕事は、発想の連鎖というか、あるプロジェクトで見えた可能性をさらに発展させたいと考えながら、継続的に取り組んできた20年かなと思います。たとえば、メッシュ状の構造の鉄骨のプロジェクトが継続して入ってきたり、木組みの構造では次々と新しい依頼が来て、どんどん複雑化していくとか。最近では、デジタル技術を使って曲面や有機的な形をつくったりするプロジェクトもあります。

この20年で建築家が構造家に求めるものに何か変化はありましたか?

佐藤:力学はもちろんですが、幾何学が複雑化して専門性が高まっているというか、数学、幾何学的な部分も担うようになってきたという印象があります。木組にしても、ファーストスケッチは建築家とのディスカッションから生まれたり、建築家がイメージしているものだったりしますが、そこからこんな幾何学が当てはまりそうだと考え、デジタル技術を使って形状の提案をしたりする。そこは我々の役割が非常に大きいと感じます。それから、これは説明の仕方を間違えると誤解を生むのですが、あの耐震偽装事件以来、安全性に対する責任は、なんとなく構造家が負うものだという空気になってきた。それはそれでいいのですが、建築家自身が、安全性に対する責任は建築家ではなく構造屋にあるとはっきり区別してしまっているような節がたまに感じられる。もちろん、建築家によるのですが、本来そうであってはいけないと思います。もちろん、我々は建築家を全面的にバックアップする立場ですが、だからといって建築家が安全性は構造家の責任だと切り離してしまうのは、チームとして考えると間違っている。そういう風潮はちょっと残念だなと思いますね。それからここ5年くらいのことですが、妙に景気が良いためか、工夫した構造がやりづらくなっています。通常のコストと手間で遜色なくできると考えているのに、我々が工夫した形が少しでも余計な手間がかかりそうに見えてしまうと、施工者が拒否反応を示すようになってきた。そのため、特に若い構造家たちが挑戦したいと思ったことがやりづらい雰囲気になってきています。

最新のプロジェクトをご紹介ください。

佐藤:ちょっと変わったところで、今「アバターエックスプログラム(AVATAR X Program)」というプロジェクトに関わっています。JAXAとANAが中心になって、月にアバターロボットを送り込んで、地球でそれを操作するという研究なのですが、その中に宇宙空間における建設事業があります。その一環で、大分の採掘場跡地にあるクレーター状の土地に建物を浮かせるという実験が行われていて、ニューヨークで活動されている建築家、曽野正之さん(CLOUDS Architecture Office)のアイデアに協力させてもらっています。もともと宇宙開発系は興味があった分野なので感慨深いです。実は最近、軽くて柔らかい構築物を提案してして、それは空に浮かぶ雲のような軽量なボリュームで、壊れるときはムニュっと壊れるという構造です。今はまだワークショップスケールですが、実際の建物にも応用できないか、それを月面基地や火星基地に応用できないかという提案です。というのも、機械系の方が構築物を設計すると、航空機や宇宙船がそうですが、かなり脆性的に壊れるようなものを設計される。そうではなくて、建築の構造の発想から、塑性化してムニュっと壊れるものを提案したわけです。だから一部ダメージを受けたり、デブリのようなものが衝突して、そこだけ壊れても他はまだ大丈夫といった構築物が適応できるんじゃないかと。提案といってもまだレクチャーで話しているだけなのですが、そういう自分がやりたい活動はできている気がしますね。

【写真】アバターエックスプログラム(AVATAR X Program)

アバターエックスプログラム(AVATAR X Program) 写真:佐藤淳、画像提供:佐藤淳構造設計事務所

曽根さんはETFE(熱可塑性フッ素樹脂)フィルムを使う提案をしているようですね。

佐藤:そうですね、ETFEを使いそこに水を吹きかけて凍らせるという提案をしています。ETFEは光の透過性が高い。たとえば火星で植物を育てることを想定して、ETFEで覆われたものを提案しています。実現すればAGCのETFEが火星基地に役立つことになる。僕たちはガラスの溶着もずっと研究していて、まだまだ時間はかかりそうですが、大判のガラスを現場で溶着してシームレスな20mのドームがつくれないかという研究を続けています。実際にそういうドームができたとして、何に使えるかはまだわからないのですが、透明な一枚板のガラスのドームが月面にできたら、ちょっと嬉しい。その実現をめざして研究していますので、AGCさんにはかなりお世話になっています。

佐藤さんの代表作というと何になりますか?

佐藤:一つは鉄骨のメッシュ構造だと思います。細かな材で鉄骨を形成するというもので、その最初の作品が「公立はこだて未来大学研究棟」(設計:山本理顕設計工場)です。同じ構造の耐震壁もあります。あと「ツダ・ジュウイカ」(設計:小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt)で薄鋼板の格子を実現したものもあります。最近では隈研吾さんと一緒に手がけた複雑な木組構造があります。表参道のサニーヒルズなどは、メディアに取り上げられて結構話題になったようです。それから、垂れ屋根、懸垂屋根があります。鋼板や木材を膜構造のように使う工法で、最初に実現したのは、サルハウスさん(株式会社SALHAUS)設計の「群馬県農業技術センター」で、以来すでに4件ほどこの懸垂屋根の建築が完成しています。このあたりが代表的なものかと思います。

鉄骨のメッシュ構造

公立はこだて未来大学研究棟         ツダ・ジュウイカ                                     表参道のサニーヒルズ 写真:佐藤淳
設計:山本理顕設計工場 写真:佐藤淳    設計:小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt 画像提供:佐藤淳構造設計事務所

【写真】群馬県農業技術センター

群馬県農業技術センター 画像提供:佐藤淳構造設計事務所                                       写真:佐藤淳

佐藤さんの構造には、「薄く細く」というイメージがあります。

佐藤:今でもそういう方向性はあって、もともと座屈をコントロールすることに興味をもってやってきた。座屈をコントロールしようとすると、やはり細かい部材で構成することになります。座屈の研究は僕の研究室で今もやっているくらい、まだまだ研究の余地があります。たとえば、全体の座屈というのは検出しやすいのですが、全体が座屈するときに部分部分が果たしてどのくらいの余裕度があるかとかは検出しづらい。今その研究をしているところですが、それができるようになると、より座屈に基づいた形態が生成できるようになる。座屈についてはまだまだやりたいなと思っています。特に金属、鉄に限らず、銅とかアルミなども扱っていますが、そういう金属系の華奢な骨組み、細かな部材で構成したような構築物を追求しています。

大学で教えていらっしゃいますが、最近の学生に何か変化がありましたか?

佐藤:教え始めてまだ8年と日が浅いのですが、研究室は本郷と柏キャンパスにあり、柏の方が本拠地なのですが、柏にも本郷にも部屋と実験設備があるので、半々くらいの割合で利用しています。また、僕の個人設計事務所もあって、そこで打ち合わせをすることもあります。さらに、国内だけでなく海外でもワークショップをする機会が増えていて、相当なフットワークの良さが求められます。活動拠点が複数か所あり、年間4〜5つのワークショップをこなすというノマドな研究室なので、学生はかなり疲弊しています。ただ、みんなそれをわかった上で入ってきていますので、基本的にそういう活動ができる学生たちです。やる気はあるので、少し鍛えると割とスムーズに反応してくれるイメージはあります。ただ、自分が年をとったからか、学生たちがゆとり世代のせいなのか、ちょっと受け身なところがあって、言われなくても自分で発展させるという発想が足りない気がします。ということで、結構ガミガミ怒鳴ったりしていますが、でもそうやって鍛えていくと、院の2年生くらいになると、かなり動けるようになってくるという手応えはあります。

【写真】 天女の羽衣

天女の羽衣 写真:佐藤淳

ワークショップのテーマにどのような変化がありますか?

佐藤:たとえば去年、世界最薄、最軽量の布「天女の羽衣」という素材を使ってどれだけ大きいものがつくれるかを考えたり、それで膜テンセグリティ的にカーボンロッドで突っ張るような構築物をつくるスタジオをしました。これをパリの大学でのワークショップでも使ったところ、パリでは今、環境問題を考えて、建築の教育でも自然素材を使いたいらしく、この布がポリエステルとナイロン製だと言うと、残念そうにしていました。学生たちにとってはとてもいい題材だと喜んではくれましたが、オーガニックな材料でやろうというので、次回はシルクにしようかなと考えているところです。骨組のほうはフランスで結構生産されているラタンになりました。僕がワークショップを企画するときは、実は木材はちょっと避けるようにしていました。なんとなく木材を使って何かつくるというのは、ありがちなイメージがあったからなのですが、その時、木材など自然素材は、今改めて挑戦する意味があるのかなと感じました。そういったワークショップ的活動を始めたのは、大学に着任する少し前の10年くらい前からなのですが、その頃はそれこそラタンや麻紐といった自然素材も使いつつ、手づくり感は良いかもしれないけど、実際の建築との関係性が薄れないか、ワークショップスケールでしかできない構築物というイメージがついてしまうとよくないなと。自然素材を使うとそうなりがちですよね。ワークショップスケールなら魅力的なものがつくれるが、建築スケールではできないものだと思われてはいけない。そこに疑問を抱いていたのですが、それが今になってオーガニックな素材を使う意味があると、少し納得したような感じがしました。

【写真】 ジャスミンのような花柄ガラス

ジャスミンのような花柄ガラス 写真:佐藤淳

ガラスは構造材ではないのですが、構造家から見てガラスはどのような素材なのでしょうか?

佐藤:僕はガラスを構造に使おうとしています。建築家の方々はガラスで本格的に大規模な構造ができるというイメージはあまりおもちではないと思います。これは僕の研究室で取り組んでいるテーマでもあるのですが、曲面でもフラットでもガラスで大きな面をつくるとき、エクボというか、水玉模様に凸凹(デコボコ)をつけると強くなる。硬くもなって座屈にも強くなるのですが、それを一昨年うちの院生が花柄だとさらに効果が高まることを発見しました。それもジャスミンの花のように、互いに入り込むような配置にするとかなり強くなる。薄板は少し波打たせると強くなるのですが、それと組み合わせてもいい。そこでたとえば一枚板のガラスのドームに花柄の凸凹が散りばめられると、まるで桜が咲き誇っているようなドームができるのではないかと。それは溶着した一枚板でなくても、壁でも多面体でも、あるいはパネルの組み合わせでもいい、薄いガラスで強い構造がつくれそうだと思っています。また、ガラスの構造については、他にもステンドガラス構造の提案もしていて、ガラスを本格的に構造に使うことを今後提案していこうと考えています。

なるほど。

佐藤:ガラスはとても扱いにくい材料で、割れると危険ですが、割れるときの挙動がイメージできるようになると扱えるようになる。また、構築物として構成するときは、硬い金属との接触を徹底的に避ければ、かなり扱えるイメージになる。みんなガラスにもっと慣れるべきだと思っていて、ガラスで工夫した構築物をつくっていくチャンスがもっとあっていいと思います。僕の研究室で、スランピングで曲面の試作もしていますが、絶妙に温度管理をして、冷却に時間はかかりますが、せっかく溶かして使えるわけですから、粘土のように自由に扱えるんだという雰囲気が出てくると面白いかなと思っています。要は冷却をすばやくできればかなり扱いやすくなる。それで、まだ想定の段階ですが、レーザーで冷却するという技術があって、学生に調査させています。原子は温度が高いと動きが早い、それをレーザーで原子の動きを止めれば温度が下がることになるはずなんです。実際、レーザーで冷却して絶対零度に近づけるという研究が物理学の分野であるのです。それを応用できれば、すばやく冷却できるのではないかと。なかなか着手できないのですが、そうやっていけば、もっとガラスが自由に扱える日がくると思っています。

いろいろな建築家から相談があると思いますが、考え方が合わなかったりして断ったりすることもあるのでしょうか?

佐藤:木村先生が「建築家というのは常に自らのボキャブラリーをもって空間のことを考えている人たちだから、ちゃんと尊敬して、失礼のないように常にバックアップしていく。それが我々の仕事だ」というようなことをずっとおっしゃっていた。その教えをなんとなく思い描いていて、プロジェクトを引き受けるかどうかは、面白そうだとか、そういうことでは決めていません。

多様性が重要だと言われていますが、多様性を実現するためには寛容性、おおらかさが必要ではないか。この連載のタイトルは、そこからつけたものですが、どうお考えですか?

佐藤:僕が最近よく言うのが「エンジニアリングとは省略の技だ」ということです。プロジェクトは建築に限らず、お金も時間も常に足りない。そのうえ扱っている現象は、すべてが解明されているわけでもないし、やりたいチェックを全部できる時間も予算もない。でも構築物をつくらなければならないから、だれかがこれはつくって大丈夫と言わなければいけない。その技がエンジニアリングなのだということです。すべての現象を研究して、すべての計算をした上でつくるのは、むしろ簡単なことなんです。そうではなくて、省略する技をもってこの構築物はつくって大丈夫と言えることを我々はやっているのだということです。そこに少し寛容性、おおらかさに通ずるところあるかなと思っています。そのおかげで実現させることができる。なんとか工夫して建物も実現させることができる。公共工事も決して潤沢な予算があるわけでもなく、時間的余裕があるわけでもないが、いいチームが構成できて、なおかつ省略の技をもってこれは建てて大丈夫だということができれば、工夫を凝らした建物、構造デザインがちゃんと実現できるわけです。残念ながら、いつもそうなるわけではなく、過剰な責任社会や、審査のシステムの神経質すぎる運用のせいでせっかく省略したところを根ほり葉ほり聞かれて、その技が生きないような社会がちょっとできてしまっていて、残念だなと思うことがあります。そういう中でも、省略の技をうまく機能させることができれば実現できる、そこはこれからも見せていきたいと思っています。

佐藤 淳 さとう じゅん
1970年愛知県生まれ、滋賀県育ち。93年東京大学工学部建築学科卒業。95年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了後、木村俊彦構造設計事務所入社。2000年佐藤淳構造設計事務所設立。国内外の著名な建築家と協働し、構造設計を手がける。主な作品に「公立はこだて未来大学研究棟」「地域資源活用総合交流促進施設」「Sunny Hills Japan」など。東京大学准教授。スタンフォード大学客員教授。構造設計一級建築士。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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