新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

対応力が建築の寛容性、冗長性を担保する

第14話

対応力が建築の寛容性、冗長性を担保する

井手健一郎|rhythmdesign Ltd.(株式会社リズムデザイン)

2019.08.02

「次々と出てくる与件に対して応答可能性の高い建築の型をつくっておく。それが建築の寛容性を支えることになるのではないか」という井手健一郎さんにお話をうかがった。

新作の菊鹿ワイナリー「アイラリッジ」の概要からお聞かせください。

井手健一郎(以下、井手):熊本ワインファーム株式会社という、シャルドネ種の白ワインが有名な会社があります。10年くらい前からかなり評価が高くなってきており、そのブドウをつくっている熊本県山鹿市菊鹿町の新しいシンボルとしてワイナリーの誘致とそれにともなう雇用の創出をめざした、いわゆる第6次産業化を目的とした「菊鹿ワイナリー構想」が立案されました。熊本ワインファームという民間企業が醸造所と葡萄畑をつくり、そこに集客をはかるための交流施設を市が整備するという公民連携のプロジェクトです。5万㎡ある敷地の半分を民間のワイナリーが、半分を山鹿市が受けもつということで、私たちが設計したのは公共の交流施設です(髙木冨士川事務所との協働)。概要は、山鹿市で採れた農作物などを加工して新商品を300点近く開発していて、それを売るためのショップスペースと、ちょっとした食事ができるキッチンスタジオのようなスペース、さらに倉庫とトイレという構成です。このような3つの棟からなる室内空間の面積は300㎡ですが、それらを約700㎡の半屋外空間がつなぎ、その上を1000㎡の屋根が覆っているという建物です。市からの最初の要望は、500㎡の室内空間をつくるということで、そのコストと面積が提示され、運営者はあとから公募するというものでした。私たちとしては、できる限り応答可能性が高いデザインにしたいと思っていたので、建築コストを二分の一にして屋根面積を倍にしようという提案をしたのです。室内面積は300㎡くらいあれば足りそうで、できるだけ建物を引き伸ばして大きな屋根の下の空間をつくっておけば、「その場をどう使うか?」は、実際に建物を使いながら、事後的に考えることができます。10年間「デザイニング」というイベントを主宰してわかったことは、その日の天候には従うしかなく、屋根さえあればなんとかなるな、ということです。そこは今回のテーマ、寛容性に少しリンクするかなとも思っていて、冗長性をどれだけもたせておくかということも考えながらつくったプロジェクトです。



※福岡で2005〜14年にかけて開催された年次デザインイベント「DESIGNING?|デザイニング展」。

菊鹿ワイナリー「アイラリッジ」 熊本県山鹿市 2018年

菊鹿ワイナリー「アイラリッジ」 熊本県山鹿市 2018年
いろいろな方向に折れながら曲がる建築を上空から見る

【写真】半屋外の大きな軒下空間

半屋外の大きな軒下空間
写真:koichi torimura

屋根の建築ですね。

井手:そうですね、複雑な形状の建物が好きなわけではないのですが、やはり象徴的なものをつくって状況を動かさないといけないということもあったので、屋根は、山鹿の伝統工芸品である灯篭から着想を得ています。頭に載せる灯篭で知られる「山鹿灯篭」は実は紙細工で、その折り紙のような状況をモチーフにしようと考えました。また、この敷地からは八方ヶ岳、三国山、相良山といった地域の象徴的な山がきれいに見える。そこで、屋根を折った一番高い棟のラインが、きれいにこの山々を指し示すように設計し、この場所だからこそ実現し得る、地形からあぶり出されたような建築を目指しました。

私はフィフス・ファサード研究会という研究会をつくっています。屋上は5番目のファサードではないかという提案です。屋上や屋根はインターネットの地図検索の航空写真で見られています。また、郊外は違いますが都市部だと高層ビルができ、上からの視線が増えてくる。そういう視点を考えてデザインする必要があるし、ビジネスも考えるべきではないかということです。井手さんは上から見られることを意識してデザインしましたか?

井手:実は「アイラリッジ」を設計している時期に、再春館製薬の体育館「サクラリーナ」の現場が進行していました(キトレペ建築設計事務所との協働)。その体育館は前面道路側から見ると、なぜわざわざこんなに角度を振って建っているんだというくらい傾いた向きに建っている。ここは熊本空港が近い。つまりこの敷地は上空から見下ろされる。空から見下ろされたとき、工場と本社が建っている向きがあるから、地面の形成に揃えるのではなく、上からの視線を意識した全体性をつくる方がいいのではないか。一緒に計画したランドスケープ事務所の方と話していて、そういうことになったのです。これも上空から見たときに折り紙のように見えるか、屋根の収まりはどうかと考えて、最初は軒を薄くするために材料を切り替えたりしていたのですが、ごちゃごちゃしてシンプルじゃなくなる。いろいろ削ぎ落として今の形になりました。

【写真】再春館製薬所体育館「サクラリーナ」 熊本県上益城郡益城町 2017年

再春館製薬所体育館「サクラリーナ」 熊本県上益城郡益城町 2017年
鉄骨上棟時の敷地全体の空撮写真

【写真】アリーナを見る

アリーナを見る

「シップスガーデン」は屋上を活用されていますね。

井手:これはPark-PFI、公民連携のプロジェクトで、明治通り沿いにある、那珂川と薬院新川に挟まれた「水上公園」を再整備するというものです(スピングラス・アーキテクツとの協働)。福岡は中心市街地から海が近いのに、ほとんど水際が意識されていない。この場所は、福岡市中心市街地で「最後の水際」と言われた場所でした。その公園の地下に下水道処理施設をつくることになり、一旦公園を閉鎖してその工事が行われました。その後に公園を再オープンするにあたって、民間活力を活用してにぎわいを創出できるようなプロジェクトの公募がありました。私自身、福岡市内の公園を会場にイベントを開催したこともあったので、そのあたりの事情は知っていたのですが、事業募集なので私たちのような小さな設計事務所にはまったく関係のない話だと思っていました。ところが、「デザイニング」の活動を知っていた西日本鉄道株式会社の担当者の方から連絡があって、小さいがにぎわい創出のための建物を設計してくれないかと依頼されたのです。実は依頼される前に「こうだったらいいのに!」と考えていたことがありました。それは公園ににぎわい創出のための建物を建てることで、無料で入れる公園のスペースを減らすのではなく、にぎわい創出と無料の公園スペースが両立する方法です。建物の屋根が公園の延長として使えて、その下ににぎわい創出のテナントスペースを確保すれば一挙両得、かつ、その先に海が見える、振り返れば中洲が見えるという「水上の丘」のようなアイデアです。それを話すと、面白そうですねと興味をもっていただいた。そこで、公園と建築をトータルでデザインできる建築家の松岡恭子さんと一緒に設計者としてプロポーザルに参加し(事業主は西日本鉄道)、福岡市によって選定されたという経緯です。

【写真】SHIP’S GARDEN(福岡市水上公園休養施設)2016年

SHIP’S GARDEN(福岡市水上公園休養施設)2016年
CGスケッチ:rhythmdesign

 

ファサードはガラスのカーテンウォールですね。

井手:ガラス芯と柱芯を300mm離し、ファサードを構造から切り離してフリーにしました。つまり、構造としてはちゃんと完成していて、窓だった部分を壁にするとか、壁だった部分を開口にするとかはいかようにでも、建築の工事が始まった後でもできるようにしました。とても厳しい工程の中で、様々に生まれる与件に対し応答可能な構成とすることで、工事進行中でも「建物へのメインの出入口を変更する」など、比較的大きな設計変更も許容できるように考えました。

【写真】SHIP’S GARDEN

SHIP’S GARDEN
海側より見る

 

そのほかのプロジェクトをご紹介ください。

井手:独立して15年が経過しましたが、私たちの活動は「デザイニング期|2004〜2014春までの最初の10年間」と「デザイニング活動休止後の2014〜2019年春までの5年間」に分けることができます。「建築家が建築をつくることは当たり前、それ以外のものを積極的にデザインしよう」と「コトづくり」を主体として活動していた10年間と、「建築として地面に定着するものをつくろう」と「モノづくり」に軸足をおいて活動した5年間です。
この5年間は、水上公園や「サクラリーナ」、「アイラリッジ」など、公共的な意味合いの強い建物をつくってきました。それでわかったのは、モノだけつくっていてもやはりダメなんだということです。つまり、そこで体験する時間の質は、運営やサービスに直結するわけで、そこまで責任をもてるものでない限り、なかなか設計者の想像を超えるようには使ってもらえない。だから今はモノとコトを同時にデザインし関われるものをやっていこうと思い、試行錯誤しています。その第一弾と呼べるかなと思っているものが瀬戸内国際芸術祭2019の春会期に併せて、独自に展開したプロジェクト「MEGIJIMA FOOD CAMP(女木島フードキャンプ)」です。
きっかけは、芸術祭に併せて地元の人間でも何かできないか?という相談を高松の方たちからの受けたことでした。そこで、私たちは地元の建築科の学生たちを巻き込んでハード面で仮設構造物をつくり、ソフト面ではコンテンツを提供できるチームが参加するという仕組みづくりを提案したところ、市と県にも説明に行きましょうと。それで、市の担当者、県の担当者に説明すると、そんなことができるなら是非ということで実現することになりました。仮設構造物は幅2.5m、長さ30mで、構造計算もして2年以内の仮設という条件で解を出したものです。

【写真】MEGIJIMA FOOD CAMP(女木島フードキャンプ)2019年

MEGIJIMA FOOD CAMP(女木島フードキャンプ)2019年

 

それはどこに設営されたのですか?

井手:女木島という、高松港から20分くらいで渡れる島です。そこにカットした材料を運び込み、このためにつくった治具にそって材料を設置し、上から留めれば構造フレームになるという、DIY感覚のシステムです。DIYというと、なんとなく手作り感が残るものですが、ちゃんと計画すれば製品的なディテールをもったものができる。それを自分たちの手でわずか6時間ぐらいという圧倒的な短時間で完成できるというのは、学生たちにとっては面白い体験になったようです。屋根も30分ほどで張れます。これがモノづくり編で、ここで何をやったかというと、食事の提供です。瀬戸内国際芸術祭は、宿泊と食事の提供がまだまだ足りていない。そこを助けるようなことをやりたいというのは、もともと地元の人たちが考えていたことでした。(事業主体 株式会社イーストと協働)

どのような食事ですか?

井手:女木島には、実は和食で有名な料理人がいらして、彼に惚れこんだ人たちが徳島の神山町で農作物をつくったりしています。彼らがソフト面で協力をしてくれていて、女木島の食材が半分、徳島神山町の食材を半分使った料理を提供する。要はその日のためだけに設えられた場所で、その日のためだけに用意された料理を、その日のために集まった人と食べるという企画です。このプロジェクトは今、女木島のほかに山口県の角島でも展開していて、さらに同じチームで日本の食とデザイン、商品を海外の市場(いちば)に出していこうと、完全に「木」しか使用しない日本古来の構造方式を採用した約100㎡の建築を設計しているところです。使い回し(解体後フラットパックにして他国へ輸送する)を前提に、木製の込栓(こみせん)だけで接合できて、圧倒的な速さで立ち上がる構造物で、2019年の8月にフランクフルトでデビューする予定です。フランクフルトの後はシャモニ(フランス)、その後マルタ(イタリア)に行くことになっています。

【写真】FURNITURE HOUSE PROJECT コンセプト模型 2019年

FURNITURE HOUSE PROJECT コンセプト模型 2019年
写真:rhythmdesign

 

それが「デザイニング」に代わる新しい活動なんですね。

井手:そうですね、建築とは別軸で考えています、建築はやはり、とても手続きが多いし、簡単には建たない。どこかに自分たちでも簡単につくれるんだという領域と方法論は、オルタナティブとしてもっていたい、それは父が大工だったという原風景があってのことだと思うのですが、そういうことは積極的に取り組んでいきたいと思っています。
デザイニングについては客観的に見るとやめられてよかったなというのが実感としてあります。終えてみて初めて10年間続いたものの価値に気づいたというか、あの活動は素晴らしかったと言ってくれる方たちが、ごく少数でもいらっしゃった。たとえば、本業をやりながらイベントを10年間続けることの大変さを理解していただいていたり、都市の文化の芽を育てるためには、あのような年次イベントの活動が必要だったんじゃないかとおっしゃってくださったり。今、そういう方たちにいろいろなネットワークをつないでいただいて、「ファクト」という活動を展開しています。要は文化を育む都市でなければ、都市は生き残れない、だから文化を育むための芽を育てなければいけないということで、そのために年次イベントをまた始めようと誘っていただいています。



※博多人形師の中村弘峰さんがプロデューサーを務め、井手は建築デザインのディレクターとして参画。

そういうイベントは、東京のように都市の規模が大きいと人とつながるのがなかなか難しいし、逆に小さすぎると関係が見えすぎて動きづらい。福岡くらいがちょうどいいのかもしれません。

井手:そうですね、適度な規模感とかなり大陸的な雰囲気、オープンなマインドがあって、新しいことを始めやすいまちですね。頑張っている若い人たちを面白がる大人たちもいます。最近、和菓子屋さん、薬局など、地元で115年くらい続いている企業と継続的に仕事をする機会があり、いろいろ話を聞いていくと、社内に建築家やデザイナーといった作り手の立場を守る体制があるんです。それはすごいなと思って、そういう人たちがいたからこそ自分たちは仕事ができている。福岡にはニック(NIC:西鉄岩田屋カンパニー)という、日本で初めてインテリアをビジネスにした会社がありました。建築家の葉祥栄さんや世界的な家具コレクター永井敬二さんなど、みなさんニックとかかわりがあった。経済が軸足の方、あるいは都市が軸足の方と話すと、福岡は運がよかった、労せずしてこうなったという人がいますが、私はそうじゃないと思っています。

5年前にフォロワーシップデザインというテーマのフォーラムを企画しました。これからはリーダーシップとフォロワーシップの関係の中で、フォロワーシップを活性化させるデザインがいいのではないかと思っています。

井手:隈研吾さんが以前雑誌の中でおっしゃっていたことなのですが、今どれだけいいものをつくろうと思っていても、プロジェクトのスケジュールはどんどん短くなり、かつ新たな与件がどんどん増えていく。話せば話すほど与件が整理されるのではなく増えていく時代だと。まさしくそうだなと思って、水上公園を計画しているときもそうでした。スケジュールがない中で形にしないといけない。そうなったとき、いかに応答可能であるかということが、建築の冗長性とか寛容性みたいなことを担保するには大事なのではないかと思っていました。水上公園では、設計段階では2階のテナントも決まっていませんでしたし、工事着工した後に当初想定した入口の位置まで変わりました。そういうことが起こるだろうということを想定して設計しておいた方がいいだろうと。「水上の丘」であることは担保しつつ、そうやって新たな与件に対して応答可能な建築の型をつくっておけばいいのではないか、それに応えることが建築の寛容性とか冗長性を支えることになるのではないかと思って設計をしています。また応答可能な建築の型さえ守っていれば建築を通して実現しようとしたビジョンが大きく崩れることはない。新たな与件が増え続けるということは、やりたいことがみなさんの中に潜在化してあることの裏返し。フォロワーシップの話では、そこがとても大事だなと思うのです。いくらリーダーがやるぞと言ったところで、フォロワーの意識が顕在化しない限り対話が生まれない。そのような潜在化した情報を顕在化させる方法論と、それをできるだけ取りこぼさずに 定着できるような応答可能な型が、新しい建築のおおらかさに不可欠だと思うのです。

【写真】井手健一郎氏
井手健一郎 いで けんいちろう
1978 年福岡県生まれ。2000 年に福岡大学工学部建築学科を卒業後、渡欧。1年間で西ヨーロッパを中心に 14 カ国 97 都市を訪れる。帰国後、2004 年に自身の事務所「rhythmdesign|リズムデザイン」設立(2016 年に改組し法人化)。以降、「Think, seamless|翻訳的に思考する」ことをベースに、国内外で建築設計やインテリアデザイン、リノベート、リサーチなどのプロジェクトを手がける。「デザインが街を変える」 をキーワードに、2005 年より毎春開催した福岡のデザインエキシビジョン「 DESIGNING?|デザイニング展 」では企画・プロデュースを務める(アッシュ・ペー・フランス/馬場雅人、14sd/林洋介と共同主宰)。2015年には10年の功績が評価され「第26回福岡市都市景観賞|活動賞」を受賞。 2016 年夏に竣工した「SHIP’S GARDEN(福岡市水上公園休養施設)」では、 公園と建築屋上が一体的に利用できるよう計画された形態が高く評価され、「第 29 回 福岡県美しいまちづくり建築賞大賞(一般建築の部)」および「第 27 回 福岡市都市景観賞 大賞」を同時受賞。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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