新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

地球環境の多様性を取り戻す建築

第15話

地球環境の多様性を取り戻す建築

武田清明|株式会社武田清明建築設計事務所

2019.09.02

土を使った空間に取り憑かれているという武田清明さん。「人間だけでなく全ての生き物がいきいきと住まえる環境・建築」を語る。

はじめに、2018年のSDレビュー鹿島賞を受賞された「6つの小さな離れの家」について、ご説明いただけますか?

武田清明(以下、武田):高齢夫婦には広すぎる家を、母屋と6つの離れに再構成するというプロジェクトです。離れと言っても、人が一人入れるくらいの家具のような小さな空間で、それが敷地内にばらばらと6つ配置されています。敷地内には、井戸や防空壕、室(むろ)など、先代が地下を掘ってつくった空間が、まるで発掘現場のように残っていて、お施主さんからの要望は、それらを活かして欲しいということでした。ただ、長年、換気や採光がない状態で使われていなかったため、実見したときは白カビだらけ。人為的な空間というよりは洞窟のような生々しい空間でした。

【写真】室(むろ)を活用した「温室の離れ」

6つの小さな離れの家 長野県 2018年
室(むろ)を活用した「温室の離れ」
写真:Masaki Hamada (kkpo)

 

魅力的だったのが地中熱で、地下空間が年中一定の温度で保たれるというのは利用できると思いました。たとえば「温室の離れ」は、もともとは野菜など食料の保存庫としてつくられたもので、出入りする蓋が一つだけあり、スラブで閉ざされていました。そのスラブを全部撤去して、ガラスの上屋をつけ、地中熱は逃げないように一定の気密性を保ちながら光を通す温室にしています。冬場母屋の縁側がお施主さんの趣味の観葉植物で埋め尽くされるのをなんとかしたいという要望があり計画しました。もうひとつ、防空壕だった地下空間にもガラスの上屋をつけています。ここは、地中熱を利用して、お施主さんが先代からずっと引き継いできたワインを保管するワインセラーにして、白カビ退治のための環境装置としてガラスを使っています。二面開口で風は常時通すが雨は落ちないようになっています。「井戸の離れ」も茂みに覆われたところに蓋がされた状態で、やはりカビだらけだったため、ガラスの上屋を周りの樹木より高くして透明な光のチューブのような状況をつくって、天空光が必ずこの井戸に落ちるようにしています。ここも、風と光は通すが雨は通さないようにしています。このように、既存の地下空間の問題をガラスで解決しながら、増築、減築、改築を組み合わせたプロジェクトでした。

様々なガラスの上屋をつくったのですね。

武田:ガラスの効果というのは多様で、光は通し雨は通さないが熱は重ね方で出入りを調整でき、環境を自由に制御するものとして使えます。たとえば、上屋をソリッドな屋根・壁でつくってしまうと、やはりカビが発生してしまう。ガラスの透明性は、視覚的な透明性だけでなく、周囲に影を落とさず、地下に光を落とし続ける環境装置となりうると考えました。光や温度など、それぞれ特殊な状況に応じて適した環境をつくるとき、ガラスは非常に効果的でした。住宅では気密性が重要視されますが、ここではあまり重要ではないので、ペアガラスではなく単板ガラスを使っています。

進行中のプロジェクトについて紹介していただけますか?

武田:石神井公園近くに実施設計中の鶴岡邸があります。新築ですがやはり土がテーマです。敷地の目の前に石神井池があります。このあたりは昔から武蔵野三大湧水池の一つとして知られるところです。現在更地のこの敷地の下にもきっと地下水が流れている。雨が降れば土に水が染み込み、それが地下水とつながって池に戻るはずですが、ここに建物が建つと、その自然の水のサイクルが途切れてしまう。それを生かしたまま建築することはできないかと考え、縦の水脈を生みだす土のコアのようなものを建築で提案しています。また、屋上緑化する場合、普通200ミリくらいで植栽可能ですが、それをあえて900ミリくらいある深いところもつくり、もう少し高い中木くらいまで生きられるようにして、自然が勝手に自生しやすい大地としての可能性を高めています。鳥が糞をしてその中の種が発芽して新たな植栽が加わってもよい。そんな可能性の大地が浮かんでいるような状態で、その下にアール形状で土にくるまれたような人間の住空間があるという構成をとっています。

構造はRCですか?

武田:土を受けるアール形状のスラブは120㎜厚のRCですが、基本的にはS造です。重い土の荷重をスレンダーな100×100の鉄の無垢柱で支え、大地が浮かんだ状態をイメージしています。積みあがった大地に雨が降るとその水は土のコアを介して地下へ戻っていくわけです。なぜこんな提案をしているかというと、内部の住空間にも大きなメリットが期待できると思ったからです。ここでは土を掘るのではなく、逆に土を上にもち上げ、水分を保った土の安定した温熱環境を活かした洞窟のような快適な空間で人間が暮らせます。洞窟というとやや野生的すぎますが、機械空調だけでは生みだせない新しい気持ちよさがそこにはあるような気がしています。一般的には基礎の下に断熱材を入れるのですが、あえて設けず、夏、ひんやりした土の温度を断熱で遮らずそのまま使います。ただ、そうすると冬場が問題になりますが、それを改善するためにスラブと土を床暖する、つまり土を蓄熱体として利用し、じんわりと柔らかく空間を温める方式を採用しています。

【写真】鶴岡邸 東京都練馬区 2020年6月竣工予定

鶴岡邸 東京都練馬区 2020年6月竣工予定
断面パース:多様な樹種が生息可能な植物の住環境と、土にくるまれた人間の住空間を同時につくる。

【写真】鶴岡邸 東京都練馬区 2020年6月竣工予定

鶴岡邸 東京都練馬区 2020年6月竣工予定
内観:コンクリート表面を洗い出し、小さな砕石で内観と外観をつくる。
 

やはり土にこだわっていますね。

武田:そうですね。僕の事務所では断面図を大事にしています。平面図で建築を平らにカットすることでは、自然との関わりがそこに見えてこない。一方、断面図は基礎の下に必ず土があることを気付かせてくれて、建築と土の接点というか、そこに空間的な関係をどうしてももちたくなってくる。断面図を描いているとその欲求が出てくるのです。「6つの小さな離れの家」の土を掘り込んでできた空間、そこに機械ではつくれない気持ちよさ、エネルギーが発生するということに気付かされ、土を使った空間に結構取り憑かれています。今いろいろ取り組んでいるのですが、新築で土をエネルギーとして使う方法が何かないか、それを試みたのがこの住宅です。

【写真】三石邸 東京都世田谷区 2020年1月竣工予定

三石邸 東京都世田谷区 2020年1月竣工予定
自然の地形勾配にできるだけ沿うように土を小刻みに削り、踊り場のような小さな居場所が段状に連なるように敷地を整備すると、敷地内に小さな擁壁がたくさん立ちあらわれる。擁壁はその背後で土に面しているので、それを内部化すれば安定した温熱環境が住空間に取り込めるかもしれないと思い、下半分が土に食い込んだ擁壁空間、上半分が木造空間という一体の二層構成にした。木造とコンクリートが立体的に絡み合い、構造が強くなるという工法を提案している。
写真:Masaki Hamada (kkpo)

 

住宅以外のプロジェクトもありますか。

武田:グループホームと集合住宅の機能をもつ建物が進行中です。お施主さんは、障害をもつ娘さんが生き生きと暮らす場所を計画したいと考え、このプロジェクトが始まりました。その娘さん、寝返りが難しく毎日天井を見て過ごす状態で、壁の窓から風景を楽しむということが困難なのです。また住居が密集した周辺環境によって、窓をつくっても風景を楽しむことができません。お施主さんからは、その娘さんのために、毎日見上げる天井だけはいい素材にしてくださいという要望があり、それがこの空間のコンセプトのヒントとなりました。日々移り変わる光の流れが感じられる生活、たとえば朝日はちょっと青白い光であることに気付いたり、夕方になると赤い夕陽で時間が感覚的に分かったり、天井を見上げるたびに外部環境が感じとれる暮らしが提供できたらなと考えました。そこで、通常ブラックボックス化される天井懐空間を360度光で満ちるように開放し天井を半透明素材のFRPとしました。また、天井懐は南から段々と北へ下がるようにガタガタと一周連続した立面となっていて、各方角の太陽高度や隣地建物の高さなどの微細な光環境に反応し、日が昇り日が落ちるまでの移ろいすべてを内部に取り込める大らかな構成にしました。

【写真】池上のグループホーム 東京都大田区 計画中

池上のグループホーム 東京都大田区 計画中
外観パース:開放的な天井懐をもった外観。太陽高度や周囲の建物高さを考慮し、一日の光の流れが連続的に取り込める断面構成。

 

空調と照明などの設備はどのように収めていますか?

武田:天井が透けて見える居住スペースの上部は、ダクトなどが出ないように設計しています。居室と非居室の配置を1、2階で整理し、設備が非居室上部で配置されるよう計画しています。とはいっても基本的に天井内にはたくさん木材がスケルトンの状態で入り組んでいます。梁やトラス、柱などの太さをもった構造材だけでなく、天井を吊るか細い木材などもルーバーのように光を拡散させる機能ととらえピッチや配置を調整しています。自然光の強い日差しを、天井懐を通して柔らかい光に変換するフィルタースペースとし、天井懐を単にオープンにしたというだけではないこれまでにない高解像度で天井設計をしています。

【写真】池上のグループホーム 東京都大田区 計画中

池上のグループホーム 東京都大田区 計画中
内観パース:天井懐を見上げる。一日の光の色の移ろいが生活の中で感じられる内部空間。

 

このプロジェクトで目指しているものは何でしょうか?

武田:人間にとって一番必要なもの、その根本は自然だと思っていて、自然がこれまでにない新しいかたちで介入する大らかな内部空間をつくろうと考えています。近代建築は、自然を排除するところから始まった。たとえばコルビュジエのサヴォア邸は、ピロティで建築を持ち上げ自然の大地から切り離すところから始まる。自然という得体のしれないものから一回切り離す方が楽だし、自由度が増すからだと思います。僕は今、もう一度その複雑な自然というものに接続するような建築のあり方を目指していて、近代で自然というものがコントロールできないやっかいなものとして取り扱われてきたのに対し、それを豊かさ、気持ちよさ、多様さとして新しく捉えられるのが現代だと思っています。

積極的に自然環境の様々なものを使おうという考え方ですが、それだけではないようにも感じます。

武田:今まで建築は、外周ぎわでパッシブを解いてきたというか、それが内部空間とか構成の改変にまでは至っていなかったと思います。だから、庇やガラスのカーテンウォールの提案に終始することがほとんど。地下を使ったクールチューブであっても、建築の骨格には何ら影響はなく、設備を付属させたような提案が多かった。これまでのパッシブ建築が個人的につまらなかったのは、体験的でなく数値的なものを根拠にしてきたところ、外周部の小手先で処理してきたところがあるからです。外部環境に対する対応を内部構成に至るまで、できるだけダイレクトに受け入れることができれば、新しい現代的なパッシブ建築が生まれてくるのではないかと思いながら取り組んでいます。

自然に勝ってもいけないけど、負けてもいけない・・・

武田:そうですね、重要なのがそのバランスだと思うのですが、どちらかというと人間は今まで自然や環境を排除あるいはコントロールしようとし過ぎてきたのかもしれません。その負荷が環境問題として現れているわけです。今ある自然環境を大きく変えずに、地球の一部で住まわせてもらっているという謙虚さで、人、植物、その他の生物が、対立でも保護でもなく対等に地球上で自生しているという関係に立ち戻ったうえで建築を始めたい。建築にいろいろなものが自生できる可能性を増大させれば、それらを排除するよりもよっぽど人間にとって快適なはずで、その新しい関係性を建築でつくりたいと考えています。人だけでなく全ての生き物がいきいきと住まえる環境・建築が、今僕が目指しているものだと感じています。勝ってもいけないけど、負けてもいけないですね。

物質と情報の境界があいまいになっているとも言われています。

武田:そういう意味では僕ははっきりと物質の建築をつくりたいと思っています。鶴岡邸は、構造であり仕上げでもある壁やスラブを洗い出しコンクリートによってセメント内部の砕石を露出させた表情にしています。人間にとってはたかが手触りをつくる程度のテクスチャーにすぎませんが、表面にたった5㎜厚の凹凸ができるだけで、小さな生物にとって微細な日陰の空間になったり、ツタなどの植物にとっては砕石の隙間に水分がたまり自生しやすい環境となったり、建築に他生物までが住まいうる大きな可能性をもち始めます。情報は人間同士のコミュニケーションしか生まないですが、物質では他の生物とのコミュニケーションが可能です。物質を人間以外のものさしでもとらえなおし、地球環境の多様性を取り戻す建築を創っていきたいです。

【写真】武田清明氏
武田清明 たけだ きよあき
1982年神奈川県生まれ。2007年イーストロンドン大学大学院修了。2008~18年隈研吾建築都市設計事務所勤務、同事務所設計室長歴任。2018年武田清明建築設計事務所設立。2019年「6つの小さな離れの家」でSDレビュー2018鹿島賞を受賞。2019年~千葉工業大学非常勤講師

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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