新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

すべてをフラットに扱うことから生まれるおおらかな建築

第16話

すべてをフラットに扱うことから生まれるおおらかな建築

渡辺隆|渡辺隆建築設計事務所

2019.10.01

公共建築物の入札に積極的に取り組んできた渡辺隆さん。「良い建物の強度とは、デザインだけでなく信頼、信頼からくる確かさでもあって、そのバランスが重要なのだ」という。

豊岡中央交流センターが、現時点での代表作ですか。

渡辺隆(以下、渡辺):新築の公共建築の足がかりとしてなんとしてもこのチャンスはつかみたいという意気込みで受注したのが「豊岡中央交流センター」でした。磐田市は比較的規模の小さな自治体で設計事務所も少ないため、多くの設計業務が市内やその周辺の設計事務所に向けて制限付き一般競争入札で発注されています。「制限」は特殊な用途や大規模でない限り、設計事務所の前年度の年間売り上げが設計料の予定価格を超えていることが唯一の条件の場合が多いです。入札参加資格の申請は、磐田市の場合、事務所を開設して2年経つと出せるので、我々も設立3年目から毎年出していました。当然最初の頃は売り上げが少ないため大きなプロジェクトへの参加は難しく、天井の耐震改修とか、外壁塗装の塗り替え、小規模の耐震補強工事といった小さなものから参加していきました。民間プロジェクトも頑張りつつ公共の経験を積み、徐々に売り上げも上がってきたときにちょうどこのプロジェクトが公告されたのです。幸運なことに、事務所の売り上げが設計料の予定価格をギリギリ超えていて入札に参加できました。

プロジェクトの概要をご説明ください。

渡辺:受注したときに最初に決めたことは、どのような形になるかは別にして、とにかく軒が深くてまっすぐな建物にしようということでした。我々はネームバリューで納得してもらえるような事務所ではないので、まずは、役所にも住民のみなさんにも安心して受け入れてもらえるよう、この地域の特性や感覚にぴったり合ったものを我々の考えに当てはめていこうと。周辺には切妻の工場やビニールハウスや小屋が点在していますし、切妻の大屋根は馴染みのある屋根の形でした。用途は多目的ホール、大小様々な会議室、料理教室もできるような厨房、和室などから成り、いわば大きな公民館のようなものに、さらに子育て支援機能がついているという施設です。もともとはここにバラバラとそういう機能の建物が建っていたのですが、それらを全部取り壊して一体化したわけです。

【写真】豊岡中央交流センター

豊岡中央交流センター 静岡県磐田市 2016年
平面図

【写真】豊岡中央交流センター

豊岡中央交流センター 静岡県磐田市 2016年
写真:長谷川健太

敷地は磐田市北部豊岡地区にある緑豊かな公園(豊岡総合センター)の一画で、建物は全長約100mの切妻屋根のシンプルな構造です。東西に伸びるこの建物の南側には緑地公園が、北側には児童公園やゲートボール場などがあり、普段からまちの人々が様々な目的で行き交うような場所でした。そういう雰囲気はそのまま残そうと思い、今までどおり、南北に通り抜けられる隙間を5か所つくりました。とにかく気にしすぎなくらい逆らわない。そうやっていくことで、だんだん住民の方とも仲良くなって盛り上がっていきました。この建物が全長約100メートルで、あの三十三間堂とほぼ同じ長さということから、ここは「豊岡の三十三間堂」だと言い出す人が出てきたり、とてもいい雰囲気で完成に至ったプロジェクトでした。

【写真】豊岡中央交流センター

豊岡中央交流センター 静岡県磐田市 2016年

 

磐田卓球場ラリーナも入札で受注したプロジェクトですね。

渡辺:入札がコンペやプロポーザルと違うのは、大きなテーマというかスローガンを掲げてアイデアを競うということがないことです。目的はもちろんあるのですが、入札の場合、ある程度長期的なタームの中で予定を立てたものが順次ゆるやかに発注され、ゆるやかにできていく。磐田市は非常にスポーツが盛んで、いろいろなスポーツ施設が充実しているのですが、予約がなかなか取れないということから、施設を整理統合してより住民が利用しやすい環境にしようという計画の一環としてこのラリーナもつくられました。具体的にはここにあったテニスコートが、他所に統合整備され、その跡地に新しいスポーツ施設をつくるという計画です。跡地がそれほど広くないことから卓球場になったという経緯のようです。受注したのがちょうどリオデジャネイロオリンピックの年(2016年)で、磐田市出身の水谷隼選手、伊藤美誠選手の大活躍と重なって、両選手の展示コーナーを増設したり、最終的には発注当初の計画より床面積はかなり大きくなりました。

【写真】磐田卓球場ラリーナ

磐田卓球場ラリーナ 静岡県磐田市 2018年
写真:長谷川健太

 

民間のジュビロ磐田のクラブハウス(Jubilo Clubhouse・Athlete Center)についても概要をお聞かせください。

渡辺:これはコンペで勝ち取ったプロジェクトです。場所はヤマハ発動機の野球チームの元練習グラウンドで、現在はジュビロ磐田のトップチームの練習場になっているところ(ヤマハ大久保グラウンド)です。この練習場の面白いところは、野球場の形状をそのまま残しながらサッカーコートに転用していることです。敷地内にはすでにトップチームのクラブハウスがあり、今回つくったのはユースのためのクラブハウスです。今は退任されていますが、当時ゼネラルマネージャーだった加藤久さんがヨーロッパを回って、ユースのための施設を充実させることでクラブチームは強くなる、スカウティングのためにも是非必要だと説かれたことから計画されたものとうかがっています。指定された建設地はかなり特殊で、野球場時代の芝生外野席にあたる斜面です。この敷地をどう使うか考えて我々が出した解答は、斜面と外野席のカーブをそのまま素直にかたどったような形状の建物でした。野球場という変形地に練習見学席やクラブハウスなど、その都度いろいろつくってきているため、選手とファンの動線の仕分けなど、セキュリティ面で難しいところもありましたが、我々が目指したのは、ユースの選手がトップチームの練習をいつでも間近で見られるような形にしようということでした。まっすぐだと、どうしても部屋によって練習場との距離感が違ってくるので、できるだけ練習場に寄り添わせた形にしたわけです。1階はRC造で、斜面に基礎と一体化したような構造になっていて、2階はその上に木造の在来工法でつくりました。用途上、小割りの部屋が並んだ構成になり、大スパンはないからできた構造ですが、これによってコストもかなり抑えることができました。

【写真】Jubilo Clubhouse・Athlete Center

Jubilo Clubhouse・Athlete Center 静岡県磐田市 2017年
写真左:長谷川健太

 

どのプロジェクトも低層で大地とつながっているという印象です。

渡辺:3つの建物はどれも緑豊かな大きな公園の中にあって、建ぺい率は目一杯建てても10〜20%いかないような敷地の広さがあります。私自身、なるべく地面に近く自然にゆるやかに接続するような建物がいいのではないかと考えていました。「磐田市卓球場ラリーナ」などは、すぐ隣の森が古墳(兜塚古墳)です。そういうこともあって素直に、本当に自然にこうなったという感じです。

【写真】磐田卓球場ラリーナ

磐田卓球場ラリーナ 静岡県磐田市 2018

外装の素材としてのガラスに対してどのようなご意見をおもちですか?

渡辺:カーテンウォールもそうですが、都心に来るとガラスが急に壁になる。我々地方でやっていると地面に接した低い建物が多いので、あまりガラスを素材そのものとして扱ってこなかったなというのが正直なところです。今までの建築では、ガラスをサッシと一体の、外との環境を調整する境目のようなものとして設計してきました。現在、AGCさんに相談しているプロジェクトもそうなのですが、大規模な建物でカーテンウォールのようにガラスを壁として扱う案件が出てきていて、ガラスの使い方がとても難しいなと感じているところです。ガラス面が大きいと、室内環境を整えるのがなかなか至難の技で、そのあたりは自分でもまだ試行錯誤しているところです。ガラスは透明であるということがまず魅力的なのですが、その分非常に扱うのが難しい素材だと思います。

最新作は市立総合病院研修棟ですか?

渡辺:そうです。この総合病院は建設されて約25年経っているのですが、高齢化や患者数の増加により職員も増え、従来のキャパでは職員のための更衣室や食堂といったスペースがとれなくなってきた。そこで、そういう機能だけ外に出して、病院本館の患者さんのためのスペースを精査しようということでコンペが実施されました。25年前に建てられた本館は、当時人気だったタイルが外装材に使用されていて、その後増築された検診センターや腫瘍センターの棟にも、この同じピンク色のタイルや同色の塗装が使われています。提案するにあたって我々は、その流れを継承する案も考えられるけれど、そろそろ断ち切ってもいいのではないか、総合病院とはそもそも最先端の医療の現場であり、もう少し先進性であったり、同時代性があった方がいいのではないかと考えました。とはいえ、調和も大切にしたい。研修棟は3階建てですが、各層で素材を分けて、塊として異質なものを無理やり付けるのではなく、バラバラなものを寄せ集めて覆うことで既存の建物とも馴染ませるようなデザインにしました。ちなみに、私は独立して11年目になりますが、3階建て以上の建物はこれが初めてです。

【写真】磐田市立総合病院研修棟

磐田市立総合病院研修棟 静岡県磐田市 2020年竣工予定

 

一般的なことになりますが、最近はリノベーションやコンバージョンのプロジェクトが多くなっています。リノベーションやコンバージョンは基本的にインテリアですから、建築の「形」をつくる機会は少なくなっていると感じています。

渡辺:仕事がないと言っている人たちは、どこかにいいプロジェクト、自分がやるべき仕事はないかと選んでいると思うのです。しかし、日々発注される案件でできることはたくさんあります。入札もそうですが、企業がなにげなく発注してなんとなくつくられる工場とか、いろいろある。そういうものから少しずつよくしていくことも大切で、そうして見ると建物を形にするようなチャンスは、実は結構あるのではないかと思っています。プロジェクトごとに軸足をどこに置くか、きちんと適性を読んで設計していけば、どんなことでもやりがいはあると考えています。そうやって社会的信用をしっかり築いていく。良い建物の強度とは、デザインだけでなく信頼、信頼からくる確かさでもあって、そのバランスが重要なのだと思います。案件によって求められるものは変わりますが、我々としては普通なら設計要素に含まれにくいような要素まで含めてすべてを同等に扱って設計していけば、建築はよりおおらかだけれど強度のあるものになっていくのではないかと思います。

なるほど。

渡辺:公共的なプロジェクトの場合、例えば補助金事業は補助金の流れがわかっていないと、あるフェーズまでに概算等の書類や図面を用意しなといけないときに、まだ模型をこねくりまわしていて何もできていないということが起こったりもします。役人の人に言わせたら、経験ないからダメなんだとなるのですが、行政の責任もあると思います。複雑で特殊な行政の仕組みの中で建築をつくることにおいて育てる仕組みがない。例えば若手建築家やアトリエ事務所が小さな案件にたくさん参加できるような仕組みをつくって、そこで行政側が積極的に積算のこと、監理のことなどを一緒にやって若手が育つようにするとか、経験のある事務所と若手事務所を組ませて実施するプロジェクトを何件かに一件はつくるとか、あるいは積算や公共の基準のレクチャーを役所主導でやるとか、教育的な視点ももって取り組んでいかないと、公共のプロジェクトをやる人がいなくなってしまう。魅力的なコンペのときしかやってもらえなくなってしまうと思います。もちろん設計側も努力していかなければならなくて、うちの事務所では、後輩や若手事務所から指名願いの書類の出し方とか聞かれたら教えていますし、機密事項の問題がない範囲で、図面や資料もすべて見せてあげています。そうやって全体としてスキルアップしていかないと、社会的信頼を得られないと思います。

建築のおおらかさについて、どうお考えですか?

渡辺:私たちは建築教育を受けてきて、こうせねばならないという強迫観念のようなものが、どうしても染み付いてしまっています。美学を含めて、そういったものをすべて一旦外して、他の要素とフラットに扱ってみると、それがもしかしたら他の人からみるとおおらかさに見えるかもしれないと考えています。それは、先ほどの「逆らわない」ということなのですが、それが、私が経験してきて今少し手応えを感じている設計事務所の公共性というか、社会からの信頼を構築していくことにつながっていくと思うのです。そういう社会性が身につけば、少しアトリエ的な振る舞いをしても、相手の受け入れ方が全然変わってくると思うのです。雨漏りしようが自分の理想を押し通すというのではなく、もっと地道な経験というか、じわじわとつくっていく方法もあるし、それが決して遠回りだとは思いません。公共建築物の入札などには、その可能性がとてもある。デザインに関わらない屋上防水の改修だとか、エアコン取り付けとかまでありますが、そういう仕事で公共の作法、基準というものを学習しながらやっていけば、自分たちがこうあるべきだという建築を提案したとき、説得力をもって受け入れられていくと思うのです。じわじわとあせらずつくっていく、それがおおらかさなのかなとも思います。

【写真】渡辺隆氏

写真:Haruka Aoki

 
渡辺 隆 わたなべ たかし
1973年静岡県磐田市生まれ。1992年静岡県立磐田南高等学校卒業。1996年金沢工業大学工学部建築学科卒業。1996〜2008年株式会社竹下一級建築士事務所勤務。2008年渡辺隆建築設計事務所設立。2018年〜静岡理工科大学工学部建築学科非常勤講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

一覧に戻る