新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

おおらかさとは「境界をつくらないこと」

第17話

おおらかさとは「境界をつくらないこと」

高池葉子|高池葉子建築設計事務所

2019.11.01

伊東豊雄氏のもとで「みんなの家」プロジェクトに奔走した高池葉子さん。「都市と地方、建築の内部と外部、機能があるところとないところ、そういう境界をなくすことでおおらかさが生まれるのではないか」という。

2015年に独立されていますね。

高池葉子(以下、高池):伊東豊雄建築設計事務所時代は国内のいろいろなプロジェクトを担当させていただきました。個人的にいちばん建築の考え方として影響を受けたのは、2011年の東日本大震災のときに担当させてもらった「みんなの家」というプロジェクトでした。伊東さんと一緒に何度も東北を訪れ、それまでとまったく違う形で建築に向き合いました。独立当初は何も仕事がなかったのですが、東北に通っていた頃に知り合った方から、築90年の古民家を改修してホースセラピーの拠点をつくるという計画を聞き、ボランティアで手伝うよといって設計したのが「馬と暮らす曲がり家」でした。これが終わってから少しずつお仕事の話をいただけるようになりました。

【写真】目黒八雲の長屋 東京都目黒区 2018年

目黒八雲の長屋 東京都目黒区 2018年
写真:Kai Nakamura

その次に手がけられたのが目黒八雲の長屋でしょうか?

高池:「曲がり家」の後にリノベーションが1件、その次に手がけたのが目黒八雲の長屋で、これが独立後初の建築作品となりました。立地が閑静な高級住宅街で、小割りにされず比較的大きな区画のまま戸建てが並んでいるような場所です。隣地には昔ながらの素晴らしいマンションがあって、庭も立派で木が生い茂っている。このような周りの住宅のスケールに合わせるような形で3棟構成にしました。クライアントは不動産屋さんで、要望はできる限り戸数を多くしたいということでした。要は経済効率優先ということなのですが、ただ単に小割りにするだけだと住環境としては貧しくなるので、開口部を最大限広くとったり、上下の抜けをつくったりすることで、狭いけれど広がりが感じられるような住戸にしています。また、プライバシーの問題や入居者それぞれのライフスタイルなどもろもろ考えて、外周部にぐるっと縁側と呼ぶスペースを設け、こちらを緩衝帯というか中間領域のような空間として設定し、よりよい住環境を目指しました。実はつい先日、用事があって2年振りに見に行ったのですが、お子さんのいる家があったり、猫がごろごろしていたりと、とてもいい雰囲気で嬉しくなりました。

集合住宅のテーマのひとつは「集まって住む」ことだと思いますが、そのことはどう考えましたか?

高池:各住戸面積はかなりコンパクトです。そういう環境で入居者が積極的に関わりをもちたいと思うかというと、多分なかなか難しいのかなと思いました。そこで、プライバシーは確保しながら、お互いを垣間見たり、感じたりという関係性をコントロールできるような形にしようと考えたのが先ほどの縁側空間です。縁側と各居室の間には、カーテン状の建具があって、ここを開閉することで外との繋がり方を変えることができる。オープンにしたい人はここを開け放てばいい。実際、先日訪れたときも、住戸によってその使い方は様々でした。ペット可のようで、路地で飼い猫がごろごろしていたりするのを見ると、「集まって住む」という一つの形が見えたような印象を受けました。

【写真】目黒八雲の長屋 東京都目黒区 2018年

目黒八雲の長屋 東京都目黒区 2018年
写真:Kai Nakamura

開口部を最大限広くとったということですが、そのほかにガラスをどのように使いましたか?

高池:部屋の大きさや壁面に対して開口部の面積が通常よりかなり大きくなっています。これは、隣接するマンションの庭が非常に立派で、それを借景として利用したいと思ったからで、豊かな緑が見えるようガラスの面積を大きくとっています。どうしてこういうことができたかというと、構造が通常壁式ですと開口部は小さくなるのですが、居室を小割りにして戸境壁を背骨のような形で構造的にもたせることで、外周部を大きく開けたり、吹き抜けを作ったりできるようにしたからです。意匠的にも縁側空間をとにかく外に近い場所にしたかったので、最上階はトップライトを入れていますし、床にもガラスを使って下まで光が落ちるようにしたり、とにかくガラスを多用しています。

駒込の民泊型ホテルは路地をラウンジにしているのではないかと思ったのですが、いかがですか?

高池:駒込の民泊型ホテルは、これもお施主さんが不動産屋さんなので、いちばんの目的は事業としてきちんと成立することです。私たちとしては、積極的に商店街とつながるイベントを仕掛けていこうというような提案もしたのですが、そういうことは最優先には考えられていません。ただ、経営的には非常に順調で、オープン後稼働率が非常に高く、ほぼ満室という状態が続いています。運が良かったというか、法律(民泊新法)がちょうど変わって、物件数が激減した時期だったという事情もあります。利用客は外国人の比率がとても高く、駒込の昔ながらの商店街の雰囲気が、とても日本らしくていいと人気だそうです。商店街で買い物をして部屋で食べるとか、周辺を散策しながら食べたり飲んだりと、滞在を楽しんでいるようです。ホテル内の空間はミニマムでコンパクトなのですが、体験空間は商店街の中にまで広がっているわけで、おっしゃるように路地がラウンジ空間になっているというのは間違っていないというか、確かにそうですね。

【写真】駒込の民泊型ホテル 東京都北区 2016年

駒込の民泊型ホテル 東京都北区 2016年
写真:Kai Nakamura

SDレビュー2018で奨励賞を受賞された「石と屋根 小さなホテルとワイナリー」も宿泊施設ですね。

高池:このプロジェクトはスタートがとても面白いのです。ホームページに釜石の知人から津波で被害を受けたところにレストランをつくりたいという相談を受けて描いた「海の市場レストラン」のスケッチを上げています。そのプロジェクトは実現はしなかったのですが、それをたまたまネット検索で見つけた方が事務所に尋ねてこられ、自分も海の前にとてもいい土地をもっているので、その立地を活かした何かを計画したいと。その時はホテルとか具体的な話ではありませんでした。小田原市にある敷地は、眼前に相模湾が広がる高台にあり、本当に素晴らしい立地でした。

【写真】小さなホテルとワイナリー 神奈川県小田原市 2018年

石と屋根 小さなホテルとワイナリー 神奈川県小田原市 2018年

そこに何をつくろうかというところから一緒に考え、小さなホテルとワイナリーの計画となりました。クライアントは、自分たちで重機を操作したり、建設工事も自ら職人さんを手配するようなとてもアクティブな人たちです。事業として早期に成立させるためにイニシャルコストをできるだけ抑えるべく、ホテルの客室などはほぼセルフビルドで済ませる予定でした。ラウンジは、あえて客室エリアから切り離し、集客上最大の魅力となる海にもっとも近い場所にして、建物はこの土地ならではの特徴的なものを提案しました。現場は良質な安山岩として知られる根府川石の採石場だったところ。それを是非利用しようと、板状節理のこの石を木端(こば)積みした構造とデザインを考えました。根府川石は高価らしいのですが、石の値段というのはほとんどが輸送費。現地にあるこの石を使えばコストも抑えられるし一石二鳥というわけです。残念なことに、予算と事業計画の問題で計画は中断しています。

最近は建築家が宿泊施設の設計をするケースが増えていると感じています。

高池:そうですね。ただ私の場合、ホテルは自分の方から提案しているところがあります。駒込の民泊型ホテルを手がけて興味をもったのがきっかけです。駒込のホテルは下町の活気ある商店街にあって、宿泊客はその地域の暮らし、日常を体験するためにわざわざここに来る。そういったターゲット層が何を求めているか、そこは私たちが建築を考えるときのプロセスに近いなと感じたのです。つまり、私たちは場所の文化や特性を見つけたり、その良さをあぶり出してそれを建築に取り込む。特にそこがポテンシャルが高くユニークな場所だったりすると、そこで暮らすように滞在する時間をつくったらどうかと提案したくなります。もちろんホテルである以上、経済合理性も考えないといけませんが・・・

工場を設計されていますね。

高池:ムサシ電子という、国内外に9工場をもつ精密電子部品メーカーさんの工場です。工場はとても面白いですよ。モノをつくる現場というのが個人的にワクワクするというか、とても興味があります。ムサシ電子さんのこの工場は、いつにもましてコストが厳しく、選択肢が限られていて、波板を使いました。ただ、波板を普通に使うのではつまらない。周辺は住宅が多いエリアという環境にも配慮して、波板を下見板張りのような形で角度をつけて陰影を出し、衣服の襞のような感じで表情を少し柔らかくしています。

【写真】ムサシ電子 板橋工場 東京都板橋区 2018年

ムサシ電子 板橋工場 東京都板橋区 2018年
写真:Kai Nakamura

内装にはこの時初めてCLTパネルを使いました。理由はいくつかあって、まず一つは構造的な理由です。構造は鉄骨造なのですが、CLTパネルがブレース代わりにも使えるということが今回分かりました。実は確認申請を急がなければならなかったため、最終的にはブレースは入ってしまったのですが、本来であればブレースなしで成立する量のCLTを入れています。また、電子部品の工場であるため大量の棚が必要で、お施主さんは当初、作業スペースの外周全面にスチール棚を配置しようとしていました。電子部品というと見た目は軽そうですが、結構ずっしりと重いため重量棚が必要だと。そのコストをうかがって計算したところ、CLTパネルを加工して棚をつくっても変わらないということを示して棚として使えるようにしました。もう一つの理由は、インテリアとしてここで働く人たちの環境をより良いものにすることでした。厚みのあるCLTからは、本当に木の香りがただよってきます。また、電子部品の工場は病院レベルの湿度コントロールが必要で、加湿器が必需品らしいのですが、木材であるCLTには調湿効果があるため、その点でも有利であることがわかりました。さらに、竣工後にわかったメリットがもう一つありました。もともと私は素材をそのまま使うのが好きで、ここも床、壁、天井、そのままで何も仕上げをしていないため、防音対策をしないと構造上音が反響するはずなのですが、それがほとんどない。設備設計の方がいらしたときに、これは木をこれだけ使っているからですねと。そこは想定外のメリットでした。

【写真】ムサシ電子 板橋工場 東京都板橋区 2018年

ムサシ電子 板橋工場 東京都板橋区 2018年
写真:Kai Nakamura

【写真】代々木のオフィス1・2 東京都渋谷区 2020年竣工予定

代々木のオフィス1・2 東京都渋谷区 2020年竣工予定

オフィスのプロジェクトも進行中ですね。

高池:現場は代々木で、7月に着工した2棟から成るテナントビルのプロジェクトです。施主は三島市のゼネコンさんで、彼らが掲げるスローガンが「世界が注目する元気なまちをつくる」。ここでは中小企業を応援することを目指しています。敷地は住宅規模の非常にコンパクトな土地ですが、土地代が高いこともあって、施主の要望は容積を最大限使って、遊び心のあるものにしてほしいということでした。そこで、2棟のうち1棟では、建築の外郭に植物を生やすプランを提案しました。それも壁面緑化のようなぺたっとしたものではなく、建物自体を植木鉢ととらえ、成長すると緑に飲み込まれたような形を考えました。周辺は住宅やオフィスが混在する地域ですが、かなりインパクトのあるビルになると思います。もちろん内部からも豊かな緑が楽しめる訳で、そういう意味では内気と外気をつなぐ存在として建築があるというのがコンセプトです。外装はレンガタイルで、粉っぽい釉薬にどぶ漬けして、わざとムラを出したようなものを使っており、ポットの部分はRCの打ち放しです。

【写真】代々木のオフィス1・2 東京都渋谷区 2020年竣工予定

代々木のオフィス1・2 東京都渋谷区 2020年竣工予定

さて、この連載は建築には寛容性、おおらかさが必要なのではないかと考えて始めたのですが、建築に寛容性、おおらかさは必要だと思いますか?

高池:そうですね、私はおおらかさとは「境界をつくらないこと」ではないかと思っています。それは伊東さんの教えでもあって、自分も独立してやってきたことは、都市と地方、建築の外部と内部、あるいは建築の中で機能があるところとないところ、そういう境界をなるべくなくすことでおおらかさというか、おもしろい場所ができてくるのではないかと考えています。それから、これは話がずれるかもしれませんが、よく人から「高池さんって、ぐいぐい来るよね、でも全然嫌じゃないんだよね」と言われることがあります。おそらく相手の中に入って、いろいろな話を聞きたい、知りたい、受け入れたいという気持ちが強いからで、それは何かと考えてみたのですが、きっと「境界をつくらない」という自分の性格だと思うのです。もちろん建築家として主張すべきところは主張してつくらなければ、決していい建築にはならないと思います。

【写真】高池氏
高池 葉子 たかいけ ようこ
1982年千葉県生まれ。2008年慶應義塾大学大学院修了。2008〜15年伊東豊雄建築設計事務所勤務。2015年高池葉子建築設計事務所設立。2015年神戸ビエンナーレしつらいアート部門入賞。2017年慶応義塾大学非常勤講師。2017年〜工学院大学非常勤講師。2018年SDレビュー2018 奨励賞受賞。2011年の東日本大震災の後、伊東豊雄氏と集いの場「みんなの家」の建築に奔走。その過程で人と人の結びつきが強く残っている地域の力と、その力を発揮する建築のあり方に目覚める。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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