新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

おおらかな建築とは「許される空間」

第18話

おおらかな建築とは「許される空間」

新海一朗、徳田純一|SIGNAL Inc.

2019.12.02

ワークプレイスの多彩なデザインで注目を集めるデザイナーユニットSIGNAL。「僕たちがつくる空間は、いろいろな要素やそこで展開される活動が許容される空間であってほしい」というお二人にお話をうかがった。

手掛けられた「テノハ代官山(TENOHA DAIKANYAMA)」が期間限定の5年目を迎え計画通り2019年10月末で閉館しました。レストランとカフェと物販店、具体的にはインテリア雑貨のお店、そしてシェアオフィスという構成でしたが、デザインされた部分はどこからどこまででしたか?

新海一朗(以下、新海):入り口から始まって外壁の改修まですべてデザインしています。建築的な要素としては、物販店のサイズに合わせるために壁を抜いたり、レストランの厨房をつくるために既存の区画をちょっと壊したり、入り口を変えたりとかもしています。当然内部の什器や一部ディスプレイのセレクションなども含めすべて僕たちが手掛けています。

【写真】TENOHA DAIKANYAMA 東京都渋谷区 2014年

TENOHA DAIKANYAMA 東京都渋谷区 2014年
写真::Nacasa & Partners

徳田純一(以下、徳田):テノハが始まる5年前、あるいはそれ以前に「職住近接」が注目された時期があって、例えば六本木ヒルズのように大型商業施設とオフィス、住宅をセットで開発するというケースがありました。テノハでは「新しい暮らし方、新しい働き方」をテーマに、それをもう少し密接にしていくとどうなのだろうかという実験があったと思います。たとえばシェアオフィスに入っている人たちが開発した商品を物販店で販売するとか、物販店で販売されているカトラリーがレストランやカフェで使用されているとか、ビジネス上でシナジー効果が生まれるようなことを実験的にやっていました。

シェアオフィスやコワーキングスペースがとても増えていると思います。実際にデザインされ、自ら入居し活動してみて、シェアオフィスやコワーキングスペースについて感じたこと、あるいはもっとこうすると変わるのではないかと考えたことはありますか?

新海:シグナルは全員で8名なのですが、僕たちのような小規模な会社は大きな事務所を借りられませんから、どうしても息が詰まるような空間になりがちです。テノハには入居者全員が利用できる広いラウンジや中庭といった共用スペースがあって、それがとても健康的だと思いました。特に中庭、屋外空間は植栽が本格的で、オフィスに観葉植物というと今や珍しくもありませんが、ここは規模的にも「緑視率」からいってもちょっと桁外れで、そこは先駆けだったのではないかと思います。

【写真】TENOHA DAIKANYAMA 東京都渋谷区 2014年

TENOHA DAIKANYAMA 東京都渋谷区 2014年
写真::Nacasa & Partners

徳田:「新しい働き方、暮らし方」を自分の場合で考えてみても、家ではここのショップで買ったお皿で食事していますし、例えば週末になれば家族でレストランやカフェを利用したり、インテリアショップへ買い物に出かけたりと、自分の生活の中で施設が一体となって使われているというのは、とても特別なことかなと思っています。通常はオフィスは働く場所であって、ファミリーデイのような特別なことがない限り、家族がそこに行くことはありません。生活の中でオフィス、仕事とそれ以外は完全に切り離されてしまう。テノハの場合、そこが一体になっているので、自分の中の思い出をたどってみても、この5年間はとても意味のある時間であり、得難い経験だったなと思います。シェアオフィスと商業施設が一体になっている施設は、そこに入居している人にとってみるとかなり特別なことなのではないかと思いますね。

ウェブサイトを拝見するとプロジェクトはオフィスが多い。実績が評価されて依頼が増えていったという感じでしょうか?

【写真】新海一朗氏 新海:自分で言うのもおこがましいのですが、それもあるかなと思います。ただ、時代もあるのではないかと感じます。それこそ20年前なら、各社が競ってブランドイメージを高めようと、第一線のデザイナーを起用して先鋭的なショップやブティックをつくり、それをみんなが見に行くといった流れがありましたが、今はそれがなくなったように感じていて、それよりは働く場所にお金をかけるというのがスタンダードになってきた。その流れにちょうど合致したのかなと思っています。また僕たちそれぞれのバックグラウンドが商業施設とオフィスだったため、オフィスを商業施設的につくりたいという企業が出てきた時期とちょうどうタイミングが合ったのかなと思っています。

要望は変化してきていますか?

徳田:事務所を開設した2011年頃は、とにかくリクルート対応に必死で写真映えするオフィスをつくりたい、エントランスをインパクトのあるものにしたい、そういった要望が多かったのですが、最近は落ち着いてきた印象があって、どちらかというと働き方にフォーカスしつつあると思います。

オフィス家具メーカーからも依頼がきているというのが面白いですね。

徳田:そうですね。オフィス業界というのは意外とクローズドな業界です。小規模であればできるのでしょうが、何百坪とか千坪超といった規模になると、オフィスのことを熟知していないとなかなかデザインできない。それもあって新規参入があまりないので、もともとやっていた分、僕たちにアドバンテージがあったのかなと思います。

今後もオフィスの仕事は増えていくと思いますか?それとも、そろそろ山を越えた感じでしょうか?

新海:いや、まだ止まらない感じですね。商業施設のデザイナーがオフィスを手がけ始めるといったケースも増えていると思いますし、仕事も減る気配はないようです。

コワーキングスペースなども増えていますか?

新海:コワーキングスペースは増えていると思います。特に社内用コワーキングスペースが多いですね。固定席をなくしてグループ会社の人が来て、そこで仕事ができるようなスペースで、オフィス内がオープンになっている印象です。

2018年の秋、AGC Studio(東京・京橋)でラウンジデザイン展という展覧会を企画しました。都市にラウンジ的空間が増えているのではないか、オフィスにもありますし、空港や図書館のような公共施設にも増えている。そのデザインをちゃんと考えた方がいいのではないかというメッセージとして企画したものです。ラウンジをデザインするとき、気をつけていることとかありますか?

【写真】徳田純一氏 徳田:ラウンジにとどまらずいつも気にしていているのは距離感ですね。その空間を利用する人の属性がどういったものかによって、保つべき距離感が変わってくると思うのです。例えば僕たちが手がけたオフィスのラウンジですと、同じ会社の人間ですから距離感が近くても問題ないし、オフィスの規模が小さくなればなるほど人間関係は近づけた方がいいので、距離感も近い方がいい。ところが公共施設の中のラウンジになると、基本的には知らない人同士が隣り合うことになるので、距離感はオフィスの場合よりは大きめにとるようにします。この距離感というのは、物理的な距離だけでなく視線の遮り方や空間がもつ雰囲気も含んでいて、それぞれが居心地よく過ごせる距離の感覚です。そこはとても気をつけるようにしています。

「オープンイノベーション」もキーワードになっていて、社内と社外の人間が一緒になって新しいイノベーションを生み出そうというような動きがありますが、そういう空間の要望というのはありますか? オープンイノベーションの空間は、通常のオフィスとどういう違いがあるのですか?

徳田:距離感の話でいうと、外部の人がやってくるわけですから、先ほどのオフィスと公共施設の中間くらいの位置付けになると思います。また、アクティビティの内容によっても変わってきます。つまり、オープンイノベーションで何をしたいか、それによって例えば声が筒抜けになるとまずい場合もありますから、距離感も変えないといけない。

新海:オープンイノベーションを目指す会社というのは、要望が結構明快なケースが多い気がします。もっぱら自社専用のオフィスではあまりそういった定義というか要望はないのですが、オープンイノベーションしようとすると、やはり外部から来訪者がくるのでちゃんとしようという意識にもなりますし、具体的にセミナー用の空間の収容人数や、会議室がつながる形がいいなど、かなりはっきりとした要望が出てきます。社内専用のラウンジでは、例えば階段状のセミナースペースをつくりませんかと、逆にこちらから提案することが多いですね。

徳田:僕たちがオフィスを手がけたプラグ・アンド・プレイ(Plug and Play Shibuya)のように、ベンチャー企業やスタートアップと大企業、投資家とのマッチングのためのコワーキングスペースという形もあります。

【写真】PLUG AND PLAY SHIBUYA 東京都渋谷区 2017年

PLUG AND PLAY SHIBUYA 東京都渋谷区 2017年
写真:Nacasa & Partners

物流施設の中のアメニティスペースのデザインも手掛けていますね。

徳田:物流施設にはこれまでデザインが求められてこなかったのだと思います。オフィスもそうですが、要するに働き手に対してどう思ってもらいたいかという観点から物流施設もデザインされ始めているのだと思います。おそらくそれまでは、借り手、オーナーにどう思って欲しいかが先行していたので、例えばホテルのようなエントランスとか、みてくれだけ綺麗にするようなデザインだったのですが、今はそれだけじゃ人が集まらない。そこで働いてくれる人をいかに集めるかにフォーカスしないと物流施設も回らない時代になって、ようやく物流施設にも働く場としてのデザインが求められているのだと思います。僕たちが主に担当したのは、物流施設自体ではなく、ファサードやエントランス、アメニティといった、どちらかというと人の目に触れるエリアです。刺激的だったのがアメニティ施設で、天井高が4〜5メートルある。普段そういう空間はあまり扱うことがなく、空間の埋め方が変わってくるのが面白かったですね。

【写真】GOODMAN SAKAI 大阪府堺市 2013年

GOODMAN SAKAI 大阪府堺市 2013年
写真:Nacasa & Partners

インテリアが基本的に多いと思いますが、ガラスはどのような使い方をしていますか?

新海:僕たちの場合、間仕切りとして使うことが多いですね。また、例えばノスタルジックなもののアイコンとして型板ガラスを使ったり、フィルムと組み合わせてグラデーションをかけるなど、意匠として使うことも多いです。

ガラスの使い方で工夫されたプロジェクトがあれば教えてください。

徳田:ポケラボ(POKELABO)というオフィスがあります。薄暗いレセプションに入ると正面がロゴの入ったガラス面になっています。それがグラデーションのかかった黒いガラス面で、ぼんやりと内部が見える。この時のコンセプトが「トイファクトリー」だったのですが、ガラスの向こうにおもちゃがつくられているかのような風景がうっすらと見えるわけです。それは、先ほどの距離感の話に通じるのですが、レセプションに入った時いきなり内部がはっきりと見えてしまうのではあまり面白くない。この曇りガラスで視界をコントロールすることによって距離感をつくり、内部の様子や人の動きがなんとなく見えることで来訪者に期待感を抱かせるようにしたわけです。また、レセプションの向こうにあるミーティングルームにもガラス面があり、最後に建物外壁のガラス面へと何層も重なり合い、そのレイヤー感も面白く表現できたと思っています。

【写真】POKELABO 東京都港区 2012年

POKELABO 東京都港区 2012年
写真:Nacasa & Partners

新海:オフィスをレイアウトするとき、僕たちは真ん中にどんと会議室を配置することがよくあるのですが、そのときガラスで囲むことがとても大事だと思っています。ガラスは透明ですが、素材として存在することは確実にわかるわけで、その空間がショーケースのような感じになる。つまり、その中にあるものが特別なもの、貴重なものに見えてくる。それがとても面白いと思います。ポケラボもショーケース状の空間が連続してありますし、ワンオブゼム(ONE of THEM )というオフィスもそうです。

(THE) ONE OF THEM 東京都港区 2012年

(THE) ONE OF THEM 東京都港区 2012年

なるほど。

徳田:それから、ガラスは狭い空間の中で上手に使うと想像以上に空間に広がりをもたせられますので、あえて反射させるような使い方もしますね。例えば札幌のデンタルクリニックですが、部屋が狭いので反射素材としてガラスを使っています。ここでは、雪や氷のような雰囲気のグラフィックシートを背面に貼って、反射効果だけでなく札幌という土地のイメージを表現しています。

この連載のタイトルが「新しい建築のおおらかさを求めて」なのですが、おおらかさには建築、あるいは室内空間におけるおおらかさと、利用する人たちを広げていくような形や表現の寛容性みたいなものと、両方あると思います。デザインを考えるときそういったおおらかさ、寛容性のようなことは考えますか?

新海:空間でしか人と人が交れないので、関係性というかその距離感がおおらかさにつながるのかと思います。ですから、あえてそれを遮断する方がいいときもあります。自分がその空間にいたときどう見られるのか、逆にどう働きかけるのかというのは、たぶん空間がもたらすものなので、おおらかさはその指標として非常に大事なものだと思います。

徳田:空間に対するおおらかさというのもありますが、僕たちのつくるプロセスでいうと、まず二人で始めたので、相手の意見を受け入れるというおおらかさがデザインの特徴になっているのかなと思います。というのは、クライアントの意向の汲み取り方におけるおおらかさにつながっているからです。僕たちのデザインは、自分の作品をつくるというよりは、お客さんの意見をうまく引き出して取り入れていくというコミュニケーションのおおらかさを大事にしています。それからこれは個人的な感覚ですが「建築のおおらかさ」という言葉を聞いて、僕の中では「許される空間」という言葉がそれにつながっていいなと感じました。要するに極めてストイックに出来上がった空間の中できちっとした生活を送らなければいけないとか、オフィスであれば、こういう使い方しか許さないという厳格で禁欲的な空間よりは、これもあり、あれもありといろいろな使い方ができるし、多少汚れていても許されるような空間がいいと個人的には思っています。実際、テノハをはじめ他の作品でもそうですが、僕たちがつくる空間は、いろいろな要素やそこで展開される活動が許容される空間であってほしいと考えています。

新海:単純にゾーニングという観点からいうと、海外のプランはおおらかですよね。それに比べて日本のオフィスは、限られた空間にいろいろな要素を詰め込めすぎるきらいがある。海外の企業のロビーや受付に行くと広いなと思いますね。使い方のおおらかさということでいうと、お施主さんからマルチに使える方がいいという要望があって、結局何もない空間にセミナー用のチェアを準備しておくという結果になることがよくあります。一方、テノハでは植栽桝をいくつかランダムに配置したのですが、何もないよりもイベントなどに使いやすいとか、撮影の時使い手の発想を広げてくれるという声を聞きます。ただ何もない空間ではなくて、ある程度何かで埋めておいてあげた方が、使う人によってはおおらかな空間になるのかなと。それでセミナールームを作りたいという話があるときは、あえて固定のベンチソファを用意しておいたりするようになりました。

なるほど。お二人のそういうお考えを象徴するような最新のプロジェクトがあればご紹介ください。

【写真】ITOKI TOKYO XORK 東京中央区 2019年

ITOKI TOKYO XORK 東京都中央区 2019年

新海:イトーキのゾーク(ITOKI TOKYO XORK)がいいかもしれません。昨年オープンしたイトーキさんの新本社オフィスなのですが、エントランスとカフェが隣り合っているのです。

徳田:おおらかさに繋がるかもしれません。レセプションがある来客エリアに社員がご飯を食べるエリアがつながっているというのは、従来の日本人の感覚からいうとそういう姿は見せたくない、というか許されなかった。オープン後実際に普通に社員がご飯を食べているのですが、イトーキさんによると、意外にそれがよかったということでした。僕たちとしてはイトーキさん、おおらかな決断をされたなと思いました。

【写真】新海一朗氏 徳田純一氏
新海一朗 しんかい いちろう
1979年東京都生まれ。千葉大学大学院デザイン専攻工学修士。卒業後、インテリアの設計・施工会社にてプランナーとして各種商業施設や公共空間のプロデュースに携わる。その後独立し、フリーランスのインテリア・グラフィックデザイナーとして活動後、大学時代の同級生である徳田純一氏とSIGNAL Inc.を共同設立。現在はオフィスや店舗のデザインを中心に展開している。
徳田純一 とくだ じゅんいち
1979年東京都生まれ。千葉大学デザイン専攻工学学士、HDKヨーデポリ大学(スウェーデン)デザイン学修士。System-O Design Associatesにて外資系オフィスのデザインに携わった後独立、フリーランスを経て、大学時代の同級生である新海一朗氏とSIGNAL Inc.を共同設立。現在はオフィスや店舗のデザインを中心に展開している。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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