新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

寛容な施主から生まれる寛容な建築

第19話

寛容な施主から生まれる寛容な建築

村山徹、加藤亜矢子|ムトカ建築事務所

2020.01.06

建築と同じような感覚でインテリアを設計するというムトカ建築事務所の村山徹氏と加藤亜矢子氏。そのきっかけがギャラリーだったというお二人にお話をうかがった。

店舗デザインからお聞きしましょう。

村山徹(以下、村山):クライアントのビズビムさんは素材やディテールなど、とてもこだわったものづくりをしているカジュアルファッションのブランドです。ギャラリーのような抽象的な空間をつくって店舗にするということを10年くらいされていたのですが、ブランドの流れが変わってきたこともあって、素材感を取り入れていきたいと考えられたようです。その時に僕たちが設計した小山登美夫ギャラリーをご覧になって、あれくらい抽象性を保ちながらもテクスチャー感がある空間がいいと思ったそうで、突然連絡がありました。

では要望はギャラリーのような空間だったということですね。

加藤亜矢子(以下、加藤):そうですね。一般的な店舗よりも圧倒的に陳列する商品数が少なく、一つ一つの商品をまるでアートピースのように見せる、そういう見せ方をしている店舗なので、インテリアで自分たちの世界観を示すというよりは、ものがよりよく見える空間をつくりたいというお考えだったと思います。


村山:抽象度が高く、商品がよく見える空間がいいということでした。また、テクスチャー感も欲しいという要望がありました。僕たちはそうした要望をお聞きしながら、場所性を取り入れたいと思い、最初に手掛けた福岡のショップ(F.I.L. FUKUOKA)では、周りのまちのリサーチをしました。2店目の渋谷パルコの店舗(PEERLESS)でも、渋谷のまちの中でどうつくるかを意識しています。ビズビムというクライアントに合わせてというよりは、その場所に合わせてビズビムの商品のよさが感じられる空間をどうつくるかということをイメージしました。

場所性というと要素はたくさんあります。どのように抽出していくのですか?

村山:まずは敷地から半径500メートル以内をくまなく歩いてみます。また、最寄りの駅から住宅敷地までの徒歩ルート。そういうところを歩いてみて、気になるシーンのスナップ写真を撮りながら、そのまちのもつ空気感を身体化させていくということをしています。


加藤:まちの中で特徴的であったり、印象的であったりしたもの、なんとなく心にひっかかるもの抽出しています。

なるほど。路面店の場合は、その店舗が面しているストリートの雰囲気を持ち込むというのはあるかと思いますが、エリアになると何を選ぶかがより恣意的になりそうですね。

村山:それはそうあっていいのだと思います。福岡の店舗では、前に並木通りがあってそこが赤煉瓦の舗装なので、まずはレンガを引用しようと。最初はそのまま赤煉瓦にしようかと思ったのですが、ちょっと直接的過ぎるし、クライアントは福岡は白がいいというイメージをおっしゃっていたので、赤煉瓦に白い釉薬を塗り直し焼き直して、さらに円形に貼っています。この円形はどこからきたかというと、店舗が入居しているビルが築40年くらいのビンテージマンションで、そのエントランスを入ったところのロビーの床にレンガが円形に張ってあった。そこで、円形で白にするのがいいだろうと。アーチについては、近くの天神駅の地下街にきれいなアルミキャストのアーチ型天井があります。さらに300メートルほど歩いたところには前川國男さん設計の福岡市美術館があって、それもきれいなアーチの建物で、そこから自然とこの形状が出てきたわけです。

【写真】F.I.L. FUKUOKA 福岡市中央区赤坂 2019年

F.I.L. FUKUOKA 福岡市中央区赤坂 2019年
写真:中山保寛

【写真】加藤亜矢子氏 加藤:天井のアーチは形だけ恣意的につくったわけではなく、もともとはここに梁があって、天井高が低いため、そのまま見せてしまうとかなり圧迫感がありました。そこで、アーチ状の光天井にすることで梁の存在をわからなくする方法を考えました。

渋谷の店舗ではどう考えましたか。

村山: 渋谷パルコ3階の外に面する場所にあって、このビルの中では数少ない全面ガラスで自然光が入ってくるという立地でした。ここで僕たちが目指したのは「大地をつくる」ということで、基本的にプランはほとんど何もしていません。床を土(三和土)にして、自然光が入ってくる。すべて自然光ですませたかったのですが、夜や曇りではまかなえませんから、天井にルーバーをつくり、その上に照明をつけてアッパーで隙間から光が落ちてくるようにしています。ですからどこから光が入ってくるかわからないような状態になっていて、店に入った人は光がガラス面から全部入ってきていると錯覚するくらい自然な状態をつくっています。また、時間によってだんだん照明が明るくなる、つまり日が落ちて自然光がなくなってきたら照明が徐々に強くなってくるという風に、シームレスに夜の明るさに変わっていくようなつくり方をしています。渋谷という自然の対極にあるような場所で、自然のような環境をつくりたいと考えたわけです。


加藤: ある時点から今回は光がテーマになりそうだなと思いました。理由はクライアントから「LEDライトが嫌い、自然光がいい、照明器具を見えないようにしたい」という要望をお聞きしていたからです。通常、スポットライトやダウンライトで演出的に商品に光を当てるのが一般的だと思いますが、そういうやり方ではなくて、福岡の店舗では天井全体を光らせて、床面が全部フラットに明るい空間にしました。同じような明るさが保たれているので、どこに商品を置いても美しく見えるという状態を目指し、それに合わせて天井のデザインを考えました。渋谷の店舗も器具は見せないよう工夫しましたが、テナントビルなのでどうしても消防設備など、いろいろと夾雑物が天井に出てきてしまう。それを隠すというか、目立たなくするためにルーバーを設けて、その上面にアッパーライトを設置しています。天井を見上げれば空調機などどうしても見えてしまいますが、光っているけれどなぜか照明器具は見えないという状態にしています。渋谷店は福岡店よりも自然光がかなり入る環境でしたので、昼間はあたかも全体が自然光っぽく見えるのですが、実は人工光がミックスされている。そのミックスされ具合に気づかず、すべて外光の明るさだと錯覚するような空間をつくろうと思いました。

【写真】PEERLESS 渋谷区澁谷 2019年

PEERLESS 渋谷区澁谷 2019年
写真:中山保寛

自然光との関係でガラスという素材についてどのようにお考えですか?

村山:福岡の店舗の場合は、北側の通りに面したところを、できるだけ中と外の環境を一体化させたいと考え、上下二辺支持で長さ6m高さ2mの一枚ものの高透過ガラスを入れています。基本的にガラスという素材は2つの捉え方があって、あるものかないものか、この場合は分かりやすく、完全にないものとして扱っています。ガラスは高透過か高透過じゃないかで結構大きな差がでてくるので、扱い方には気をつかっています。


加藤:仕切るものとしてガラスがあるのですが、つなぐものとして使うというイメージですね。

次にギャラリーについてですが、小山登美夫ギャラリーなど3つも手掛けています。

【写真】村山徹氏 村山:もともと僕が青木淳建築計画事務所で青森県立美術館を担当し、その後TARO NASU OSAKAというギャラリーを手掛けたりしたこともあって、アーティストや小山さんのようなギャラリストの知り合いが多かったことがあると思います。最初が小山さんのギャラリーで、次にニューヨークのファーガス・マカフリーというギャラリー、その次が最近オープンしたアウトサイダー・アートのギャラリー「ACMギャラリー」です。

依頼の理由はムトカのデザインテイストということでしょうか?

村山:そうですね、それと僕たちがギャラリーの作法を知っているということだと思います。

それはどうことですか?

村山:ギャラリーは、ギャラリストがいいと思うアートを展示・販売する場所なので、大切なのはそのギャラリストがいいと思っている展示空間はどういった空間か?ということです。例えば床と壁の見切りをどうするか。小山さんの場合は、床と壁の見切りが4mm空いている。そこで切っていくということをやっていますが、ファーガスさんの場合はドン付けにして欲しいと。また、照明も結構違っていて、小山さんは、ベース照明は5000ケルビン、作品にはスポットで3500ケルビンで当てていくという方法ですが、ファーガスさんは3000ケルビンで、ウォールウオッシャーだけ、スポットは使わないなど、ギャラリーによって違いがあります。また、自然光の考え方や空調をどうするか、バックスペースの使い方、だれが設営するかなど、基本的なことは分かっているつもりなので、話が通じやすいということがあると思います。ただ、このようにクライアントによって求めるものが異なるので、同じ設計者ですがやはり仕上がりは違ってきます。

【写真】小山登美夫ギャラリー 東京都港区 2016年

小山登美夫ギャラリー 東京都港区 2016年
写真:太田拓実

【写真】ファーガス・マカフリー東京 東京都港区 2018年

ファーガス・マカフリー東京 東京都港区 2018年
写真:長谷川健太

ACMギャラリーについてもご説明ください。

村山:これもきっかけは小山さんのギャラリーを気に入られたことでした。アウトサイダー・アートのコマーシャルギャラリーで、アウトサイダー・アートの地位を上げていこうという女性が立ち上げた活動です。それを恵比寿のしかも路面でやりたいと・・・

どうして恵比寿なのですか?

村山:狭くても人通りの多いところでという要望でした。実際、30㎡弱、10坪に満たない広さの中で展示もするし商談もする、オフィスとしても使うなど、全部ここでやらないといけない。通常のギャラリーですと、レセプションがあって展示空間があって、後ろにはオフィスや商談スペース、ストレージなどをつくるのですが、ここは空間は一つだけ。ですので路面店で人通りが多いから、外から見て楽しい環境がいいのではないかと。そこでまず大きな回転扉をつくって、営業中は90度回して開いた状態にして中の展示空間が見えるようにして、閉店時はまた90度回して閉じれば、扉がアイコン的になり、かつショーウィンドーになるというデザインをしています。狭い空間に大きなものがあると広がりが感じられる、また扉と同様の形のテーブル席を奥に設け、それに合わせて背後をアール壁にしているのも、空間に奥行き感をつくるための工夫です。

【写真】ACMギャラリー 東京都渋谷区 2018年

ACMギャラリー 東京都渋谷区 2018年
写真:長谷川健太

今後もギャラリーの依頼がありそうですか?

加藤:私たちにとってギャラリーは特別な意味があります。というのも初のインテリアの仕事がギャラリーだったからです。インテリアデザインは基本、床、壁、天井をどう仕上げて、そこにどういう什器を置くかだと思うのですが、その時私たちはなるべく建築的なつくり方をしたいと考えました。建築をつくる時は、建物のボリュームでスタディすると思いますが、それと同じような感覚でインテリア空間をボリュームでスタディしようと。そうやっていくと、結局インテリアは光が満たされているボリューム感をどうデザインするかだという結論になったのです。小山登美夫ギャラリーの設計がそうした私たちのインテリアに対する考え方の発端になりました。そのあともその考え方、つまり光をどう満たすかというアプローチが、結果として先ほどのビズビムの店舗のデザインにつながっています。

素材選びや面構成の考えは?

村山:面をつくるとき、テクスチャーを選ぶということは、光をどう見せるか、感じさせるかということになります。特にギャラリーの場合は、面と面がつながっていることがとても重要で、僕たちは基本的にはちゃんと入り隅をつくるようにしています。そうしないとボリューム感も出ないし、展示する場所としては囲われている空間ではなく、ただぺらっとした平面の壁があるというだけでは弱く展示しにくい。二次元の面として見せながらも、それらが連続してつながり、ボリュームをかたちづくることを意識しています。


加藤:光の反射具合でも変わりますし、色も光です。素材感もそれによって反射率が大きく変わりますから、結果的にそれも光につながります。だから素材も色もかなり直接的に光につながっていると思います。


村山:渋谷パルコの店舗の壁は塗装ではなく、全部本漆喰です。普通の塗装とは全然違ってきれいな陰影をつくってくれる。タイルも土が黴びたようなタイルをつくって、光のあたり方で艶が出るところと出ないところがあったりして、光の状態をうまく表現してくれる素材というイメージです。一方床は三和土なので、光を吸収してマットな感じになっています。

現在進行中のプロジェクトはありますか。

村山:用賀に計画中の集合住宅があります。台形の敷地に壁を前面道路と平行に立てて建築面積を6戸で割り、1フロア6戸、4フロアで最上階だけ3戸の計21戸のワンルームマンションです。世田谷区にはワンルームアパートの規制があって、25㎡以下ではつくれないので、全戸25㎡にしています。ワンルームとしては少し広めで、間口が2m強、奥行きは10m以上あります。それが平行に並ぶ平面プランにして、壁のところどころに出っ張りと引っ込みを設けています。集合住宅は界壁を共有しているということが特徴ですが、自分のところの出っ張りは隣の部屋の引っ込みといったような、隣戸を感じられるような集合住宅がいいのではないかと考えました。また、そうすることで住戸の入り口から見たとき、見えないところができますから、そういうところにトイレやお風呂を配置して、室内には一切扉を設けていません。ある意味トイレもお風呂もリビングの中にあるという状態です。構造的にもこのデザインにすることで単純な壁構造で十分な強度が得られます。ワンルームアパートの新しい形式というか、住人が単身者だからこそ成立するような集合住宅です。

【写真】ワンルーム・アパートメント 東京都世田谷区 2020年竣工予定

ワンルーム・アパートメント 東京都世田谷区 2020年竣工予定
ドローイング:ムトカ建築事務所

加藤:住宅を極限まで還元していくと、残るのはたぶん水回りです。極言すると水回りだけあれば生きていける。この集合住宅は単身者が前提です。誰かと一緒に住む場合はその誰かと時間をともにするスペースが必要ですが、1人だと壁に寄り添っていくだけで生活が成立できる。例えば、よくベッドを壁にくっつけて置きますが、そこにお風呂を置いても生理的に1人の生活なら成り立つのではないか。都市におけるワンルームの新しい住まい方、壁に寄り添って暮らすという住まい方を提案できたらいいなと考えました。


村山:ワンルーム、1人ですからトイレのような狭い空間にこもるというのももったいない。お風呂もそうで、空間を常に最大限使った方がいい。何をするにしても25平米全部感じられる方が豊かではないかと。


加藤:ちなみに、収納が充実しているとか、住戸ごとにそれぞれ特徴付けして、多様な住戸をつくっています。

この連載のテーマはおおらかさなのですが、クライアントがお二人のスタンスを理解している感じですね。

加藤:「名建築に名施主あり」ですね。お施主さんが寛容でおおらかで、閉じた尺度をもっていない、新しいものを受け入れる度量をもっている、そういう人とつくるといいものができる割合が高いのではないかと思いますね。ありがたいことに私たちはいいお施主さんたちと出会えているようです。


村山:僕たちは明るい建築をつくりたいと思っていて、おそらく僕たちが出会ったクライアントもそうだと思いますが、ただ問題を解決する要望をかなえるのではなくて、物事を肯定的に捉え、理念的に決定していきたい。もっとポジティブにワクワクするものをつくっていけば、明るい未来が見えてくるのではないかと思っています。

【写真】村山徹氏
村山 徹 むらやま とおる
1978年大阪府生まれ。2004年神戸芸術工科大学大学院修士課程修了。2004〜12年青木淳建築計画事務所。2010年〜ムトカ建築事務所。2015年〜関東学院大学研究助手。
【写真】加藤亜矢子氏
加藤 亜矢子 かとう あやこ
1977年神奈川県生まれ。2004年大阪市立大学大学院前期博士課程修了。2004〜08年山本理顕設計工場。2010年〜ムトカ建築事務所。2019年〜奈良女子大学准教授。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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