社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。
第20話
地域分散型モノづくりがもたらす建築のおおらかさ
秋吉浩気|VUILD株式会社
2020.02.03
家具から建築、そして都市へ。デジファブがモノづくりの世界を変える。VUILD株式会社CEO秋吉浩気さんが目指す「分散型の社会システム」とは?
東京学芸大学の教育インキュベーションセンターのプロジェクトについて、その概要をご説明ください。
秋吉浩気(以下、秋吉):プロジェクト自体は、スタートアップのインキュベーションを手がける会社と東京学芸大学が包括的なパートナーシップを組んだことから始まります。目的は、公教育におけるオープンイノベーションを進めるための拠点構築です。東京学芸大学は、そこで実験された学びを全国の義務教育の中に浸透させていくための中枢機関ですが、そもそも学び自体、その価値観がかなり多様化していて、なおかつ人生も100年時代といわれるような時代感の中で、例えば働きながらも学びたい、リタイヤ後も学びたいという人がかなりいらっしゃる。そういう多様な学びのニーズに対して応えられる教育と場づくりをしましょうということです。何らかのアイデアをもって社会に問いかけをしたいという人が、具体的にどうやって実現して世の中に出していくかというところをサポートするような場所、というイメージです。その場づくりのところを僕たちがお手伝いしています。
VUILDとしては具体的に何をするのですか?
秋吉:構想段階で必要な人と設備を整え、構想したあとの実装レベルになったときに必要な専門家や仲間と出会う場を用意する。さらに進んでアウトプットが必要になってくると、モノづくりであればプロトタイピイングできる3Dプリンタといった機材が整っているというように、段階ごとにプラニングを分けていくような場にしています。僕たちのチームの挑戦としては、デジタルファブリケーションというデジタル工作機械を使って家づくりをすることです。2018年のSDレビューで入選したプロジェクト「まれびとの家」がそれで、小さな機械で小さな家をつくるところまではできますが、その先のより大きな建築物になったときに、僕たちは木の加工に長けたチームなので木をデジタル加工し、それを型枠にしてコンクリート建築をつくるという工法を、構造を佐藤淳さん、設備をアラップさんにお願いして実現しています。その型枠自体も、単に設計するだけではなく木材を調達してデジタル加工します。それから型枠の指示書、組み立て書と型枠の現物を工務店さんに納品して組み立て、打設してもらう。つまり、設計だけでなく加工まで建築の領域でやっていこうということです。従来、コストが高く諦めざるをえなかったものも、すべてデジタルデザインとデジタルファブリケーションで意匠側がコストコントロールしておけば、意匠性の高いものを自分たちで設計できる。要は加工という一番重要で付加価値が高いところまで設計対象としてやっていこうというプロジェクトです。
東京学芸大学 教育インキュベーションセンター 東京都小金井市 2018年
インキュベーションセンターの施設ができた後もかかわるということですか?
秋吉:そうです。実は建物はモジュールになっていて、一気に完成させるのではなく、例えば第一期工事はこれくらいの予算でこれくらいまで、さらに何らかの方法でマネタイズ、資金調達できれば増やしていくというように、段階的につくっていく仕組みです。また、施設には大型加工機も入れる計画で、つまり建物の中に建物をつくる機械を置いて、僕たちがそこにサポートとして入って一緒に部材をつくりながら新しく建てる。プロジェクトのもともとのビジョンは、建築空間、内部空間をどうやれば一般の人がつくっていけるか、そこを僕たちがサポートするということでした。最初に屋根をつくり、あとは壁や間仕切り、さらにそこに置く机などを、そこにある機械で一緒につくりましょうという展開です。そもそも僕たちの会社自体、大量生産して大量に輸送するという建築産業、あるいは工業化時代のものづくりの方法ではなく、小さな流通圏の中で小さな加工機を使って高品質なものをつくることを目指しています。また、自分たちの身近なところで無理をしない持続可能な範囲でものづくりと生活をしましょうということを核にしています。そういう意味では学びも系統主義的な数1、数2といった教育ではなく、例えばヘリコプターをつくりたいと考えれば、内部はどうなっているのか、つくるためには物理学やどんな知識が必要なのかというように、やりたいことベースでものごとを教えていく。つまり、大きな仕組みではなく、自分たちに見えている小さな範囲や今興味があることから徐々に広げていくという組み立て直しが必要なのではないかと考えています。
なぜそういうことを考えたのですか?
秋吉:個人的には、やはり特に震災の時の津波や原発事故のニュースが象徴的で、ひとつの大きなシステムが破壊されダウンすると、これだけ脆弱なんだということがわかった。そこから分散型の社会を考えていきましょうという思想に触れたのがきっかけです。もともと興味はもっていて、大学1年のとき『スモール・イズ・ビューティフル』という経済学の本を読んで「地域の自治」について、自分なりにうっすらと思い描いていたことがあります。その後、ファブラボとかデジタルファブリケーションが同じように自分たちの身の回りの小さな技術、ハイテク技術を使って自分たちの生活と空間をつくっていくという組み立て直し方にとても可能性を感じて、その延長で今の仕事をしているという感じです。
なるほど。
秋吉:今興味があるのは、産業化されるときに中央集約化されてしまった仕組みに対して、分散型で物事を起こしやすくなっているところです。例えば産業化する前の社会においては、逆に銀行がないからこそいわゆる仮想通貨や、デジタル分散化された銀行の新しいシステムが導入できる。これはリープフロッグと呼ばれる現象で、日本は工業化社会、産業化社会を経てから情報化社会に移行しましたが、そうしたフェイズを経ずにダイレクトに情報化社会に飛んでいける。そういう世界では最新の技術で発電もできるし場合によっては水も生成できる、通貨も生成できる。あるいは、3Dプリンタさえあれば靴も服も家もつくれる。デジタル技術に期待しているのは、そういった分散型の社会システムがつくれるところ、そこが一番面白いと思いますね。
分散型のプロジェクトとして具体的に動いているものはありますか?
秋吉:「まれびとの家」があります。超高齢化と超人口減少化が進んでいる、いわゆる限界集落と呼ばれる人口600人ほどの村につくったものですが、ここには木が大量にある。林業は市長の先先代くらいまではやっていたのですが、人口減少でもはや衰退している。そういう場所で建築は何ができるかというときに、この機械があって木を切れば最小限の流通で家が建つ、その実証として試みたプロジェクトでした。
まれびとの家 富山県南砺市 2019年
場所は富山県南砺市利賀村という伝統的な合掌造りが残る集落でもあったので「現代の合掌造り」を地元の資源を使い、地域の相互扶助の仕組みでつくっていきましょうと。また、人手が限られ高齢者が多いという状況を考えて、デジタル技術で人一人でも持ちやすい大きさの部品を設計して、それらを組み立てるという建設方法を提案しています。従来の木造住宅の建て方だと、距離にして300キロくらい物資が輸送されることになるのですが、この方法であれば約30キロの輸送距離で済ませられます。
今回のこの家では、地元の木を15本ほど切ってもらいました。さらに、建設に関わった方々にもちゃんとお金が落ちる仕組みにしています。それは、出資を募り、趣旨に賛同して出資してくれた人に所有権を分配して共同所有するという方法です。そうすると、出資者たちが移住・定住しなくても、年に2回か3回でも、入れ替わり自分の家だと思って来てもらえれば、それはそこに住んでいると言えるのではないか。これは「関係人口」という考え方で、地域に関係していること自体で、ある意味村人としてカウントしようということです。クラウドファンディングでは実際に約1000万円集まって建てることができました。ここではそういう新しい家の持ち方の提案と、いわゆる中山間地と呼ばれる課題先進地域において分散型の新しい生産システムで何ができるか、2つの問いかけをしたプロジェクトです。
ミッションに「マイクロ6次産業化」という言葉がありますが、どういうことですか?
秋吉:小さなエリア、先ほどの「まれびとの家」でいえば半径10キロ圏内とか、それくらいの範囲で自己完結できるということです。6次産業なので、1次産業をもう少しデジタル技術を使ってきちんと付加価値をつけていきましょうという仕組みです。マイクロファイナンスのように、小さなエリアで小さく資金を調達し、小さな利益をあげたら小さくまた増やしていく、そういうマイクロ的な考え方が大切だということです。木にこだわっているのは、デジタルファブリケーションが入ることによって、物質を遠くから輸送することなくモノづくりができるからです。機械があってデータがあればものがつくれる。先ほどの合掌造りみたいに、じゃあその地域に何があるかとなると、日本は国土の3分の2が森林ですから、やはり木が一番ある。一番利用しやすいのが木なのですが、それ以外でも近場で調達できて動かさずに済むようなものであれば、なんでも扱っていきたいと思っています。
行政から相談がくるのですか?あるいは民間から?
秋吉:いろいろあります。今僕たちは分散型の生産システムということで、この機械の販売と導入をして、そこを核にした拠点づくりのようなことをしています。これまで全国に46台販売しており、行政が買い上げているところや、行政が購入して指定管理で民間が入っているところ、あるいは民間の工務店や製材所が直で導入しているところもあります。南砺市の場合は、南砺市をプロモーションしているある会社が、林業をなんとかしたいということで声をかけてもらったのがきっかけですが、自己資金だけでやってみようと試しにやってみた。これから公共事業や公共工事、やらなければならないことが山ほどあるのですが、財源はなかなか維持できません。やはり自分たちがやりたいと思ったことを自分たちでファンディングして自分たちの裁量のなかで地域づくり、場づくりをしていく方が健全だと思いますので、極端に行政の資金は入れずに進めています。今後はそこにこだわることなく、民間と行政半々で進めるプロジェクトにサポートで入るとか、方法はいくらでも考えられると思っています。
「まれびとの家」の開口部はどうしているのですか。
秋吉:木建具も自分たちでつくっていて、6ミリの真空ガラスを間に挟んだペアガラスを使っています。その木建具をつくろうと思ったのは、今は本当に頼める人がいなくて、だったら全部組み方も考えて自分たちでつくろうと。ガラスは形を指定すれば出てくるので、枠はこちらでつくってしまえばいい。一方でガラスそのものをつくるというのもあるかもしれませんし、やってみたいとも思いますね。おそらくデジタルファブリケーションのガラスの研究でよくあるのは、例えば削り出しでテーブルをつくるといった例だと思います。いずれにしても、ガラスはどう踏み込めばいいのかわからないところがありますが、製造プロセスをきちんとリサーチすれば、何か方法があると思います。木も鉄骨もRCもそうですが、最初はコスト勝負では絶対勝負にならないので、今までできなかったことを提案して、高品質、高付加価値を訴え、それをいかに一般化できるかを考えることだと思います。まずは普段できないことをやってみることかなと思います。
メンバーはみなさん専業で活動しているのですか?
秋吉:僕たちの会社VUILDヴィルドについてお話しすると、まずShopBotという3D木材加工機を販売しています。これは500万円ほどするのですが、例えば車を買おうと思っている人が二人集まれば買える値段です。今までは大学や家具工場の大きな設備で、一般人にはアクセスできなかったのが、この機械があれば自分で自分の好きな家具をつくることができる。コンピュータもそうで、昔大学にあったスーパーコンピュータが、今ではパソコンやiPhoneのように5万とか10万で買えるものになった。建築をつくる技術、機械も同じように低コスト化して扱いやすさが格段に向上すると社会はどうなるか。「建築の民主化」というと大袈裟かもしれませんが、僕たちはそのインフラをつくろうと、このShopBotという機械を販売することから始めたわけです。今大工さんが減り、建築家は都市部に集中しています。しかし、課題先進地域といわれる地方においても、建築家的な考え方とデザイン能力があって、あとはこの機械があれば自分たちでも家具がつくれる、家が建てられる。そういう拠点をつくっていこうと、この機械を売って人を育てる事業を展開しています。また、いわゆる一級建築士事務所としてこの機械で何ができるかを提案するということで、住宅や先ほどの大学の施設などの設計をしています。陣容としては、5人くらいからなるチームが3チームほどあり、別に大工さんやエンジニアも10人から15人ほどいます。ただし正式な社員は12人ほどで、特に建築では、プロジェクトごとにアサインされ、常駐の社員やコアメンバーがリーダーになってチームを運営しています。コアメンバーもいわゆる個人事業主で、週4で業務委託という形で活動してもらっている人もいるなど、関わり方は様々です。
どれくらいの規模まで対応しようと考えていますか?
秋吉:建築のスケールということですと、今まではあの小さな機械を46台売ってきて、僕たち自身も2台購入して製作していますが、東京学芸大学のプロジェクトでは、さらに大きな機械を専用の工場を横浜に用意して導入します。加工可能領域が10メートルくらいある大型の5軸加工機で、斜めにも加工できるというハイテク機です。ヨーロッパではデジファブを教えるほとんどの大学に納入されていたり、坂茂さんが設計したスイス、スウォッチ社の新本社ビルの木造ビームをつくっていたりします。日本にこれまで8台くらい導入されていたので、そういうところに行ってヒヤリングしてみたのですが、機械は非常に優秀だがデータがつくれないために、坂さんの作品のような案件が受けられない。そこで、僕たちが一次の受け皿となってつなぎましょうと。例えば変換のソフトを僕たちが開発してBIMと連携すれば、ゼネコンや設計事務所の人たちが木造でやりたいと思ったときに、僕たちが開発したプラグインを使ってこちらに発注してもらえば、リアルタイムに納期とコストを出すことができる。そうすれば、いわゆる設計と施工の間にあるプレファブ化する部材をこちらで一次受けしてつくって納品するようなこともできるのかなと考えています。東京学芸大学のプロジェクトではCLTを使っていますが、自分たちでまずこういう建築をいくつか建てていって、スケールはできる限り大きくしていこうと思っています。都市流通の木材に大型の木造加工機を使っていくことと、あとは先ほどのShopBotのような地域分散型で、小さな加工機、小さな流通圏、小さな建築というのを並行して進めていこうかなと今考えています。
海外で展開することも考えていますか?
秋吉:現在扱っているShopBotや先ほどお話ししたイタリア製の大型の機械も、選んだ理由はいずれもシェアが世界ナンバーワンだからです。ShopBotは現在日本に46台入っていますが、世界には計1万台、アメリカには何千台とあります。データさえあれば日本の木組が、例えばカナダの木を削ってきて同じつくり方でデータの隙(すき)具合などを変えればできる。つまり、情報を売るというデータベースビジネスのようなことに取り組んでいます。今家具から始めているのですが、そもそも家具をつくろうとするとデザインできないといけない。デザインするためにはCADが必要です。さらにShopBotを操作するにはCAM(コンピュータ・エイデッド・マニュファクチャリング)という機械に指示を与えるソフトを買って覚えてデータをつくります。これらをすべてやろうと思うと結構大変です。僕たちはウェブ上にソフトをつくり、世界中から無料でアクセスしてデザインをアップロードできるようにしています。これを使えば、例えばエンドユーザーが直径どれくらいの机が欲しいかなど、少しずつ自分でカスタマイズして、ボタン一つ押せば加工できるデータを自動生成してくれて、そのままダウンロードすれば機械に指示を与えるコードが落ちてくる。後はShopBotを動かせば、その通りにカットしてくれるという仕組みです。そして、一回のダウンロード料金の何パーセントかが、いわゆるロイヤリティとして僕たちに返ってくる。1品生産でデザイナーや建築家がつくってきたものと、家具メーカーがつくっていたものの中間ゾーンをねらっていて、そうすると、大変な労力をかけて頑張って設計しても設計料10パーセントというような話も変わってきます。建築も同じようにしてつくれば、設計にかかる時間がゼロになる。これを「限界費用ゼロ」というのですが、要は1個一所懸命頑張ってつくるものをシステム化してしまえば、ロイヤリティがどんどん入ってくる。設計料10パーセントは一回きり、オリジナルなものをつくっているのに、大して報われないというところから、もう少し、時間軸で回収できるモデルを今つくっているところです。
家具から建築へと活動を広げられています。建築の次は都市ではないかと思いますが、都市に対してはどのようなアプローチを?
先ほどの自分の家具をつくるような話は、DIYとかパーソナルなものなので、あまり広がりがない。公共空間などでは、例えばみんなでベンチをデザインしてつくるというように公共性をもつと、誰かがまとめなければならないし維持管理の仕組みも必要になる。そういう群になったときに出てくるコモンスペースなども含めて一緒にデザインしていきたいですね。やはりデジタルデザインですから、一個建てて終わりではなく、いくつもつくれることが重要です。都市というよりは群のデザイン、面のデザインという考え方です。どういうことかというと、1個1個は点でも、それが時間軸をもち続けると線になる。そういった動きがまとまって面になってくることで、ある意味都市という一極集中したものをつくり替えられるのではないかということです。都市か地方かというざっくりした対立構造になっているものを、もう少し均質にしていければ面白いだろうなと考えています。
インタビュアー