社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。
第21話
完全ではないものがもたらす空間のおおらかさ
石田建太朗|KIAS イシダアーキテクツスタジオ
2020.03.02
通算22年の海外生活を経て独立、日本に活動拠点を定めた石田建太朗氏。よりスケールの大きなプロジェクトにも対応できるチームづくりをめざして邁進中。
はじめにプロフィールを教えていただけますか?
石田建太朗(以下、石田):ロンドンのAAスクールを卒業して、坂茂さんの事務所に2年ほどお世話になったあと、スイスの建築設計事務所、ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron 以下、HdM)に入りました。実はAAスクール在学中に建築を見て回るユニットトリップでリコラの倉庫やシグナルボックスなど彼らの初期の作品を見て感銘を受けていたので、ポートフォリオを送ったところ、当時のシニアパートナーのハリー・グッガーの目に留まりスイスにおいでよと連絡をいただきました。それが2004年のことで、徐々にプロジェクトを任され、後半はアソシエイトとして2012年まで9年近くスイスのバーゼルで活動していました。在籍中に担当したプロジェクトにはパリの「トライアングル」という超高層ビルがあります。2006年にコンセプトデザインを担当しましたが、長年の市議会の議論を経て昨年ようやく承認が下り実現することになったようです。またマイアミ美術館(Perez Art Museum Miami、2012年) では、当時の館長のテレンス・ライリーとコンセプトを構築してから竣工するまで7年半がかりでした。比較的スケールの大きいプロジェクトは時間がかかるものも多かったです。計12プロジェクトほど担当したのち2012年に退社、帰国して東京で自分のスタジオを始めました。
海外に拠点を構えて仕事をする気はなかったのですか?
石田:スイスやドイツ、イギリスでも拠点を構えることはできたと思うのですが、僕自身幼少のころからロサンゼルスやロンドンなど転々としていて、合計すると22年ほど海外にいたので日本に拠点を設けるにはいいタイミングだったかなと思っています。また時代的にこれだけメディアが発達していれば、世界中どこにいても面白いものをつくればフォーカスしてくれるだろうとも思いました。
現時点での代表作は那須の美術館「N’s YARD」ではないかと思います。
石田:敷地は那須塩原の黒磯から板室街道を車で15分くらい北西に上がったところに「明治の森・黒磯」という道の駅があるのですが、そのすぐそばの森の中です。そこに現代美術作家の奈良美智さんが作品を展示できるアトリエのような場が欲しいということで計画された美術館です。檜や杉の大木が生える森の中に、見渡す限り野草が生い茂る生命力にあふれた敷地でした。
N’s YARD 栃木県那須塩原市 2018年
写真:山内紀人
ここでは人工的につくられた公園のような自然ではなく、ドイツのインゼル・ホンブロイッヒ美術館のように時間の流れを忘れるような自然と美術館との関係を構築できたらなと考えました。HdMでマイアミ美術館を担当したとき、アメリカやヨーロッパの美術館、ギャラリーのタイポロジーを分析した経験があったので、それらをもとに展示室の構成をスタディしていきました。
HdM在職中、石田氏が担当したマイアミ美術館(Perez Art Museum Miami、2013年)
あまり大きな美術館ではありませんでしたが、展示の自由度を高めるため、空間の大きさやプロポーションと自然光の取り入れ方を変えた5つの展示室を計画しました。また、建物の外壁には敷地から20km離れたところで採掘される芦野石を採用し、共用部の廊下は那須塩原市内の川の小石を混ぜて研ぎ出したテラゾーとし、それぞれ地場の鉱物の色を取り込んだ仕上げとしています。これらの天然の素材を使用することにより建物が自然の風景の一部として親密な関係を結ぶことができたと考えています。
5つの展示室の違いをご説明ください。
石田:1つ目の展示室は無影灯のように自然光が拡散する明るい天窓をもった空間です。ちなみにすべての展示室は居住域だけを空調が可能なディスプレイスメント・ベンチレーションを採用しています。次が自然光を入れずに高演色のライン照明のみを使用した展示室で、最初の展示室より少し小さめの空間です。そして3つ目は森の風景が広がる唯一自然と対峙できるフルハイトの窓を持った小さな展示室です。4つ目の展示室は7.4mの天井高をもつ一番大きな展示室です。4面をフロスト複層ガラスのハイサイドライトで囲み、屋外にいるような光環境を確保しました。最後に「聖堂」と呼んでいる展示室は、正面の展示壁の上部のみに天窓を設け、展示物は1点だけ鑑賞できる部屋としました。床には大谷石、壁は漆喰、天井は敷地で伐採したヒノキを製材して使用しています。
N’s YARD 栃木県那須塩原市 2018年
写真:山内紀人
他にもいくつかギャラリーを設計されていますが、どういった経緯で依頼がくるのでしょうか?
石田:僕が住んでいたバーゼルでは、アート・バーゼルという世界最大のアートフェアが毎年6月に開催されます。そこにヨーロッパだけでなく日本の美術関係者やギャラリーの方もバーゼルにいらっしゃって、スイス建築を案内するなどご一緒する機会が多かったです。アメリカで現代美術館を設計していたこともあり、美術空間に必要な照明や空調などの技術的な知識を習得していたことも、日本に帰ってからお手伝いさせていただくきっかけとなったのだと思います。
なるほど。ギャラリーや作家の異なる要望にどのように対応されていますか。
石田:美術館と違いギャラリーの場合は、取り扱っている作品、作家の色や傾向に合わせて空間や光環境を提案しています。例えば白黒の写真作品を多く取り扱うギャラリーと彩度が高い作品が多いギャラリーとでは床の素材や照明の方法を変えていきます。また美術館とギャラリーのデザインに共通にして言えることは、フレキシブルなホワイトキューブを提供するだけではなく、その作品をどこで見たか記憶させることも展示室をしつらえる上で大切なことだと思っています。コペンハーゲンのルイジアナ近代美術館は、庭園が非常に美しいことで有名な美術館ですが、展示室を進んでいくとクロスの部屋があったり途中でレンガの壁が出てきたり、白い壁でもいろいろ素材が変わってくる。そうすると自然と「草間彌生のミラールーム(Gleaming Lights of the Souls )」はあそこで見たなと空間体験として覚えている。展示室の素材や光の入り方や風景の取り入れ方で作品の印象は大きく変わってくるので、素材の選定は非常に重要になってきます。
「積葉の家」は屋根が印象的です。
石田:軽井沢の三笠通りを少し奥に入ったところに計画した建物です。軽井沢には傾斜屋根をつけないといけない条例がありますが、最近は屋根をなるべく水平にみせていく建物が多いと思います。屋根は空間の領域を決める重要なエレメントだと考えていて、「積葉の家」では有機的な曲面の屋根をかけることによって1階にのびやかな空間を、2階には屋根裏のような内向的な空間をつくれないかと考えました。
積葉の家 長野県軽井沢 2018年
写真:山内紀人
平面計画としてはリビングダイニングを一番明るい南東向きに配置して、マスターベッドルームはプライバシーの高い西側に。ダブルオーナーの別荘なので、2つのベッドルーム、バスルームをそれぞれ対照的に、また動線が交差しないよう配置していて、これら3つのボリュームに対して4枚の屋根が重なっていくという計画です。
設計しているときはまったく意識していなかったのですが、よく日本的だと言われます。それは曲面の屋根を矩形の平面に載せることで、空間の完全性を意図的に崩しているからではないかと。これは僕の中では重要なテーマの1つなのですが、そういう完全ではないものが空間におおらかさをもたせるのかなと思っています。
ずらっと並んでいる屋根の垂木はすべて平行ですが、平面とは角度を少しもたせて配置しています。ジオメトリー的にかなり面倒な作業ですが、すべて3Dで実施の段階で確認しています。そうすると空間の質がやわらかく変わってくるのです。
積葉の家 長野県軽井沢 2018年
写真:山内紀人
現在進行中のプロジェクトについてもお聞かせいただけますか?
石田:別荘があります。南軽井沢の森に囲まれた非常に景色のよいところです。リビングルームとベッドルーム4つとガレージという構成です。RCの住宅ですが特徴は1階の壁で人研ぎの黒で光沢をもたせ、外側のガラスはSSGにして構造用シリコンで押さえてある。押縁がないので、コンクリートの光沢、反射とガラス面が同面になって、少し浮いたような表現になります。
その他に計画中のものとして、都内大田区の集合住宅、神奈川県のある美術館の拡張計画、日本橋三越本店のアートギャラリーがあります。また、これはまだコンセプト段階ですが、箱根に別荘群というか集合住宅をつくる計画があります。
日本橋三越本店に計画中の「三越コンテンポラリーギャラリー」
CG:KIAS
箱根に計画中の別荘群
ガラスの話が出ましたが、ガラスという素材に対してどのようなご意見をおもちでしょうか?
石田:素材としてのガラスはスイスにいたころから非常に興味をもっています。HdMでは、ニューヨークのボンドストリートのコンドミニアム(40 BOND、2007年)を担当したのですが、曲げガラスを使ってファサードを構成しています。曲げガラスのサイズが大きく、それだけの大きさで曲げられる会社は、ヨーロッパに数社しかありません。今後機会があれば自分のプロジェクトでも積極的に使っていきたいと思っています。ガラスは形態のあり方もそうですが、反射率や透明度をコントロールすることによって、現象としていろいろな見え方になるところがとても面白い。例えばHdMの作品に、ドイツのエバースヴァルデ高等技術学校の図書館(エバースヴァルデ市、1996年)がありますが、そこの窓はセラミックプリントでガラスに写真を印刷しています。光を取り入れる窓という役割を果たしながら、ソリッドな外観を確保しています。ガラスは扱い方によって大きな可能性をもっていて、コンクリートと同じくらいのポテンシャルがあると思います。
最後に事務所の将来像を。
石田:まだ設立7年目ですので、今はある程度スケールの大きいプロジェクトでも対応できるようなチーム構成をしっかりつくっていけたらなと思っています。もちろん住宅も面白いし、いろいろと勝負の仕方もあるとは思いますが、以前いた事務所がそういうプロジェクトが多かったこともあって、スケールの大きなプロジェクト、都市の一部になっていくような建築については、もっと建築家が介入していくべきだと考えています。そういう仕事ができるようなチームをつくっていきたいと思います。
私は日本の建築家の事務所の規模がもっと大きくなって欲しいと思っています。できることが大きく変わってきます。
石田:HdMも僕が2004年に入所したときは160人でしたが、2012年に退所したときには500人を超える規模になっていました。大きなプロジェクトになると1チーム40人くらいになって、プロジェクトデザインだけでなくチームのマネジメントを担当してきましたが、今後はそのノウハウがとても重要になってきます。大人数のデザインチームをいかに効率よく回していくかというのは大変な仕事ですが、とても面白い経験でした。プロジェクトチームや事務所をどこまで大きくするかは別にして、例えば劇場とか美術館、さらに高層ビルまで設計できるような建築家が率いる設計事務所がもっと日本にもあっていいと思います。
インタビュアー