新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

使い手が楽しくなるルールをつくる

第22話

使い手が楽しくなるルールをつくる

濱田慎太|株式会社濱田慎太建築事務所

2020.03.25

「建築でもインテリアでも、空間をつくるというよりも面白いルールをつくっているという感覚がある」と言う濱田慎太氏。おおらかな活動をするためのルールづくりが多様性につながっていく。

独立して最初のプロジェクトは?

濱田:ギャラリーを併設した居酒屋です。お施主さんは知り合いから紹介された、横浜市の中学校で副校長をされていた方で、定年退職して、教え子や知り合いが集まれる場をつくりたいということでした。実は横浜国立大学の先輩でもあって、美術に大変興味がある方で、普通の居酒屋にはしたくない、作品を展示するギャラリーでお酒が飲める、そういう他所にはない空間をつくりたいので手伝って欲しいという依頼でした。面白そうな計画だなと思って引き受けて、それが独立後最初の仕事でした。その後は、小さな改修プロジェクトや住宅など、来るものは拒まずで、引き受けてきましたが、それと並行してプロポーザルやコンペにもひたすら参加し続けています。

美棟TARATARA(ギャラリー・飲食店)、横浜市神奈川区、2014年

美棟TARATARA(ギャラリー・飲食店)、横浜市神奈川区、2014年
写真:濱田慎太建築事務所

現時点での代表作は?

濱田:独立して初の建築作品という意味で、前橋の住宅が代表作と言えるかもしれません。前橋市郊外の住宅地に建つ二世帯住宅なのですが、これも知人を介して依頼があったものです。ちょっと敷地が変わった形をしていて、隣地の建物や周辺環境を読み込んで、北側は前面道路に対して平行な立面になっているのですが、南側は南東側に開けるよう思い切って角度を振っています。その結果敷地の中に三角形の庭ができて、部屋の外に広がっていくような奥行きのある、あるいは三角形の庭と連続するような開放的なリビングになっています。北側は1階に親世帯、2階に子供世帯の寝室、バスルームなどプライベートなボリュームに、南側をリビング、ダイニング、キッチンという家族が集まるコモンスペースにして、性格の異なる二つのボリュームを繋ぐようにフリースペースを設けています。

前橋の住宅、群馬県前橋市、2017年

前橋の住宅、群馬県前橋市、2017年
模型写真:濱田慎太建築事務所

前橋の住宅、群馬県前橋市、2017年

前橋の住宅、群馬県前橋市、2017年
写真:鈴木研一

ガラスという素材はどのように考えて使っていますか?

濱田:外壁としてガラスを考えているときは、やはり外とのつながりを意識しているので、大きいということは、それだけ外に対して開きたい、小さいときはあまり開きたくないということで、透明な壁として見ているという感じです。インテリアでは僕の中ではガラスの特徴は、空気は通さないけれど光は通す、視線は通すということだと捉えているので、その役割が必要なときに登場する、そういうイメージです。

山口市立中央図書館の改修プロジェクトはラウンジのデザインですね。

濱田:僕の作品の中では、これが一番おおらかさを醸し出しているかなと。この図書館は磯崎新アトリエの設計(YCAM / Yamaguchi Center of Arts and Media、2003年竣工)で、その中のAVコーナーとブラウジングスペースだったところを改修するという計画でした。この図書館は市民の利用率がかなり高いそうで、オープンから15年以上経過して、その間利用者から施設内でコーヒーを飲みたい、読書スペース・席数が足りない、地域のイベントとして使えるスペースが欲しいなど、いろいろな要望があったそうです。そうした要望を反映させるため、このエントランススペースを使って地域の人たちが交流できる多目的スペースをつくるというプロポーザルでした。つまり、エントランスの改修設計だけでなく「まちじゅう読書推進プロジェクト」として、このエントランスを活用したイベント企画やその運営までセットになったプロポーザルだったため、地元の広告会社と一緒にプロポーザルに参加して選ばれたというのが経緯です。当初、図書館側がイメージしていたのは「蔦屋書店」のような空間で、雑誌や本を読みながらコーヒーを飲んだり、おしゃべりできるような空間でした。こちらも最初はそういう提案をさせてもらったのですが、打ち合わせを重ねるうちに、そうは言っても「ツタヤ図書館」じゃないだろうと。また、予算も潤沢ではなかったので、限られた条件の中でいかに多様な使い方に対応できるか、いかにこの良質な空間を生かせるか、いろいろ提案させてもらった結果、この「大きいテーブル」という名前の什器になりました。テーブル以外にもいろいろ活用されていますが、浮いたスラブのようなものをつくったという感じです。

山口市立中央図書館 エントランス部改修、山口県山口市、2019年

山口市立中央図書館 エントランス部改修、山口県山口市、2019年
写真:鈴木研一

なるほど、確かに「浮いたスラブ」というところが特徴的ですね。

濱田:そうですね、現物を見ると本当に大きな木の板が浮いているような姿形で、いろいろなスタディをして形状を少しずつ検討しながら最終的にこういう形になりました。普段は50人くらいが座って本を読める閲覧スペースなのですが、ここではコーヒーとかを飲みながら読書が可能で、公共の図書館としては珍しく自由度の高い空間になっています。そのほか、図書館のスタッフが自ら企画して、例えばハーバリウムをつくるワークショップや、おいしいコーヒーの入れ方のワークショップなど、地元のショップや専門家が講師となって、いろいろなイベントが開催されています。イベントの内容によって、このテーブルのどこをどういう風に使うか、コンサートならステージはどこで客席はどこか、毎回使い方が変わっていて、インスタグラムでその自由な使い方をいつも楽しく拝見しています。そういう意味では、おおらかな空間に見えるのかなと思います。

こういったラウンジ的な空間は、パブリックな場所にプライベートな居場所をつくることがテーマになると思います。そのためには視線をずらすなどの操作があるのではないかと想像しますが・・・

濱田:はい、それはありますね。動線はもちろんのこと、視線の交差についても考えてつくっていますが、それ以上に一個の場所を知らない人同士が共有しているという感覚が重要だと思っています。それは、衝立のある長いテーブルに向かい合わせに座り、手元照明があって、互いに顔を合わせることもない以前のブラウジングスペースにはなかったことです。そういう何か得体の知れない大きなルールのもとに個人として所属している感覚というのは、公共の図書館で、しかもエントランスの一番目につくところにつくるというのは、かなり珍しいことだと思います。僕たちも正直この案がそのまま完成するとは思っていなくて、四角いテーブルのごく普通の案も提出していたのですが、図書館の担当の方々が積極的に興味をもっていただいてこれが選ばれた。公共の図書館としてはなかなか攻めた什器だと思います。

山口市立中央図書館 エントランス部改修、山口県山口市、2019年

山口市立中央図書館 エントランス部改修、山口県山口市、2019年
ダイアグラム:濱田慎太建築事務所

なるほど。

濱田:完成後内覧会をして、いざオープンしてみると、気づくともうみなさん当たり前のようにここに座って本を読みながらコーヒーを飲んでいて、それを見て館長さんと二人で「使う人たちの方が進んでるよね」とか、「これちゃんとテーブルに見えるんだ」と、逆にこちら側に発見があった、そういう面白いプロジェクトでした。僕たちは通常、どちらかというと直線でシステマティックに考えることが多く、曲線を使うことがあまりないので、かなり緊張したのですが、この曲線をどこまで恣意的にするか、どこまではルールをつくるか、その境界線のようなものを考えました。僕は建築でもインテリアでも、空間をつくるというよりも面白いルールをつくっているという感覚があります。子供の頃、よく遊びのルールを自分たちでつくった記憶があって、そのルールがつまらないとすぐに飽きてしまう。ところがいつまで経っても面白いルールが生まれることがあって、そういうルールが遊ぶ側を楽しくさせるいいルールなのだと思います。この「大きなテーブル」も、使う側が楽しくなるルールをつくったという感じがあって、ここでは柱や壁を使うより面でルールをつくった方が面白いのではないか、いろいろな遊び方ができるのではないかと考えたわけです。

デジタルハリウッドスタジオは「場の集積としての創造的空間」がタイトルですね。

濱田:デジタルハリウッドも同じで、まさに面白いルールをつくったという感じです。これは、ITを学びたい学生や社会人などを対象にしたデジタルハリウッドスタジオという全国展開している専門学校で、授業はITと言ってもパソコンでホームページをつくるようなものからグラフィック系まで、学習の内容は多岐に渡ります。また、校舎によって先生も違うし、その先生次第で授業の内容も変わる。設計の要件も当初は、なんとなくパソコンやIT技術を使っていろいろな学習をしたり、作品づくりをするということくらいでした。

デジタルハリウッドスタジオ山口、山口県山口市、2018年

デジタルハリウッドスタジオ山口、山口県山口市、2018年
写真:鈴木研一

そうすると、ホワイトボードを前において、椅子を並べてという普通の教室ではないだろうと。そこで、いろいろな学習の形をつくるには、学習を面白くするような空間のルールをつくるのがいいのではないかと考えました。つまり、普通に柱、壁を立てて屋根をかけるという完結した空間ではなく、たとえばフレームだけの空間にテーブルが並んでいたり、壁がガラス張りで、天井と床だけで挟んだ空間、コの字型に囲った空間など、いろいろな学習の形が楽しめるようなルールをこの大きなワンルームの中につくったというプロジェクトでした。基本的にはパソコンを使うというのが前提だったので、どこにいてもネット接続や電源供給が可能というルールはあったのですが、それ以外は床の高さも違えば、学習する人同士の距離感も違い、グループ学習するようなところもあれば、外を見ながら黙々と作業する場所もあると、様々ですね。単に「多様」というと何もつくらないと思われるかもしれませんが、実はおおらかな学習の形をつくるためのルールをつくったという感じです。

現在進行中の横浜市の小学校建て替えプロジェクトについて教えていただけますか?

濱田:横浜市はこれから約300校以上の小中学校を建て替えていく計画を発表しています。横浜市はある時期一気に校舎を建てた時期があって、今老朽化の波が同じく一気に押し寄せています。耐震改修も順次実施してきたのですが、ここにきて建て替えの方向に舵を切って、順番にプロポーザル等をかけて建て替えていくようです。一昨年のプロポーザルがその第一弾で3校、昨年が第2弾でまた3校。ローリング計画で、既存の学校の空いているスペースに新校舎を建てて引っ越して古い校舎を取り壊す、これを何期にもわたって繰り返していく。今進めている学校のプロジェクトは約7年計画で、周辺環境に配慮しながら、少しずつ子供たちの新しい学習環境を更新していくというプロジェクトです。

横浜の小学校(横浜市立榎が丘小学校建替え工事設計プロポーザルにて選定)、神奈川県横浜市、2027年竣工予定

横浜の小学校(横浜市立榎が丘小学校建替え工事設計プロポーザルにて選定)、神奈川県横浜市、2027年竣工予定
鳥瞰図:濱田慎太建築事務所

今一所懸命プランニングを考えているところです。3百何校といっても建っている立地は全部違うので、その場所でどういうものがつくれるか。つくりたい建築のイメージとして僕は、周辺環境をよくパズルに例えるのですが、いろいろな形のピースがあって、1個だけ空いているところにピタッとハマるような建築です。それは環境的にも機能的にもコスト的にも、さらには将来性や学習環境など、いろいろなパズルの中にスポッとハマるような3百何校分の1をつくろうと心掛けています。小学校をつくるというよりも、小学校の延長として地域施設のような設計に少しずつシフトしている感じがあります。例えば今回僕たちが担当している小学校は、すでに地域とのつながりがしっかりつくられているので、新しい校舎も自然と地域の人たちの意見を反映したものになると思います。実際、基本構想という前段階から地元に行って説明して、意見交換をして、地域住民も使えるようなエリアを最初から計画しています。学校と地域をうまく橋渡しする地域施設のような小学校をつくれたらと思っています。

【写真】濱田氏
濱田 慎太 はまだ しんた
1982年山口県生まれ。2001年山口県立山口高校卒業。2006年横浜国立大学建築学コース 卒業。2008年横浜国立大学大学院YGSA修了。2009年飯田善彦建築工房入社。2014年濱田慎太建築事務所設立。2015〜18年〜日本工業大学非常勤講師。2019年〜京都造形芸術大学 非常勤講師。2020年~東京電機大学非常勤講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

一覧に戻る