新しい建築のおおらかさを求めて

社会は今、多様性や寛容性を求めています。
その要請に建築家はいかに応えようとしているのか。
作品を通して探ります。

「建築的思考」で都市と建築を考える

第23話

「建築的思考」で都市と建築を考える

カズ・ヨネダ|Bureau 0–1 株式会社

2020.05.11

「大切なのは、歴史、理論、文脈を知ることで、いかにクリティカルに問題提起できるか、何が提案できるかだ」と言うカズ・ヨネダ氏が考える建築的思考とは?

シアトル生まれで、コーネル大学、ハーバードの大学院を卒業されています。アメリカではなく、東京を拠点にしています。なぜでしょうか。

カズ・ヨネダ(以下、カズ):個人的な話になりますが、見た目は日本人ですが母語は英語で、日本語も少しできます。日本語ができなければ、おそらく日本ではやっていけなかったと思います。それから僕はもともと都会っ子というか、生まれたのがシアトルで、まちが好きなんです。ですから東京も好きで、さらに僕はこの20年間、30年間で変化が一番起こるのが東京なのではないかと勝手に仮説を立てています。少子高齢化もあるし、オリンピックもある。政治的な変化も含め、いろいろな意味で日本は今変革の時期なのではないかと思っていて、そのときにここに居たいなと。学歴はアメリカですが、今では日本での活動の方が長くなり、人脈も日本の方が多い。また今は飛行機でどこでも飛んでいけ、シームレスに活動ができる。グローバルな世界において拠点は拠り所ではありますが、そこに留まる必要はないとも思っています。

独立する前に藤本壮介建築設計事務所とTakramで働いていますね。

カズ:藤本壮介建築設計事務所の最初の仕事が『原初的な未来の建築』という書籍の編集、翻訳等で、それから2年間、国内外のコンペやプロジェクトに関わらせていただき、貴重な体験をさせてもらいました。Takramは僕が在籍していた頃までは、どちらかというとアートもデザインも建築もエンジニアリングも垣根を壊して、新しくて面白いことをしようという空気が強かった。それが2014年後半くらいから、少しずつビジネスやブランディングの仕事が増えてきた。興味はあったのですが、やはり自分は建築とアーバンデザインの中で活動していきたかったので、建築的思考が分散する方向にいくのはまずいということで離脱することにしました。離れてから今も一緒に仕事をしています。要はコンパスの中心をどこに置くかが違うだけで、そこはうまく協働して補い合えるという感じで付き合っていますね。

建築的思考というのはどのような思考なのですか?

カズ:僕はアメリカで学びましたが、日本に来て教え始めて気づいたことがたくさんあります。その一つが、日本では建築は工学部の中の1学科ですが、欧米では建築は学部だということです。多くは5年間のメニューが組まれていて、その中にはもちろん構造、環境、設備、素材などもありますが、建築以外の理論や歴史などいろいろな学問が含まれます。アメリカではよく建築教育とは密度の高い一般教養だとか、一番厳しい「リベラルアーツ」だと言われます。つまり、それぐらい能力や知識を積んでいないと判断できないという考えです。
ウィトルウィウスの『建築十書』を読むとわかりますが、中には天文学、地質学など、建築とはまったく関係ない項目が入っていて、そういうマインドセットでボザール教育というのが続いてきたわけです。そういう意味では建築的思考というのは多面的で、ただ建物を建てるだけではない、モノをつくだけではない、その裏にある背景とか理論を加味した上でつくらなければならない。僕も日本の大学で教えるとき、建築手法や製図の仕方だけでなく、必ず内外の様々な書物を輪読させます。建築の理論と歴史、そういうことを知っておかないと何に対して自分が批評しているのか、自分のポジションをいかにつくるか、何のために設計しているのかわからなくなる。
学生たちにはそういうことを学んで欲しいと思っています。一番大切なのは、歴史、理論、文脈を知ることで、いかにクリティカルに問題提起するか、それに対して何が提案できるか、それができるのが僕は建築的思考なのではないかと思っています。

素材についてですが、ガラスについてはどのようなご意見をお持ちですか?

カズ:僕が学んだコーネル大学はコーリン・ロウの影響が大きく、彼が1970年代に『透明性—実と虚—』(Transparency: Literal and Phenomenal )という論考でガラスについて語っているのですが、ガラスは内外を曖昧にする素材でもあれば、建築的表現としてそこに面がないという表現でもあると。つまり人工的な内部環境から外部的なものへ視覚的につながるので、ある意味でそれはないという扱いでもあるという論理なんです。
一方で、例えば現在長野県の野沢温泉村で計画している建築では三層ガラスを使いますが、ああいった寒冷地ですと一枚のガラスがある意味命にかかわるわけです。パラドックスというか、物なのに透明ゆえにそこにはなにもないような使われ方もすれば、これ一つの扱い方で生命を脅かすような存在でもあるという、非常に不思議で面白い素材だなと思っています。
ただ僕はどのプロジェクトでもガラスはあまり大量に使わないように、どうしても必要なところにガラスがくるという設計の仕方をしていますね。ですから台湾のプロジェクトでは、耐震壁とか耐風壁でポジションが決まっていても、そこは中に光を入れたいし、そこから見えるロマンチックな農村風景、あるいはまちの痕跡、成り立ちみたいなものが見えるところは、とても大切なレンズとしてガラスを使っています。

野沢温泉村の別荘 長野県野沢温泉村 計画中

野沢温泉村の別荘 長野県野沢温泉村 計画中
レンダーパース:Bureau 0-1

「野沢温泉のプロジェクト」は構造設計家の佐藤淳さんと進められているプロジェクトですね。

カズ:これは非常にチャレンジングなプロジェクトで、地下はコンクリートですが、上2階分は檜の芯材でつくるという別荘です。木材はポピュラーな素材ですが、最近はほとんどが集成材です。その方が商品として保証が確保できるし、構造的な安定もあるからですが、今回は檜の芯材を使うことに徹しています。仕様がすべて規格外で、パヴァテックスという木の繊維でつくられた自然素材の断熱材を使っているのですが、一般的な断熱材EPSと全然変わらない断熱性能をもっています。この断熱材を大量に使っていて、もともと日本は断熱材をあまり使わない傾向があるので、おそらく前例がないくらい珍しいプロジェクトだと思います。ガラスもすべて三層で外装は緑青銅板を使うなど、すべてが規格外のプロジェクトです。

どのような構造なのですか?

カズ:別荘ということもあって、あえてアクロバティックなことはせず、180角の檜の芯材を使っています。と言っても外観からはぴんとこないと思いますが、実は1階から2階まで通貫する7メーターの芯材です。その芯材で耐震、耐風をクリアしないといけない。また、ブレース構造なので柱に対して上の梁がトラス構造になっていて、それも檜でつくる。金物は筋交などに最小限で使う。基本はすべて木材で壁の見えないところにも木のブレースが入っていたり、構造のダイアグラムを見ると相当に頑張っているなというのが見えてくるプロジェクトです。
もう一つ大きな特徴は、野沢温泉ですから冬は雪が4メートル近くも積もりますが、今回その4メートルの雪を降ろさず貯めるという方式をとったことです。なぜかというと、切妻屋根にすると雪は落ちますが、落ちた雪で下の窓が塞がれて、日常的に日光が入らない空間になってしまう。衛生的にもよくない。そこであえて4メートルの積雪を屋根で止めるという設計をしています。そこの力学はとてつもない。そういう意味で見えないところですごいことをやっている構造です。

台湾の「ピーチグローブタワー」はどのようなプロジェクトなのでしょう?

カズ:台湾、桃園市のかつて農村地帯に低層の工場や商業施設があるような地区に計画中のプロジェクトです。隣の台北市の急成長で今後再開発が進むのではないかとされているエリアに入っていますが、まだ開発が進んでないという場所です。オーナーさんの意識が高いというか、是非桃園のこのエリアを活性化させるようなランドマークとなり、かつ人が集まるような機能をもたせたものをつくりたいという依頼をいただいた。
それが3年前のことで、用途としては1階にコミュニティハブとなるような皆が集まれるカフェ、2、3、4階は賃貸アパートで、1フロアの北側と南側に2戸、合計6世帯分あって、オーナーさんは最上階のペントハウスと屋上テラスを占有するというプランです。

桃園の塔 台湾 2019年(Conceptual Design)ファサード最終

桃園の塔 台湾 2019年(Conceptual Design)ファサード最終

桃園の塔 台湾 2019年(Conceptual Design)1階カフェの外観、内観

桃園の塔 台湾 2019年(Conceptual Design)1階カフェの外観、内観
キャラクター:ウラジミール・フーカの原作を引用

意外だったのが、台湾は日本同様地震が多いので、耐震構造については予想の範囲でしたが、日本以上に恐ろしいのが台風で、耐風構造にも配慮する必要があったことでした。そのため最初はもっと薄く軽やかな建築がつくれるかなと思っていたのですが、想像以上に壁が厚くなってしまいました。また、最初はシンプルなベランダにしたかったのですが、台風が強烈なのでガラスが破れないようシャッターをつけなければならない。普通のシャッターはスマートじゃないので横向きにすると、それだけでファサードの読み方が変わってくるので、そういったプランも含めいろいろ提案しました。また、台湾は建物にビラやチラシがのべつ幕なしに貼られるので、そういった生活感が染み出してもある程度存在感があるような、ちょっと冗談でつくった提案もあります。ここに至るまで限られた容積の中でどうやって最上の用途を組めるかというスタディをいろいろ提案しました。今も進行中のプロジェクトですが、現在はローカルの建築家に任せています。

桃園の塔 台湾 2019年(Conceptual Design)ファサードのスタディ

桃園の塔 台湾 2019年(Conceptual Design)ファサードのスタディ

完成しているプロジェクトについてもお聞きしたいと思います。プロト(インテリジェント・ロジスティクス・センター・プロト Intelligent Logistics Center PROTO)の概要をご説明していただけますか?

Intelligent Logistics Center PROTO(大和ハウスDPL市川ショールーム)千葉県市川市 2018年

Intelligent Logistics Center PROTO(大和ハウスDPL市川ショールーム)千葉県市川市 2018年
平面図とアクソメ

カズ:千葉県市川市の倉庫街にある大和ハウス工業の物流施設ブランドDPL(ディープロジェクト・ロジスティクス)のショールームのプロジェクトです。ここには5階建てでワンフロア1万㎡もある巨大な物流倉庫があり、そこにダイワロジテックやGROUNDなど数社がロボティクスを活用した研究開発を行う施設をつくるというプランでした。
依頼の内容は、どういったロボットやソフトウェアのコンビネーションがプラグインしていればより効率の高い物流が機能するかといった実験をしている空間を見せたいということでした。ただ当初、使用する空間は約1200㎡、予算はこのくらいというだけで、まったく完成形がイメージできないプログラムでした。彼ら自身もどうやって新しい物流の現場を可視化できるか分からないということで、最初期からチームに加わらせていただいた。

Intelligent Logistics Center PROTO(大和ハウスDPL市川ショールーム)千葉県市川市 2018年

Intelligent Logistics Center PROTO(大和ハウスDPL市川ショールーム)千葉県市川市 2018年
エントランスからの動線(写真上左)、ミーティング・スペース(写真上右)、ミーティング・スペースから配送エリアを見る(写真下)
写真:ヤン・ブラノブセキ

僕は空間設計の担当者として、物流倉庫はシステムで決まる空間なので、例えば色を合わせるとか照明をどうするかといったディレクションをしました。また、それを見せるデザインというか、エントランスに入って実際に実験空間を見るまでの動線、一連の建築的空間の設計を、2017年の10月くらいの発注で着工が12月、オープンが翌年の3月という途方もないスケジュールでやりました。
最初はそれぞれのオフィスと展示空間を分節しようという話だったのですが、天高が6メートルあるため、壁をつくるとなるとかなりの予算オーバーだし壁面積が増えるので、1点だけ接合部をつくって回転させて、その間にできる余白空間を、コーヒーを飲んで休める空間や展示空間にしようという提案をして、その結果として箱がずれているような設計になりました。メインのミーティングエリアは、実際にロボットが動いているのを見ながら未来の物流について語るという空間になっています。

【写真】カズ・ヨネダ氏
カズ・ヨネダ
ワシントン生まれ、カリフォルニア育ち。2007年コーネル大学建築学科卒業。2007~09年藤本壮介建築設計事務所勤務。2011年ハーバード大学デザイン大学院建築学科修士課程修了。2011〜12年ハーバードから派遣され、伊東豊雄ハーバード東京スタジオを指導(Teaching Associate)。2011~14年Takramアソシエイトディレクター。2014年bureau0-1設立(18年株式会社に改組)。コーネル大学サマースタジオ講師、東京大学大学院建築学専攻非常勤講師、日本大学芸術学部非常勤講師、UCLAカリフォルニア大学ロサンゼルス校xLAB兼任講師などを歴任。2016年~日本女子大学非常勤講師。2016年~慶應義塾大学SFC政策・メディア研究科特任助教。2019年〜法政大学デザイン工学部建築学科デザインスタジオ兼任講師、ハーバード大学デザイン大学院講師。

インタビュアー

中崎 隆司 なかさき たかし
建築ジャーナリスト・生活環境プロデューサー。生活環境の成熟化をテーマに都市と建築を対象にした取材・執筆、ならびに展覧会、フォーラム、研究会、商品開発などの企画をしている。著書に『建築の幸せ』『ゆるやかにつながる社会-建築家31人にみる新しい空間の様相―』『なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか』『半径一時間以内のまち作事』などがある。

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